こじらせ騎士は告りたい!

野久保 好乃

第1話 こじらせ騎士は恋を自覚した!



 ここに一人のこじらせた男がいる。

 名をアンゼルム・ジーケルト。

 男兄弟ばかりの家で育ち、男ばかりの騎士団に入団し、男ばかりの戦場で責務に励むこと二十数年。

 立派な『男所帯独り身』を拗らせた男が完成してしまった。

 そんな拗らせ男の前に鎮座する我輩は、先ほどから滔々とうとうと語る男の独白を左から右へと聞き流していた。

 ちなみに我輩、悪魔である。


「ベルタ・エラ・クンツェンドルフ嬢の、あの辺境に咲く素朴で可憐な花に似た笑顔を見た時、それまで俺の前に広がっていたどす黒く濁った世界がかき消されたのだ。分かるか、猫ちゃん」


 繰り返すが、我輩、悪魔である。


「貴殿の艶やかな黒い毛に負けぬ黒髪の、貴殿のこのぷにっとした肉球に似た淡い珊瑚色の唇の、貴殿のそのエメラルドのような瞳と同じ色の瞳の、あの小さな顔を思い出すだけで俺の心臓は戦場を二十四時間駆け続けた時より激しく脈打つし、呼吸困難に陥りかけるのだ」


 ははぁん? 病気であるな~?


「しかし彼女は辺境の伯爵令嬢……俺はたかが中央の一騎士……あまりにも距離が遠い……」


 問題は距離だけであるかな~?


「しかもこの思いがここここここコイであると気づくまでに半年もかかってしまった……! 酒場で聞こえてきた話を集めて推測するにおそらくきっとここここコイと呼ばれるものであろうと思い至れたがだからといって俺はどうすればいいんだ……!」


 語られた話を要約すると、この男、騎士団の一員として辺境に出兵した折に出会ったベルタ・エラ・クンツェンドルフ嬢に一目ぼれしたのはいいものの、その気持ちが何であるか全く分からず、辺境から中央に戻る途中の同僚の体験談や中央の酒場で聞こえて来たコイバナでようやく己の気持ちが何なのかに気づいたのだという。

 ちなみにそこに至るまでに経過した時間、六か月。

 ははぁん? さては馬鹿であるな~?


「教えてくれ、猫ちゃん。俺はどうすればいい……!?」


 何度も言うが、我輩、悪魔である。

 しかし、大の大人にこうも泣きつかれては我輩も無下にできぬである。先程たっぷりの牛乳を振る舞ってもらったことでもあるし、仕方が無いので助言をしてやるのである。


「告ればよいと思うであるぞ?」


 我輩の愛らしい声に、男は目を瞠って硬直した。






 さて、ここで悪魔と呼ばれるものについて説明しよう。

 世界によっては様々な意味合いを持つが、この世界にとっては我輩のような悪魔は所謂(いわゆる)『悪魔族』と呼ばれる種族である。

 人間が住む世界とは異なる場所で生まれ生きる我輩達ではあるが、時たまに転移門ゲート通って人間界にお邪魔することがあるのである。食事とか娯楽とか、まぁ理由は様々であるな。


 我輩が今回こちらの世界に渡る――より正確に言えば『落っこちて』しまったのは、まぁ、不測の事態と言うか、美味しそうな匂いをフンフンと辿っていたらたまたま開いていた転移門ゲートに飛び込んでしまったのである。あれはどうしようもない事態であった。間違いない。


 そうして現れた先は、血と臓物の臭いと怨嗟や怨念渦巻く実に美味しそうな戦場であった。我輩、歓喜である。

 不測の事態であった故、本来の姿よりもずいぶんとちんまい体で現界してしまったが、体の大きさなど我輩達悪魔にとってはたいした意味を持たない。良い食事処に案内されたと嬉々として負のエネルギーを貪っていた時に現れたのが、やたらとどす黒い怨念に纏わりつかれていた血塗れの騎士――アンゼルム・ジーケルトである。

 我輩、ちょっとビビッたである。

 正直、我輩よりよほど悪魔らしい出で立ちであった。

 お仲間かと思って近寄ったのが運のつき。何故か「猫ちゃん」と呼ばれて戦場からすくいあげられ、陣地に保護され、手早く撤収する騎士共と一緒に王都へと連れてこられてしまったのである。

 我輩、戦場に数多あった血肉を食べ損ねてしまった。

 ……あぁ……我輩の御馳走が……


 そして何の因果か、『怨念纏い血塗れ騎士』改め『ヘタレ怨念纏い騎士』アンゼルム・ジーケルトの長く哀れなヘタレ話を聞くはめになったのである。


「告る……だと!?」


 おっと、ヘタレが息を吹き返したであるぞ。

 先程から呼吸が止まっていて地味に怖かったであるが、生還したようでなによりである。

 まぁ、死んだら美味しくいただくのでそっちでもよかったであるが。


「俺が、まさか、クンツェンドルフ嬢に……か!?」


 何故、衝撃を受けるのであるか?

 恋をしたのであれば告白すれば良いのである。結果は知らぬである~。


「そ、そそそそそんなことをどうやって行えばいいのだそして猫がしゃべっている?」


 ちなみに猫は喋らぬである。


「驚きのポイントズレに我輩も驚嘆である。そして我輩、猫ではないである」


 今までの丸くなっていた体勢からよいこらせと立ち上がり、我輩、背伸び。


「我輩、悪魔である!」


 ……あっあっ鼻を指で突くのはやめるである!

