カンナ(企画参加書換版)

ジップ

第1話 カンナ(企画参加書換版)

 高槻正人が忘れ物に気がついたのは帰宅してからだった。

 所属する軽音部の部室に大事なモノを置いてきてしまったのだ。

 大慌てで家から飛び出した正人は忘れ物を取りに学校へ向かった。

「ああ、ああ! くっそ!」

 必死に走りながら思わず正人は悪態をつく。


 いつもの正人は、空想に耽り、時には遥か未来にまで思いを馳せているか、部屋でギターの練習だった。いつもだったら忘れ物も大して気にしない。

 けれど今度ばかりはそれで済ませられなかった。なぜなら正人にこの、は、他人に絶対見られてはいけないものなのだ!。


 学校前の坂を全力疾走で駆け上がると校舎が見えてきた。

 まだ正門が閉められていないことに安堵しつつ校内へ飛び込んだ。そして一気に三階にある軽音部の部室目指して駆け上がっていく。


「はぁ……疲れた」

 そんな言葉を漏らしながら部室の扉を開けるとそこには見慣れない誰かがいた。

「はっ? え……?」

 思っていなかった先客に正人は思わずそんな素っ頓狂な声を出してしまう。

 正人に背を向けて部室の窓際に立っていたのは、見慣れない制服の少女だった。肩まで伸びた美しい黒髪が印象的で、凛とした佇まいに正人は少し戸惑ってしまう。


「あのぉ……どちら様?」

 正人は思い切って声を掛けてみたが、少女には聞こえていなのか反応がない。

「……あの、聞いてます?」

 正人の言葉に弾かれたように少女は振り返った。

 大きな瞳と整った鼻筋に正人は一瞬、見とれてしまう。彼女の吸い込まれるような瞳に魅力を感じつつも部室にいる理由を聞きたい衝動に駆られていた。

「軽音部に何か用ですか? 入部なら、顧問の竹下先生に……」

 正人がそう言いかけた時だった。彼女が一枚の紙切れを見せた。

「君、もしかして、これを取りに来たのかい?」

 その紙切れは正人が慌てて部室に取りに戻った理由だった。折り目の入った紙に書き込まれた言葉の羅列。それには正人が書いた初めての“詩”が書かれていたのだ。

「わ、うわああ!」

 正人は思わず大声を張り上げた。

「か、勝手に見ないでくださいよ!」

 その反応に少女の方も驚く。

「それに何なんですか、あなた! よく見たら制服違うし。この学校の生徒じゃないでしょ?」

 正人は動揺しながら少女に向かって文句を言った。

「え、ああ、すまない」

 少女はそう言うと正人に軽く会釈した。

「私の名は『カンナ』だ。言ってしまえば、君の言うとおり、この学校の生徒ではないな。偶然、この教室に迷い込んでしまったのさ」

 偶然、他校の生徒が他の学校の部室に迷い込む? この子は一体何を言っているのだろう? 正人の頭の中に疑問符が浮かびまくる。

「そしたらこの面白い歌詞を見つけてな。これを見ながら、私のについて思いを馳せていたところだ」

 そう言ってカンナは悪戯ぽく微笑んだ。

「それ、俺のです。すみませんけど返してもらえませんか?」

「なんと、そうだったのか!」

 カンナはわざとらしく驚た様子をみせる。

「これはすまない……と言いたいところだが、こんどは君の名前を教えてくれたら返してあげよう」

 そう言って楽しそうに正人に顔を近づけた。

 一体何なんだよ! そう叫びたくなる気持ちを聖人はぐっとこらえる。

「高槻正人、です」

「正人君、正人君か。覚えたぞ。ああ、覚えたとも」

 カンナはそう言うと歌詞の書かれた紙を差し出した。正人は顔を赤くしながら少し乱暴にそれを受け取った。

「正人君、それ、もう曲がついているんだろ? よかったらここで歌ってくれないか?」

 唐突なお願いだった。

「はあ!? 今ここで? 意味わかんないですよ!」

 正人はそう訴えたがカンナは動じない。

「君、たまに路上で一人歌ってるじゃないか」

「な、なんで知ってるんです?」

 焦る正人を横にカンナは、部室の傍らに置かれたギターの方に近づいた。

「まあ、いいじゃないか。それより君、プロを目指してるんだな。かっこいいと思う。そういうの」

 そう言いながらカンナはギターの弦に優しく触れる。

「……だからって、今」

「私は君の歌が好きなんだ」

「えっ?」

「君の歌……声が好きなんだ。君は可愛い見た目をしているのに、歌声は力強いんだな」

 そう言うカンナの瞳には今までと違って強い意志を感じる。

「か、可愛いって……俺の身長のこと馬鹿にしてるんなら歌いませんよ」

 照れ隠し紛れにそんな事を言い返してみるがカンナの瞳は変わらない。

「歌ってくれないのか?」

「いや、そんなわけでは……」

「ありがとう! 正人君」

 憎たらしいほどのカンナの笑顔に正人はドキリとする。

