第20話~ファティマと私と航太朗くんと

 私と匠くんが笑いながら部屋に戻ると航太朗くんも嬉しそうに笑った。

「奏さん、匠と僕の話とか色々聞いたでしょ、匠の海水パンツが脱げた話とか……」

「おまっ!そんな話なんかするわけないだろ、お前が犬に追いかけられて泣いた話でもしようか?」


 二人が仔犬のようにじゃれあってる姿を見ると嬉しかったけれど、そんな中に和羽さんはいたのだと思うと悲しくなった。

 どうしてこの二人を残して死んだのだろう。


 ジグソーパズルに足りないピースがあればそれはいつまでも完成しないんだ。


 救うことが出来なかったことでこの二人もきっと苦しんだのだろうし。

 そんなことが頭に浮かぶことすら辛くなる。


「あの、その辺にしてお昼ご飯どうですか、お弁当をつくってるんですけど、美味しいのかは分かりませんけど」


 キッチンに置いてあった保冷バッグに入れたお弁当とお茶を入れたポットを持って来た。


「おーっ、凄い、奏さん良い奥さんになるよ」

 私が渡した割り箸を手に取りながら匠くんは笑った。


 その時の航太朗くんの表情を見たくなくて、何かを取りに行く振りをして席を立った。


 背中越しに「美味い」と言う航太朗くんの声が聞こえて来たのさえ切なさを感じた。


 好きだという気持ちを抑えたまま今日から二人で過ごす、私はその想いと生きることを決めたのだ、いつか逃げたしたくなることもあるかもしれないけれど、この曖昧だけど、愛しい想いを抱きしめながら生きて行こう。


 ***

 食事を終えて作業を始めて全ての荷物を積み終えた。


「とりあえず、全部部屋に入れて待ってるから、気をつけて帰って来てね」

 そう言いながら、航太朗くんが鍵を渡してきた、受け取ってキーケースにつけようと思ったけれど、そのキーケースはあの日和哉が返してきた鍵をつけていたものだった。

 新しいキーケースを買わなくちゃ

 と思いながら受け取った。


 部屋を掃除して、不動産屋に鍵を返して、自転車に乗ってこれから住む家へと向かった。


 自転車を門の中に入れていると、匠くんが、家の中から顔を出した。

「お帰り、俺さもうすぐ帰るんだ」


「ありがとうございました、せっかくのお休みだったんでしょ」


「うん、平気だよ、今度埋め合わせしてもらうしまた手料理食べさせて」と笑った。


 玄関先ではファティマを胸に抱いた航太朗くんが笑いながら二人の会話を聞いていた。


「奏さんにちょっかい出すなよ、お前には琴海ちゃんがいるんだし」


 匠くんには、一年前から恋人がいて、来年は結婚する予定だと聞いた。


「当たり前だよ、俺はモテ男だけど、一途なんだけどなぁ、今度彼女も連れて来るから、改めて引っ越しのお祝いしよう」


「喜んで、私頑張ってお料理します」


 一週間後にその日を決めて、匠くんは車に乗り込んだ。


「じゃ、俺は帰るけど航太朗、ちゃんと奏さんを捕まえてなきゃ駄目だぞ、それとファティマもね」


 小さかったファティマも、すっかり落ち着いた綺麗な黒猫になっていた、時折窓の外を眺めている後ろ姿を見ていると、捨て猫だった頃の外の世界を懐かしんでいるようにも見える。


 窓を開けながら、見送っている私達にひらひらと手を振りながら匠くんは最後にひとこと言った。


「お似合いのカップルだぞ、お二人さん、じゃまた来週な」


 去って行く車を見送りながら、二人で顔を見合わせながら笑った。


 部屋に入る航太朗くんの背中を見ながら私は言った。


「ほんとにいいお友達だね」


「だよな、いいやつなんだ、ちょっと余計なこと言うけど」


 苦笑いしながら頷く航太朗くんに

 頭を下げながら言った。


「改めて言うけど、ありがとうございます、お世話になります」


「こちらこそ、ようこそボロ屋へ」


 ファティマが航太朗くんの腕からするりと降り立って、私の足元で身体を擦り寄せてにゃぁと鳴いた。


ガラガラと懐かしい音のする玄関の引き戸を締めながら、心の中でも航太朗くんとファティマによろしくと言った。


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