第14話 「友達の、友達」

 翌朝、その男はやってきた。


「おはようございます!」


 その声の大きさは、食堂で朝食を摂っていた「サンライズ」メンツを驚かせるには充分だった。

 特に、マーティは呑んでいたコーヒーを吹き出す所だった。


「あ、トバリ監督ですか、おはようございます!」

「お、おはよう…… き、君は……」

「は。自分はイリジャ・アプフィールドと申します。クロシャール社『マサギ』営業所の者ですが」

「ああ、君が……」


 コロニー群「マサギ」地区は、「エンタ」に最も近い星域の地区だった。


「ああ君が。オーナーから最寄りの営業社員を向かわせる、と聞いたが、君のことかね」

「はい。しばらくはご同道させていただきます」

「まあ仕事と言ってもなあ…… この歳になって血気盛んな馬鹿どもが、下手に動かないように、よろしく頼むよ」


 散々だよなあ、と苦笑する者あり、爆笑する者あり。


「……で、あの、実は朝食、まだなんですが…… ここでも注文できますでしょうか」

「お、そうか。すぐに用意させよう」


 では、と彼はきょろきょろと空いている席を捜した。そしてにやり、と笑うと、投手陣の座っているテーブルに近づいた。


「すみません、ここ一つ空いてますよね」


 空いてますか、でもなく、いいですか、でもなく「空いてますよね」とその男は言った。


「空いてるよ」


 おや、とダイスは思う。何やらマーティの声が、ひどく憮然としているのだ。


「では失礼」


 そう言って彼は、ダイスの隣に陣取る。やがて食事が運ばれてくると、かなりのスピードがかき込み始めた。思わずダイスはその食べっぷりに圧倒される。


「……あの……」

「はに?」


 何、と彼は言ったつもりだろうが、口にものが入ったままである。


「いや、『マサギ』から来たということですが、ずいぶん速かったですねえ」

「うん」


 そしてまずごくん、と口に入れていたものを呑み込む。


「やー、知らせ受けて、すぐ飛んできたんですよ。こっちは夜中だったかねしれないけど、あっちはちょうど現地時間的には昼だったから」


 ああ、とダイスは納得する。


「それでまあ、一番速い便を使って、慌てて」

「けど俺は、お前が来るとは思わなかったよ、イリジャ」


 低い声で、マーティが口をはさんだ。


「あ、お知り合いなんですか?」

「友達の、友達」

「だから俺達は、直接の友達じゃあ、ないんだ」


 へえ、とダイスは改めてこの「営業社員」を見る。何やら、顔のパーツが一つ一つ突き出ているような印象を受けた。目にしろ、歯にしろ。

 しかしまあ、身体つきがスポーツマンのそれに酷似していることから、全体的にみれば、「格好いい」部類に入るのかもしれない。それに営業社員の特性として、人あたりがいい。それはかなりのプラス・ポイントだろう。


「トバリ監督に好印象植え付けたなら、上等」


とストンウェル。


「ビリシガージャのおっさんに比べると、あのひとは口うるさいからなー」

「あのひとが特別なんだよ」


 ははは、とマーティは今度は笑った。


「ビリシガージャさん?」

「ああ、お前は知らなかったっけ。俺達のテスト試合の時に、臨時で監督してくれたの。俺がコモドに居た頃の監督でもあったんだけどさ。やー、酒呑みで。でも面白いおっさんだったよ」

「へえ……」


 確かにそれに比べれば、現在の「サンライズ」のトバリ監督は、「口うるさい」と言われても仕方が無いとダイスも思う。と言うか、真面目なのだ。

 だがその監督のもとで、昨年はナンバー3リーグで初出場初優勝したのだから、良い監督ではあるはずである。少なくとも、ダイスはトバリ監督のことは嫌いではなかった。


「それで、ですが」


 イリジャは物を呑み込む合間を縫って、話を続ける。


「話は来るまでに、社長から聞きました。で、移動中にデータはある程度、収集してあります」

「早いね、あんた」


 ストンウェルはスプーンを振り回して感心してみせる。


「そりゃあまあ、営業の人間には素早い情報は命ですしねえ」

「けど、いつ寝てるんですか?」

「いつでも。移動時間は睡眠時間よ」


 ははは、と彼は歯をむき出しにして笑った。


「営業社員に必要なのは雑草の様な体力なんだぜ。ルーキー君」


 ふうん、と彼は素直に感心する。


「で、ラビイさん、改めて、お久しぶりです」

「何でお前なの?」

「何でって。これは本当に偶然ですってば。俺は一昨年は、あんた方を追いかけてましたが、去年からあそこの『マタギ』に転勤になっていたんですから。あ、もしかして、奴はまだ帰って来てません?」

「言うなよ…… 通信すれば連絡はくれるがな」

「いいじゃないですか。俺なんか奴が今何処に居るかも知らないんですからね」

「お前に居場所教えていいか、後で奴に聞いてみるよ」


 意味不明の会話が続く。ストンウェルもその件については、プライヴェイトは割り切っているらしく、明後日の方向を見て、アールグレイの紅茶をすすっていた。


「それじゃ皆聞け。昼食は球場に持ち込むから、お前等は今から三十分以内に、支度をしてここに集合」

「三十分!!」

「何だテディ、文句あるか?」

「いいえ~」


 監督は皆あらかた食事を終えた、と見ると、そう声を張り上げた。

 テディベァルは慌てて部屋に走って行った。


「あいつの髪って、異様に整えるのに時間かかるんだよなー」

「はあ」


 だったら切ってしまえばいいのに。

 短い頭の彼にはよく判らなかった。重力制御はどうも、髪にも影響があるらしい。試合の時は外してしまうので、特にちゃんと整えておかないと、跳ね回り方が尋常ではないのだ、ということだった。

 ダイスは、と言えば、歯を磨いてユニフォームに着替えて、という程度だから時間は掛からない。


「ま、監督もああ言ってることだし、とっとと行こうぜ」

「ああ」


 がた、と音を立てて、彼等もゆっくりと席を立った。


「友達の友達、って」

「ん?」


 背後から呼びかけると、マーティはやや複雑な表情でダイスの方を向いた。


「何? ダイちゃん」

「いえ、何でもないです」


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