第3話 偉大な!先輩方。

 マーティ・ラビイという名の、ダイスより頭半分大きな、この男は、中継ぎのエースである。

 ストンウェルより数歳上らしい。年齢的には、このチームの中でも高い方である。

 おかげでこの男は、球団との「待遇改善交渉」などには必ず頭を突っ込んでたりする。もっとも「待遇改善」と言ったところで、「食堂のおかずの数をあと一品増やしてくれ」だの、「部屋のカーテンの色は明るい方がいい」だの、実に草の根的、生活に密着した「待遇改善」ばかりなのだが。

 なのに、だ。ダイスは最初にこの男を見た時のことを思い出す。

 そんな「交渉」に勝った時に、この男は実に嬉しそうに笑って、皆に報告するのだ。

 彼が最初に「サンライズ」の宿舎に入った日に、ちょうどその大事な交渉の一つ「カーテン問題」があったらしい。ダイスが舎監のおばさんに、部屋に案内してもらってた時だった。

 マーティはいきなり階段を駆け上がってきた。音からして、一つ二つ、軽く階段を飛ばし気味に上って行ったに違いない。

 そしてダイスの背後をすり抜けると、廊下に響き渡る大声で「交渉成立!」と叫んだ。

 ダイスは、その時馬鹿でかい声に、思わず腰を抜かすところだった。

 その声に気付いたチームメイト達は、手を叩き合って喜んでいた。


 一体何があったんだ。


 彼はなかなかに頭を混乱させていた。確かに事情を知らなければ、訳が判らない光景だったろう。

 でかい男の肩を借りてぴょんぴょんと跳ね回ってる者は居るし、にこにこ笑って拳を握りしめている者も居たし、壁にもたれながら、それでも笑顔で煙草をくゆらせている者も居た。

 そこでついでに、と舎監のおばさんは上手く集結している所を利用して、新入りのダイスを皆に紹介したのだが……


「……お待たせ致しました」


 記憶に沈みそうになっていた所へ、ウェイターが大きなトレイに料理の一式を運んで来た。

 はっ、と気付くと、そこには大きなプレートに乗った料理がどん、と盛られていた。

 ああ豪勢だ…… とただでさえ腹が減っていた彼はその香りや温みに感動する。とりあえずはスープ、とカップに手を伸ばす。


「俺達のはまあだ?」


 ストンウェルはにやにや笑いながら問いかける。


「もう少々お待ち下さいませ。今ご用意して参ります」


 ウェイターは再び、そつの無い対応をする。

 マーティは頬杖をつきながら、横から料理を眺める。


「へー、一気に暖め直したんだな。熱いうちに食っちまえよ。熱い食事は、できるだけで幸せなんだぞ~」

「実感込もってるね、あんた」

「ぬかせ」


 けっ、とマーティは笑ってストンウェルのおでこを弾いた。黒い、固い髪を短くしている彼のおでこは、いつも全開だった。

 ちなみにダイスも、短いという点ではそう変わらない。

 だが頭の形なのか生え際のせいなのか、そのあたりは良く判らなかったが、周囲からはサルサルとからかわれていた。まあ仕方ないよな、とルーキーは肩をすくめる。


「そーいえば、ドーム、開いてましたね」


 ホワイトソースに、ほうれん草の緑が鮮やかなパスタをフォークとスプーンで巻きながら、ダイスはさりげなく口にした。

 さりげない、つもりだったのだが。

 途端にダイスは後頭部に衝撃を受ける。横からはたかれたのだ。むぐ、と口にしたパスタを、彼は思わず一気に飲み込んでしまう。


「あ~…… もうそれを言うんじゃねえ」


 巨体をテーブルに突っ伏せ、マーティはうめいた。

 ああしまった、とダイスはそれを見て気付く。どうやら今日は、彼が途中から投げたのだ。


「すいません」


 ダイスは慌ててつぶやく。


「ま、運が悪かったんだよなあ。犬に噛まれたと思って……」

「……おいビーダー……、お前それ何か違うたとえじゃないか?」

「まあまあ」


 口の端をきっちり上げて、ストンウェルは手をひらひらと振る。


「あー、……ってことは、お前、マーティが出たの知らなかったんだろ。へへへ。出る前から、お前寝てたな」

「おいダイちゃん~」


 再びマーティは、テーブルに突っ伏せた。明日の先発投手は、そんな同僚の姿を見ながら、実に楽しげに笑った。

 ちなみにビーダー、というのはエッグ・ビーダーの略で、「泡立て器」のことだとダイスは聞いている。他はともかく、マーティは時々そのあだ名で彼のことを呼んでいる。由来はマーティも判らないと言う。

 ちょっとだけ、その親密さに、ダイスは妬けるような感じを受ける。実業学校時代の同じ部活の、「あこがれの先輩」を独り占めされているような、そんな感覚だった。


 懐かしき、学校時代。

 ついこの間終わったばかりの時代なのに、ダイスにとっては、既に遠い過去の様な気がしていた。


 そう言えば。


 ふと、先程見ていた夢のことを思い出す。

 あれは、卒業と同時くらいに別れてしまった彼女だった。

 でも何故。


「で、お前さあ、どうやってあの球場を抜け出してきた?」

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