第8話~夜の公園
あの夜から、私たちはほとんど毎日2人で過ごしていた。
それは夜の公園が多かったけど、たまには「ペーパームーン」にも行って、カレーライスやオムライスも食べた。
私も色んなことを話したし、航太朗君もたくさん話してくれた。
お母さんが出て行った日のこと、寂しかった夜のこと、読んだ本の話や、楽しかった日々のことも。
「僕だったらさっさと宝物を探すことは諦めて羊飼いに戻ったかもしれない」と私たちを繋いでくれたアルケミストの話は良くしていた、砂漠と太陽と風の声を聞き風になった少年の話をする航太朗くんの目は夜空を眺めている時の寂しげな横顔と同じように見えていた。
星や月を眺めることがこんなにも心を優しくしてくれたり悲しくさせてくれることを私は知らなかった。
いつも山本さんと呼んでいた私に「僕のこと名前で呼んで欲しい」と言ってくれた時から私たちは名前で呼びあった。
お互いの連絡先も知らないけれど、約束をしているように一緒にいることが、当たり前になっていた。
私が遅くなる日は、店のシャッターを半分下ろして暗い店で待っていてくれたし、私が早く帰れた日は一緒に店のシャッターを下ろした。
「
そう聞かれた時に私は答えることが出来なかった。
もちろん子どもの頃には漠然と思ったこともあったけれど、聞かれてみると答えることが出来るほどではないことに気がついた。
平凡な家庭に生まれたことや、辛かった恋の話も航太朗くんにはありのままを不思議と話せた。
女は感がいいとか言うけれど、私もそう思う。
月が欠けて三日月の頃になると寂しげな表情をする航太朗くんの事には気がついていた、それがなんなのか分からないけれど。
聞いてはいけないのだと、私の心が分かっていたのだと知っている。
好きな本のことや、聴いていた音楽の話は2人の距離を近くしていった。
それだけで、良いと思った。
恋をしている時は、相手のことをより知りたいと思うし、身体を重ねた後にはもっと知りたいと思うけれど。
そのどちらも願わずにいることさえ、少しも悲しいとは思えなかった。
「また明日」この言葉を何度交わしたのだろう。
色んなことを望むと叶えられない時に悲しみに押しつぶされることを私は知っている。
このままずっといることが不自然だと言うことも分かっているけれど、2人は小さな一歩を歩くことを拒んだ。
秋風が吹き始めた夜、2人並んで歩いていた時、後ろから声が聞こえた。
振り向くと、綺麗な女の子がいた、航太朗くんと同じくらいなのかもしれないけれど、小柄で少女のような雰囲気を持っている女性と航太朗くんが話しているのを遠くから見ていた。
小さく手を振って歩き出したことを見送ってこちらの方に戻って来た航太朗くんは「あの子、大学の同級生だったんだ」
航太朗くんが通っていた大学は私立でも名の通った有名な所だった。
どうして退学したのかを私は知らない、というか聞けなかった。
でも遠くから聞こえてきた彼女の言葉は少し気になった。
「立ち直ってくれて良かった」
何から立ち直ったと言うのだろうか?
私にはその言葉は信じることが出来なかった。
彼はまだ暗闇の中にいるのだ、きっと悲しみを抱えて生きているのだと思っている。
その日公園でひとつのイヤホンを片方づつ耳に掛けて聴いた音楽は私の心に何日も流れていた。
そんなある日、和哉からのメールが届いた。
暮らしを共にするほどあの人の事をを好きだったのだろうかと、冷静に思えるのは乗り越えていると言うことなのだろう。
一度会いたいという和哉の言葉に少しも心は動かなかった。
薄っぺらな恋はもう終わったのだ。
━━もう会えません、お元気で━━
そう返信してスマホを閉じた。
部屋の中から眺める雨は好きだ
、灰色と青が混ざり合い夜になる、静かに降る雨を眺めながら、航太朗くんのことを思っていた。
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