 我輩の頬毛をさわさわするのもやめるである!

 喉をくすぐるのもやめるでゴロローゴロロ……


「……猫ではないか」

「失礼である! れっきとした悪魔である!」

「……ハッ! そうか、猫の形をした……」


 お。やっと把握したようであるな!


「そうか、猫妖精、ケット・シーか!」


 発想がメルヘンであるな~?


「とっくに成人した男が妖精を想像するとは気色悪いである~。我輩は正真正銘、悪魔であるぞ!」

「……自らの主張を貫くのは、男として応援したいとは思うが……」

「何故に優しい眼差しであるかな!? おぬしはそれより好いた女子への口説き文句を考えるべきである!」

「く、口説く、だと!? どうやって!?」

「そこからであるか!?」


 おぬしどうやって今まで生きて――あ、男所帯で男世界で生きていたのであったな。哀れである……


「そもそもおぬし、我輩が見ていた限り、同性相手であってもろくに会話をしておらんかったようであるが……」


 基本、連絡事項やイエス・ノー程度だった気がするである。


「必要な回答はしているが」

「おぬしは一度『会話』という単語を調べるであるぞ!?」


 我輩にはあれほど饒舌にベルタ嬢について語っていたくせに!


「人と話をすれば、どのように言葉を捻じ曲げてしまわれるか分からん」


 ははぁん? さては人間不信であるな~?


「おぬし、よく今まで人間社会でやってこれたであるな?」

「剣を交えれば会話はなくとも通じ合える」


 ははぁん? さては脳筋であるな~?


「だがそれでは女子に恋は語れまい?」

「ぐぅ……! 臓腑を抉るような一言……!」

「我輩、悪魔である故なー?」


 蹲ってしまったであるが、気にしないである。

 むしろ良い土台とその背に飛び乗ったである。

 それにしても、相変わらずこの男は無数の怨念やら何やらを纏っているであるな。デザートにスゥーッといただくである。ん~デリシャス~。


「……ん? 何か、体が軽くなったような……?」


 あれだけ怨念塗れだったのだから、それは体にも影響でていたであろうなぁ。

 

「フフン。我輩がおぬしに纏わりついていた負のエネルギーを貪ったためである! 畏れ戦くが良いぞ!」

「つまり悪いものを取り払ってくれたのか! 感謝する!」

「もっと褒めて良いであるぞ!?」

「さては天のみ使いか!」

「悪魔である!!」


 我輩の必殺肉球パンチがヘタレの横っ面に炸裂した。




 ※ ※ ※




 さて。ヘタレが眠ってしまったので我輩は腹ごしらえをしに行くである。

 我輩がいるのは、騎士団の兵舎の一角。ヘタレの部屋である。わりと上の地位らしく個室であるな。ヘタレのくせに。

 ちなみに今は夜である。あのヘタレは夜中に我輩に向かって延々とヘタレ話をしていたのである。近所迷惑であるな。

 ヘタレの朝は早いらしく「もう寝る」と言って眠ってしまったが、あれは逃げである。間違いない。

 せっかく我輩が百歩譲って「文通から始めるである」と助言してやったというのに、羊皮紙を前にしてずっと固まっていたのだから間違いないのである。ヘタレ、脳筋であるからな……

 ヘタレの字の癖が分かれば代筆してやるのもやぶさかではない。我輩、心が広い故な!

 一大抒情詩の如き名文を綴ってやるのである。後で読んで身悶えるが良いである!

 おっと。扉に鍵がかかっているであるな。まぁ、我輩のような悪魔に鍵付き扉など意味は無いのであるが。

 物質を透過。ススイと廊下に出ると――おお、やはり居るであるな。亡者の怨念である。

 やったである! いただきますである!

 ん~……この香しい怨嗟……セボ~ン!

 あのヘタレは底抜けにヘタレであるが、そこそこ強めの人間だからか向けられる怨嗟が大量で実に美味しいであるな~。むふふ。しかも戦場で血塗れになる騎士共が起居する場所だからか、あちこちに怨恨と呪いが忍び寄って来ているである。最高であるな!

 次々に我輩の胃袋に入れていくである。

 ……おや、年季の入った呪怨が向こうからやって来るである。いただきますである!

 ん~……この鼻腔を抜ける芳醇とした香気と深い味わい……エクセロン!

 うぬ? 何か宝石のようなものを落としたであるな? ははぁん? 何かの結晶であるな? 我輩の身を飾るのに良さそうである。むこうの世界に置いてきてしまったであるが、我輩の背にはやはり高貴なマントが必須である。

 おおっとぉ、天井からこれまた年季の入った死霊が来たであるぞ~?

 全部我輩の御馳走である! いただくであるー!





 朝。

 やたら早々と起きて来たヘタレが、窓の外を見て絶叫した。


「ベルタ・エラ・クンツェンドルフ嬢が宿舎の前にいる!?」


 焦がれすぎて幻でも見始めたのかと思ったら、確かに窓から見える宿舎前の門に黒髪緑瞳の少女がいた。


「どどどどどうすればいい!? 猫ちゃん!」


 告れば良いのではないかな?

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