第五話
その日の昼食はリリィ特製のルーベンサンドウィッチだった。ライ麦パンにコーンドビーフとメルトチーズを挟んでサウザンアイランドソースで味付けした新大陸風のサンドウィッチだ。
リリィは手早く食卓を片付けると中央に花を飾り、四人分のテーブルセットを丁寧に配置して昼食の準備を整えた。
「やあ、ルーベンサンドウィッチか。これは美味しそうだ」
気配で気づいたのか、ダベンポートが書斎から姿を現す。
「はい。今日はいつものとは少し違うレシピにしてみました。雑誌で見て美味しそうだったので」
ダベンポートは自分の席に着くと、二階の二人が降りてくるのを待った。
「リリィ、上の二人には声をかけたのかい?」
「いえ」
リリィが首を横にふる。
「ですが、お昼の時間は伝えてあります。なのでそろそろいらっしゃるかと……」
だが、二人が降りてくる様子は一向になかった。
そろそろ時計の短針が一時に迫ろうとしている。
「……思ったよりも時間がかかっているようだな」
思わずつぶやきが漏れる。
「旦那様、どうしましょうか? 先にお召しになりますか?」
盆を胸元に抱えたリリィがダベンポートに訊ねる。
「いや、待とう。せっかくなら四人で食べたほうが楽しかろう」
さらに十分。
なんだかお預けされている犬になったような気分だ。
さすがにしびれを切らし、ダベンポートはリリィに声をかけた。
「リリィ、済まないがちょっと二階に行って二人に声をかけてくれないか? このままではせっかくのサンドウィッチが乾いてしまう」
「はい」
リリィは頷くとトタトタと階段を登っていった。
…………
リリィが声をかけた時、ちょうど調べも終わったところだったらしい。リリィはすぐに二人を連れて二階の客間から戻ってきた。ウェンディを先頭に、その後からサンドリヨン。リリィが二人の後に続く。
ダベンポートは椅子から立つと、大きく両手を広げた。
「やあ、待ちかねたよ。まあとりあえずは昼食にしようじゃないか。僕はもうお腹が空いて死にそうだ」
大きな身振りで二人を食卓に誘い、自分はさっさと白いナプキンを広げて椅子に座る。
リリィはオーブンで温めてあったホットサンドを取り出すと、弱火にかけてあったスープ──今日は澄んだ野菜スープだった──を手際よく三人の前に配膳した。
「リリィ、自分のぶんも用意したまえ。一緒に食べよう」
配膳された食事が三人分しかないことを見咎め、ダベンポートはリリィに言った。
「でも、みなさんのお世話をしないと……」
「サンドウィッチにお世話も何もあるものか。リリィ、一緒に昼食を楽しもうじゃないか。せっかくなんだ、食事はにぎやかな方がいい」
ダベンポートはそう言うと、大きくリリィを手招きした。
「ありがとうございます。ではご一緒させて頂きます」
誘われたことが嬉しいのか、リリィが明るい笑顔を浮かべる。
リリィは急いで自分のためにもサンドウィッチとスープを配膳すると、いつものリリィの席、ダベンポートの左隣に腰を下ろした。
「まあ、ルーベンサンドウィッチですか?」
席に着いたサンドリヨンは目の前に綺麗に配膳されたサンドウィッチを見ると驚いたように目をみはった。
「ルーベンサンドウィッチをご存知なんですか?」
リリィがサンドリヨンに訊ねる。
「はい。新大陸風の新しいタイプのサンドウィッチですよね。一度食べましたけど、これは良い考えだと思いました。新大陸らしい発想ですよね、サンドウィッチを焼いてしまうなんて。それにまだ色々工夫の余地もありそうですし」
「サンドリヨンさんはお料理にお詳しいんですね」
さらにリリィがサンドリヨンに食いつく。
そんな愛らしいリリィの様子にサンドリヨンは笑顔を見せた。
「いたずらに長生きしているだけですよ。でも気がついたら確かにお料理にはずいぶんと詳しくなりました。もしかすると、普通の人よりは多くの種類のお料理を食べてきたせいかも知れません」
四人で食べる食卓はにぎやかだった。最初は会話が弾まなかったものの、すぐにウェンディが最新のファッションの話を持ち出し、その言葉にリリィとサンドリヨンが目を丸くする。
「今はウェストよりは肩を強調するの」
スープの最後のひとすくいを口に運びながらウェンディが二人に説明する。
「そうなのですか?」
世俗のことにはとことん疎いサンドリヨンがウェンディに訊ねる。
「ええ。サンドリヨンさんは知らないと思うけど、ここ数年で肩幅がずいぶん広くなっているの。そうすると結果的にウェストが細く見えるから」
そう言いながらウェンディは皿に手をのばすと、大きく口を開いてライ麦のサンドウィッチを口に含んだ。
「あら、これ本当に美味しいわ」
一口齧るなり、思わずウェンディが感想を漏らす。
「とても面白い味。こんなサンドウィッチは始めて食べましたわ」
「ルーベンサンドウィッチは新大陸のサンドウィッチなんです」
リリィも上品にサンドウィッチを咀嚼する。
「ただ、ちょっと工夫してコーンドビーフの下にうちの庭で取れた生のハーブを挟んでみました。その方が香りがフレッシュになるかと思って……」
「確かに良い工夫だ。ソースが辛口なのも僕好みだよ。これは素晴らしい」
ダベンポートが言葉を継ぐ。
「面白いソースですね。本当に初めて食べる味……これはソースにみじん切りにした具材を混ぜ込んだのですか? 私の食べたルーベンサンドウィッチとは少し違います」
「はい」
