2-9

 家に帰って、サボりについて母親に謝罪した。

 母は笑って許してくれた。


 その後、俺は自室へ戻り、右目を閉じる。



「愛花」


「ゲンちゃん」



 呼びかけるとすぐに、愛花の声が聞こえた。


 左目には愛花の部屋が映っている。

 ランタンで薄く照らされている景色は、この一週間ほどの間に何度も見た。



「帰ってきたのか」


「うん」



 愛花の声は妙に暗い。

 ゲリラライブの直後とは大違いだ。



「どうした? うまくいかなかったのか」


「ううん、うまくいったよ。お城の偉い人にまで興味を持ってもらえて、持ってた蓄音機は全部売れちゃった。あたしの歌や踊りも褒めてもらえて、ぜひもっと披露してほしいっていう人もたくさんいたよ」


「だったら大成功じゃないか」



 やはり俺が想像していた以上の成果だ。


 愛花はもう出世街道に飛び乗ったと言ってもいいだろう。

 俺が過剰に世話を焼く必要はもうない。



「そうなんだけど……」



 しかし愛花の声は相変わらず暗いままだ。



「どうした、嬉しくないのか?」


「全然ってこともないけど……やっぱり変な感じはするよ。だってこれって、あたしがすごいわけじゃないもん。そっちの世界では当たり前になっていることを、そのままこっちに持ってきただけだし。蓄音機だってあたしが考えたわけじゃない」


「技術を伝えるだけでも大したことだよ」


「歌や踊りもそうだよ。あたしが考えたわけじゃない」


「文化を伝えることだってすごいことだ」


「でもなんか、ズルしてる気がする」


「そう思うならこれからはオリジナルの曲や踊りで勝負すればいい」



 それで問題解決だ。

 これまでずっとアイドルを追いかけてきていた愛花ならばやってやれないことはないだろう。


 ニセモノから本物に変わっていくというのは、成長として恐ろしいくらい正しい道のりのはずだ。



「でもね、ゲンちゃん」


「なんだよ」



 できればこの先の言葉は聞かないほうがいいという予感があった。


 でも俺にどうすることができただろう。



「あたしはやっぱり、元の世界へ帰りたい」



 頭痛がして、思わず天をあおぐ。


 この一言を言わせないために、俺たちは努力してきたんじゃないのか。

 そんな徒労感が襲ってくる。



「ゲンちゃんに会いたいよ」



 だけど同時に、この言葉を俺はずっと待っていたのかもしれない。


 考えうるかぎり、もっとも甘い言葉だ。

 そしてあまり正しいとは思えない提案だ。


 本当はどうするのが正しいのだろうか。


 幼馴染の死を乗り越えて、現実で生きていくのか?

 それとも今後とも異世界で暮らす愛花のサポートをして暮らすのか?


 考えたところで結論は決まっている。


 愛花が俺の言葉を鵜呑みにしてしまうように、俺だって愛花の求めを言葉通りに受け入れてしまう。



「なら次は、そっちの世界とこっちの世界をつなげる方法について考えようか」



 その言葉は自然と口をついて出た。



「できそう?」


「正直わからない。だけど俺たちが協力すればなんとかなるさ。これまでだってそうだっただろう?」


「うん、そうだね!」



 ようやく愛花の声に普段の明るさが戻ってくる。


 俺たちは遠回りの末、とてもありきたりな願望にたどり着いた。


 この後どうすればいいのかはわからないが、愛花が俺を頼ってくれているかぎりはなんでもできる。


 そんな歪な万能感によって、頭痛は和らいでいった。

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