第10話~和羽が残した言葉

 あの夜、和羽が残したスマホには僕宛てのメールの下書きが残されていた。


 ~こう君

 ごめんなさい、弱い私でごめんなさい。

 小さい頃から私のことを守ってくれたよね、ずっと好きだったこう君が私のことを好きだと言ってくれた日のことも、初めて2人で朝を迎えた日のことも絶対に忘れない。

 でもね、こう君はきっと誰かと恋をするの、こう君を支えてくれる誰かときっと恋をするの。

 私がこう君を好きだったよりもっとたくさん愛してくれて、そばにいてくれる人と幸せになって欲しいの。

 いつも言ってくれた『また明日』嬉しかったよ。

 大好きなこう君

 ごめんなさい。ありがとう。~


 ◇◇◇

「航太朗君、いつもお花ありがとうね、こんなにも思われて和羽は幸せだったと思うわ」

 あの頃ショートだった髪は肩まで伸びていたけど、僕が大好きだった和羽の母さんがそこにいた。


「僕にはこれくらいしか出来なくて……」

 うつむいた僕におばさんは静かに言った。


「もういい加減、和羽のことを忘れなきゃって思って部屋を片付けていたら、授業のノートが見つかったの、たくさんの悩みや航太朗君への言葉が残っていたわ、あの日和羽が死んだことは今でも悲しくて、苦しくて辛いけれど、あの子は幸せをちゃんと感じていたことが分かったの、それは航太朗君のおかげなの」


「でも僕は、和羽を救ってあげることが出来なかった……出来なかったんです」

顔を上げることもなく僕は言葉を絞り出した。


「あの時はひどい言葉を言ってごめんなさい、たった1人の可愛い娘だったから………」

 小さなバッグからハンカチを出しておばさんは目元に当てた。


 和羽から聞いていたのは、両親が離婚せずに一緒にいるのは自分を守ってくれる為だけだと言っていた。

 見た目には仲良さそうに見えた家族は、見せかけの造花のように枯れないけれど、良い香りすらしないと言ってたっけ。


「あれから、離婚をしたの、もっと早くにそうすれば良かったと何度も後悔もした、そうすれば和羽が苦しむことなんかなかったはずだから……きっかけはクラスでのいじめかもしれないけど、和羽をそうさせたのは私と夫で、決して航太朗君は悪くなかったの」


「僕が支えてあげるべきだった、なのにいつも僕が支えられていたんです、僕が…………和羽に……」


「和羽のことを愛してくれてありがとう、それだけは和羽が一番分かっているはずなの、そしてそれを抱いて天国に旅立ったの……だから……和羽の言う通りに恋をして欲しいの、支えたり支えられたり出来る人はきっといると思うから、和羽のたった1つの遺言だと思って欲しいの、和羽の想いを受け止めてあげて」


「悲しいこと、寂しいこと、いやなこと、信じたくないこと、別れ、終わり、喪失、絶望、僕はそれから抜け出せないんです、僕には幸せになる資格なんてないんです……」


「そんなことを言ったらきっと和羽は怒ると思うわよ、望んでいないはずだわ、分かってくれるよね」




 みんな、きっとそこに向かっているんだ、生まれた瞬間から、どうせ最後はそこに行き着くのであれば、死は幸せなものと思いたい。

 和羽は死ぬことで、不器用ながら幸せになることを望んでいたのだと思う。

 僕が幸せになってもいいのかなんて思えるはずもなかった。


「今度、和羽の仏壇に花を持って行ってもいいですか? 」


 僕の言葉におばさんは、小さく笑いながら「和羽がきっと喜ぶわ、待ってるね」そう言ってくれた。


「よかったら、今から行ってもいいですか? 」


「もちろんよ、今は和羽が眠っているこの近くに住んでいるの」


 歩いて10分くらいの所におばさんが住んでいるマンションはあった、部屋はシンプルで殺風景とさえ思われた。


 小さな仏壇にはあの日のまんまの和羽の笑顔があった。

 そしてそこには僕がいつも読んでいた本が置かれていた。

 石を持った少年の横顔が表紙に描かれた『アルケミスト』

「あの、この本は」

「それね、和羽の枕元にいつも置かれていたの、航太朗くんが好きな本だからって、本なんて読まない子だったのにね 」と小さく笑った。


 和羽と図書館に行くといつも退屈そうにして子供が読む絵本くらいしか開いていなかったのに、そう思うと涙が溢れた。

 お通夜にも、告別式にもいけない程に悲しみに溺れていた僕は和羽がもうこの世にいないということを信じられなかったけれど、今ようやく和羽の死を感じた。

 かけがえのない人を失ってしまったことにいまさらながら気がついた。






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