「君の歌声に私は驚いたんだ。君のその声で青春だとか、夢だとか語られてしまうと、私の悩みが一気に剥がされて、そのままゴミ箱に放り込まれたように感じてしまうんだ」

 嬉々として語るカンナからギターを手渡されると、正人は近くにあった椅子を引き寄せて座った。

 言い方はともかく自分の歌を評価してくれているのは間違いないらしい。正人は彼女のリクエストに応えることにした。

「あ……あんまり、期待しないでくださいね」

 嬉しそうに目を輝かせる彼女に正人はそう一言付け加えた。

「それは無理な相談だな。だって私は君のファンなんだぞ?」

「それでもですよ」

「出来るだけ努力はしてみよう」

 とは口ではそう言っているが期待しているのは顔つきで分かる。

「まったく……オリジナル曲を人前で歌うのは初めてなのに」

 そう呟きながら正人は渡されたギターのチューニングをしはじめた。それを終えるとリラックスするために軽く肩を回してみる。

 大きく、息を吸って呼吸を整えていく。

 それは不思議な感覚だった。

 いつも孤独で、一人歩きしていた"詩"は、自分に興味を持ち、傍で聞いてくれる人がいるだけで、初めて"歌"に昇華されていくような気がした。

 「では……と」

 正人は静かにイントロを奏で、そして歌い始める。

 サビの部分は、まるで世界中に響かせるように、ゆっくりと、それでいて激しく。自分に欠けている低音の伸びを打ち消すように、心地よく叫ぶように。

 詞がメロディーに軽やかに乗っていく

 この数分だけは世界は自分のものだ。

 やがて曲が終わり近づいてきた。 

 ああ、もう終わりか……。

 曲の最後のフレーズの余韻が消える頃になって、ふとそんなことを思った。

 そして演奏エンディングを迎え、曲が終わった。


 歌い終えた正人が照れくさそうにカンナの方を見みる。

「ほら、これで満足で……えっ?」

 カンナを見た正人はギターを持ったまま言葉を失った。

 彼女の身体が透けて見えるのだ。後ろの壁も見えるくらい透明になっている。

「ちょ、カンナさん!? 」

 その状況に動揺する正人。

「ああ、これか……」

「大丈夫ですか?」

「多分、大丈夫じゃないな。ははは……何だろう。少し視界もぼやけてきたな」

 そう言いながら彼女は涙を拭った。

 彼女のその仕草にも危うさを感じて、正人はその細い腕に手を伸ばした。

 しかし、カンナの透けた腕を掴むことができなかった。

 まるで幻をつかもうとしているかのようだった。

「ああ……何だよ、これ。何なんだよ、一体!」

 動揺する正人にカンナが優しく微笑みかける。

「正人君。そういえば君、忘れ物を取りにここに来たんだろう?」

「そ、そう、ですけど……今はそんな事より」

「私にとってのは、君の歌だったんだ。私はその歌を聞けた。君は忘れ物を手に入れた。目的は達成したから、お互い、もう行かなきゃな」

「何を言っているんですか? カンナさん」

 突然彼女の身体が輝き始めた。

 まるで蛍の最期の輝きのように強く光っては点滅している。

「迷惑かけてごめんな。そして、ありがとう」

 カンナは名残惜しそうな表情でそう言った。

「ちょ、ちょっと待って!」

 俺はまだ、カンナさんに歌を聴いてもらったお礼も言っていないんですよ!

 そんな想いや、声まで、虚空を駆けていったようだった。

 正人は気がつくとギターを抱いていた。

 まるで、そうすることによって消えていく彼女を留められるかのように……。

 「一体、何だったんだよ。あんた……」

 部室に一人残された正人はそうつぶやいた。



 家に帰るとテレビでニュースが流れていた。

 隣の高校に通う女子高生が自殺したらしい。

 原因は、実の両親による虐待だった。

 遺書らしきものには、

「次があるなら、もっと力強く」

 そんな言葉が残されていたらしい。


 自分の部屋に戻ると手汗でぐちゃぐちゃになった歌詞の書かれ紙を机に置いた。

 そしてまだ書かれていないタイトルを書き込んでいく。


 “永遠”


 赤く力強い幹の先に色鮮やかな橙色の花を咲かせる"カンナ"の花言葉だ。

 

 永遠……それもいいかもな。

 呟いたその言葉は、正人の心をしっかりと掴んでいた。

 気がつくと涙が全てを吐き出すかのように流れていく。

 忘れ物は持ってきたはずなのに

 ……何故か忘れ物が増えた気分になっていた。


 おわり


この作品のオリジナルである『カンナ』<第一話 カンナ>はこちら

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894921051

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