第11話 「私達は半分楽しんでますがね」

「おい」

「いいじゃん。こいつにも、あの時のことは知っておいてもらったほうがいいと思うぜ」


 うーむ、とマーティは目を伏せる。


「あんまり、朝メシの時の話題じゃないよなあ」

「でも今日も一日忙しいですし」

「あ、そう言えば俺今日先発だ」


 今頃気付いた様に、ストンウェルは両眉を上げ、背後の席に居たヒュ・ホイに問いかける。


「ホイ、先発投手ローテーション、どうなってたっけ?」

「えーと、昨日がヒューキンさんで、今日がストンウェルさんでしょ。で、明日がマッシュさん。で、移動日で……」

「OK、それだけ判ればいいさ」


 サンキュ、と彼はひらひら、と手を振った。


「ダイちゃんの先発はいつかなー」


 どき、と何気なくつぶやいたマーティの言葉に、ダイスは焦る。

 そう言えば、自分の先発もいずれはあるのだ。開幕前の紅白戦で投げたことはあるが、ダイスはまだ、公式戦の先発はしたことがなかった。


「楽しみににしてるわよ」


 だからそこでどうしてそういう口調になるんだ、とダイスは無言で砂糖をしっかり入れたカフェオレをすすった。


「……で、話の続きですけど……」

「う、やっぱり聞くつもりなんだ、お前」

「もしかして、はぐらかそうとしてました?」

「まあそれはそうだよなー。マーティ」


 実に楽しそうに、ストンウェルは握った肩をぐい、と強く掴む。それはまるで「逃げるなよ」と言っているかのようだった。


「仕方ねーなあ。あのさ、ダイちゃん、外の人間には言うんじゃないよ」

「は? はい」

「あの時も、爆弾が仕掛けられてたの」


 ダイスは思わずカフェオレを吹き出しそうになった。


「そ、そんなことがあったんですか?」

「あったんだよ。まあマスコミには黙っててくれ、ってヒノデの奥さんが言ったから、新聞とか載ってなかっただろーが」


 確かにそうだった、とダイスは思い返す。そして、なるほど故意的に隠されていたのか、と納得する。

 そしてその驚きに追い打ちを掛けるかの様に、ストンウェルがにや、と笑いながら続けた。


「その時は、ボールに仕掛けられてたんだぜ?」

「ボールに!」


 ダイスはぶるっと震えた。


「ボ、ボールだったら…… 投手が一番危ないんじゃないですか? 大丈夫だったんですか?」

「ばーか。大丈夫だから、今ここに居るんだろうに」


 それはそうだ、と聞いた自分にダイスは呆れる。


「で、その時気付いたのが、このひとなんだよ」

「このひと?」

「だから、このひと」


 説明が既にストンウェル主導になっていた。指さされているマーティのほうは、といえば、苦虫を噛みつぶした様な顔になって、ずず、とコーヒーを口にしていた。


「すごい」

「だろ? ってなー、お前、ボールの違和感くらい気付かなくちゃ、投手とは言えないぜえ」


 へへへ、とストンウェルは笑う。おいおい、とマーティはため息をつく。


「まあな。火薬量が少ない奴だったから、打たせて空中で爆破させて…… 事なきを得たけどね」


 だがそれはそんなあっさりと言う様なことではない、とダイスは思う。


「あ、それで観客が」

「そ。空中で爆発したけど、テディとかトマソンとかなんか、ちょっと中に仕込まれてた破片とかで擦り傷くらいしてたしな。そうすると、何処か他にも仕掛けられているんじゃねえかっ、てパニックになりかけた訳よ。観客がさ」

「それで、オーナーが」


 そう、と二人はうなづいた。


「ところが、後で気付いたんだけどな」


 更に追い打ちを掛けるようなストンウェルの言い方に、もう何を言われても驚かないぞ、とダイスは決意する。


「実はそれは、連盟の陰謀だったんだぜ」


 いんぼう。はあ。

 ……彼は自分に課した決意を一瞬にして、撤回した。


「危機状況。そういう時の対応が上手くできないチームは、全星系統合スポーツ連盟にプロ・チームと認められないってことでさ。特にうちの惑星は、つい最近まで、クーデターやらテロやらうようよしてた訳だしな」

「それはまあ、確かにそうですが」

「そのパニックの時だってなあ、それでもその一度のオーナーの一言で皆静まってしまうあたりが、事件慣れしている、と言われたらおしまいなんだけどね」


 マーティは苦笑した。


「だけどボールに爆弾、はないでしょ…… 幾らなんでも、ベースボールの試合で、連盟が…… 道具なのに…… あ、もしかして、今回、だから、皆さん警戒してる?」

「まあな。去年もだから、色々あった、って言ったろ。手を変え品を変え、『お試し』の事件もあれば、本当の事件もあったしなー、なあマーティ」

「ああ」


 言いながら、太いマーティの眉もしっかりと寄せられていた。


「なんでまあ、こっちに平和にベースボールさせてくれないのかね、周囲は」

「ま、仕方ねーんじゃないの? いいじゃん、それでウチは何とか切り抜けて、去年は優勝したんだし」


 と、背後で食事が終わったらしいテディベァルが、ししし、と笑いながら口をはさんで来た。


「私達は半分楽しんでますがね」


 「先生」はミルクを注いだ紅茶をゆったりと口にする。


「そうそう。ウチのチームでもなきゃ、こんなことは体験できねーぜ。せいぜいこの状況を楽しんでやろうじゃねえの」


 なあ、とストンウェルは昨晩のメンツに笑った。マーティはお手上げ、のポーズを取っているが、顔は笑っていない。


「ところでダイちゃん、お前は何で、ウチのチームのスカウトに応じた訳?」


 反撃、とばかりに今度マーティが問いかけてきた。


「俺、ですか?」

「あ、確かに俺等、聞いてないよなー」

「そうですね。僕も聞いてみたい」

「右に同じ」

「少なくともお前は金のため、とかじゃないよなあ」

「それはないよな。レーゲンボーゲンは、何だかんだ言ったって、まだプロできて浅いから、何年できるか判らないプレイヤーになるより、堅実な職業について欲しいって思う親御さんも多いだろうしさ」


 出身のことを明らかにしない割りには、アルクの事情を良く判っているマーティは言う。


「へー、そーなの。俺んとこなんて、『働かざるものは食うべからず』だから、職無ければ何処でもいいからとっとと働きに行け、だったぜー」

「マルミュットじゃ、そうですね」

「俺は」

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