第21話~せつない記憶を受けとめて
匠くんが帰ったあとは、たくさんのダンボールの整理で半日すぎた。
「ごめんね、本棚そのままだけど」
私が住む航太朗くんの部屋には、
一面に天井まで届く本棚があり、たくさんの本が並んでいる。
私はたくさんの本の前で、1冊手に取りながら答えた。
「そんな、嬉しいくらいです、まるで図書館みたいだし、少しづつ読ませて貰っていい?」
「もちろんだよ、僕の好みが分かるのはちょっと恥ずかしいけどね」
背の高い本棚の横に小さな印がついていて、そこにはそれぞれにひらがなが記されているのに気がついた。
「あの、これって背比べ?」
そこに書かれているのは
『こ、か、た』
きっと幼なじみだった三人の成長のしるしなのだろう。
航太朗くんはちょっと困ったように首を傾げた。
こういうときは、何か喋りたくない「過去」に障っているのだろう。
私は、航太朗くんが何とか繕おうとしている話をただ黙って待った。
「匠に聞いたんだよね、和羽のこと……」
私の目をまっすぐ見て航太朗くんは聞いてきた。
「うん、聞いた」
「そっか、そうだよな、後からちゃんと話すから先にお風呂に入って来たら?場所は分かるよね」
そう言うのがきっと精一杯なのだろう。
「私が先に入っていいの?誰かの後に同じお湯を使うのって嫌じゃない?」
クスッと笑いながら航太朗くんは言った。
「大丈夫、別に潔癖症でもないし、それより奏さんの方が嫌じゃない?後から男に同じ湯を使われるのって、お湯入れ替えてもいいよ」
「それは大丈夫です、私も潔癖症じゃないから、それじゃ先にお風呂頂きます」そう言って部屋に戻り部屋着やタオルを持って風呂場へ行った。
お湯は既に張られていて白い湯気がたちのぼっていた。
お風呂は古いタイプのタイル張りで懐かしい感じがする。
小さな頃良く泊まりがけで行った親戚の家のお風呂場と似た匂いがする。
航太朗くんが使ってるシャンプーの隣りに部屋から持ってきたバラの香りのシャンプーとコンディショナーを並べながら思った。
『これから一緒に生活していくんだ』湯船に浸かりながら、聞きたいのか聞きたくないのか分からない自分の胸の内と向き合おうと思った。
洗面所で濡れた髪をドライヤーをかけているとファティマが足元に来ていつものように身体を擦り寄せてきた。
「ファティマ、今夜からよろしくね」
そっと頭を撫でた。
部屋着に着替えて台所へ行くと、航太朗くんが焼きそばを作って待っていてくれた。
「とりあえず、引っ越し祝いだから焼きそばにした」と笑ってる。
「ありがとう、そうだね、おそばだね」
二人でテーブルに向かい合って、航太朗くんが作った野菜がたっぷり入った焼きそばを食べた。
私の横に置いてある椅子にはお気に入りの場所なのかファティマがやってきてすっと飛び乗り、丸くなった。
そっと撫でると薄目を開けたファティマは気だるそうに一度伸びて前足をくるりと丸めて寝返りを打つように、もう一度丸くなった。
「僕はコーヒー飲むけど、奏さんもそれでいい?」
食べ終わった食器を片付けながら航太朗くんは聞いてきた。
「私が入れます」と台所へついて行き、電子ケトルにお水を入れてスイッチを入れて、食器棚に目をやると、私が使っていたマグカップが並んでいた。
薄い水色のお気に入りのマグカップもこの部屋でいつの間にか居場所を見つけている。
「なんだか不思議」
マグカップを手に取り、隣に並んでいる、航太朗くんのであろう茶色のマグカップも一緒に持ったまま航太朗くんの方を向いた。
「そうだよね、奏さんと出会ってまだ1年もたってないしね」
ペーパーフィルターの底を綺麗に折って、サーバーの上のドリッパーに載せた。缶に入れられたコーヒーは深煎りで、私も航太朗くんも好きな銘柄のものだった。お湯を注ぐと部屋の中が珈琲店のように香りに包まれた。
それぞれカップを手に取り、リビングにある三人掛けのソファーに並んで座った。
航太朗くんはマグカップに口をつけて一口飲んだあとに、少し苦しそうに言葉を紡いだ。
「和羽は僕の前で死んだんだ……」
私は堪らなくなって、カップを持っていない航太朗くんの左手にそっと自分の右手を重ねた、少し震えている航太朗くんの左手はちゃんと温かくてホッとした。
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