リリィは頷いた。
「どうやら使うソースにはちゃんとした決まりがないようなのですが、今回わたしはサウザンアイランド・ソースに少し工夫を凝らしてみたんです。ソースに刻んだ玉ねぎとピクルス、砕いたゆで卵とガーリック、それにコーンも少しだけ加えて良く混ぜたものをソースにしています。サウザンアイランド・ソースも新大陸で発明されたそうなのですが、色々と応用が効くので良く作ります」
「そうなんですね。確かにこちらの方が美味しいわ」
「はいッ。その方が食感が楽しいかなあと思って」
「なるほど……実に良い工夫です」
サンドリヨンが感慨深げに頷く。
料理について話し合う三人を眺めながら、ダベンポートは改めてリリィのサンドウィッチを良く味わってみた。
(なるほど、新大陸の料理なのか。新大陸の料理も意外と悪くないな)
思えば先週も似たようなサンドウィッチを食べた気がする。どうやらリリィは最近新大陸の料理に凝っているようだ。
(つまり、これは改良版という訳だ)
リリィが言う通り、鼻を通るハーブの香りが爽やかだ。かすかな酸味はおそらくレモンだろう。柑橘系の香りがする。
ソースに混ぜられた刻んだ玉ねぎとピクルスも良いアクセントになっていた。玉ねぎとピクルスのシャキシャキとした歯ごたえが良い気分転換になって飽きることなくいくらでも食べられる。
(このセンスは天性のものだな)
ダベンポートはサンドウィッチを頬張りながら思わず感嘆していた。
(いや、あるいはおばあさまの仕込みが良かったのかも知れない。どちらにしてもリリィがいてくれるのは誠にありがたい)
「あ、あの、リリィさん?」
ふとサンドウィッチを食べる手を止めるとサンドリヨンはリリィに話しかけた。
「このサンドウィッチのレシピ、後で教えて頂いてもよろしいですか?」
「はい、それはもちろん」
リリィは笑顔を浮かべるとサンドリヨンに頷いた。
「私、レシピブックだけは今でもつけているんです。百年以上生きて、ほとんどのことには退屈してしまいましたが、お料理だけは今でもとても楽しいんです」
サンドリヨンはにこりと、だが少し寂しげに笑った。
「まあ、レシピブックですか!」
リリィは思わず口元に両手を寄せた。
「わたしもおばあさまから受け継いだレシピブックがあるのですが、まだ半分くらいは残っているんです。サンドリヨンさんもぜひレシピを教えて下さい」
「では、レシピ交換しましょう」
「それはいいね」
ダベンポートも笑顔を見せた。
「リリィが新しい料理を覚えてくれるとうちの食卓が豊かになる」
「あら、それなら私もご相伴に預かりたいものだわ。私はひとり暮らしだからいつも夕食が味気ないのよ」
………………
…………
食べ終わった食器を持ってリリィが階下の台所に降りた後、昼食後の紅茶を飲みながらダベンポートはウェンディに話を振った。
「さてウェンディ、首尾はどうなんだね?」
「はい」
ウェンディは捜査官の顔に戻ると、今までに判ったことをダベンポートに説明した。
サンドリヨンの背中には大きな魔法陣が入れ墨されていること、その入れ墨に傷が入っていること。おそらくはそれが原因で本来の意図とは異なる方向に魔法が作用していると推測されること。
「まあ、簡単に言えばサンドリヨンさんの症状は魔法の暴走だと私は推察しています」
「暴走?」
剣呑な言葉に思わずダベンポートの片眉が上がる。
「はい」
ウェンディは頷いた。
「私が解析する限り、サンドリヨンさんの背中に彫られた魔法陣は高速治癒の魔法陣です。ですがその魔法陣に大きな傷が入っていました。それが原因で現在は暴走しているのではないかと」
「…………」
サンドリヨンは無表情に二人の話を聞いている。特にコメントすることもないのだろう。
「しかし、暴走だとしたら、もっとひどい症状が出るはずだ。なぜ跳ね返り(バックファイヤー)が起こらない?」
半ば自分に問いかけるかのようにダベンポートがつぶやく。
片手を顎に添え、何事か考え込んでいる。
「それについては不明です」
ウェンディは正直に答えた。
「それが異国の魔法陣のせいかも知れないし、単なる偶然なのかも知れません。ですが、とにかくうまい具合にバランスが取れているようで不死状態に陥っているものと推測します」
「で? 今後の方針は?」
「そこが問題なんです」
ウェンディは細い人差し指を立てた。
「何しろ何が起きているのか判らないのです。拙速な対処はお勧めできません」
「そうは言ってもこのまま放っておくわけにもいかんだろう?」
ダベンポートは少し苛立ってウェンディの言葉の続きを促した。
微妙なバランスの上にサンドリヨンの今の状態が成り立っているであろうことはダベンポートも既に推測していた。これは偶然の産物だ。不死状態をちゃんとした理論の上に起こせるのであれば、そんな技術はとっくの昔に軍事転用されているはずだ。
「綿密な調査と研究が必要です。十分に研究し、綿密な計画の上で魔法陣を修復しない限り、事態は好転しないと考えます」
「……わかった」
しばらく考えたのち、ダベンポートは口を開いた。
「それについては僕が引き受けよう。ウェンディは引き続きサンドリヨンさんの様子を監視してくれ。何か異常があるようだったらすぐに報告すること。以上、では仕事を続けよう」
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