19歳の冬。

夏戸ユキ

19歳の冬。




 誰も、私を心配してくれない。


 傍に居てくれない。


 寄り添ってくれない。


 言いたい事はあるけれど。


 何を言っていいのか、分からない。


 こんな気持ち。話しても、誰にも分からない。




 そうずっと思って生きていた。



 はあ・・・とため息をついた息が、はっきりと白く映えるくらい。


 寒い夜が続いていた。


 時計は午後9時半。


 バイト帰りだった。


「高橋さんお疲れさまでした。」


「白川くんもお疲れ。」


 最寄駅が一緒の、白川くんと改札で別れ、ほっと一息つくと、わたしは、駅降りてすぐのバスターミナルのベンチに座る。


 はらはら・・・と、ジブリの映画みたいに、ネイビーの空からゆっくりと雪が降り始めていた。


 この町に住んでいて、唯一いいと思うのは、時折、雪が見れる事だ。


 夜に雪が降るのは好きだ。


 何もない部屋に、ほんの少しの一輪の白い花が添えられたように、ほんわかした気持ちになる。


 気持ちが沈んでいる時、わたしは、いつもここに座る。


 この頃、バイトに、学校に、母との会話に、私はとにかくとても疲れていた。


 情緒不安定な母と2人きりで暮らすことになったのは、私が高校生になってからだ。


 姉は一人暮らしを始め、父は母が不安定になると自分の実家に篭ってしまう。


 今日も、家に帰りたくなくても帰らなくてはならない。


 早く二十歳になりたかった。


 一八歳を過ぎてすぐ、私はファミレスでアルバイトを始めた。まずはお金を貯めること。就職はとにかく、食べていけるなら何でもよかった。とりあえず、実家から自立できればなんでもいいのだ。


 しかし、現実は、必要なものでお金は貯まらないし、面接は最終面接まで辿り着かないし、就職はどうなるか分からない。


このまま卒業を迎えてしまったらどうなるのだろう。


 漠然と、将来に不安を抱える毎日を暮らしていた。




 私はいつも、バイトでまかないのウインナーを入れて持ち帰る。


 店長が、サービスでパスタや、ロコモコに、たっっくさんウインナーを乗せてくれるのだが、私はウインナーがとても苦手だった。


 「白さんにあげます。」といって、私は、いつも出前用のフードパックにそれを入れる。みんな快く許してくれるのが有り難かった。白さんのことを彼氏かなんかだと思ってるようだった。


 いつものようにベンチで待ってると、彼がやっと現れた。


 中型犬の、恐らく雑種のその子はどこからかやってきて、いつも一匹でベンチ周辺を散歩している。


 そして、何が面白いのか、いつも、草むらに顔をこすりつけているか、電柱の周りをくるくる回っている。夢中でそれをしているのに、私の存在に気が付くと、しっぽを振って近寄ってくれ、手を舐めてくれるのだった。


 首輪はしているし、触ってみるととてもいいシャンプーの香りがするし、どこかの飼い犬だとは思うが・・・なんとなく、ふらふらしていると保健所かどこかに保護されないか心配で、白さんに構ってあげるのが、一日の中でいちばん和む時間だった。


「今日はウインナー、これだけしかなくて、ごめんね。」


 そう言って、たった一本のウインナーをがっついて食べる白さんの頭を撫でた。


そして、今日は、白さんの首輪になにかが付いていた。


時々、白さんの首輪にはメッセージがくくりつけられている。


【いつもうちの子を可愛がってくれてありがとう。風邪を引かず、無理しないで頑張ってください。】


 そのメッセージが書かれたメモに、雪が落ちた。


 思わず、涙がにじむ。


「・・・・・・。」


いつのまにか垂れてきた涙をぬぐい、その白いふわふわの頭を抱きしめた。




もう、明日は外に出たくない。


どうなるか分からない、こんな未来なんていらない。


そう思うこともあるけれど。


明日も学校とバイトに行かなきゃ。


明日も、その明日も。


この手紙を書いてくれる誰かに、いつか喜んでもらいたいから。



本当は違うけれど、お互い飼い主と飼い犬のふりをして、私と白さんは並んで歩く。



「じゃあね。」


私が手を振ると、白さんも、しっぽを振ってくれた。


あしたも会えますように。



・・・・・・・・・・・・



 同じころ。僕はコンビニで軽く買い物したあと、やっと家に辿り着いたところだった。


 道中は、同じバイト先の、高橋さんの事を考えていた。


彼女とは、家の最寄駅が同じなのだ。


駅まで送りましょうか。そう言った事もあるが、高橋さんは激しく拒絶をする。


それ以上は僕は何も言えず、笑顔で手を振り、向けられた背中を僕はいつもこっそり眺める。


 僕が見る限りでは、高橋さんはいつも一人だった。何かあるといつも「フライべーとな事情で」と言ってなかなか自分の事を話してくれない。


 それが気に食わないと、店長や女性のアルバイトの人たちは、高橋さんの噂をしている。そういう所が余計、高橋さんの心を遠ざけていると思うのだが・・・。


「ただいまー。」


引っ越してきたばかりなので、「しらかわ」と手書きの表札が付いている家に入る。あえて大声で叫んで家に入るのは防犯のためだ。

親は海外出張が多い為、ほぼ大学生の男一人と、中型犬雑種一匹の生活だけど。


「おーい。アッシュ!。帰ってないのか。」


犬を飼っているせいなのか、ヒトリゴトが増える増える。


荷物を置き、暖房をつけ、着替えていると、通用口から相棒が帰ってきた。


「お帰り。アッシュ。」


はっはっはっ・・・と、息を切らし、僕の相棒・・・犬のアッシュが入ってくる。昨日シャンプーしてやったので、毛がふさふさだった。僕の、アッシュの好きなところは、白い耳の後ろの、たてがみのような毛と、腹の下の産毛だ。


 赤い首輪をチェックする。バイトに行く前、僕が首輪にくくりつけておいた手紙が抜き取られていた。


「今日も、高橋さんと帰ったんだな。」


いつも、僕の代わりに高橋さんを送ってくれてありがとな。アッシュ。


感謝のしるしにお腹をなでてやる。





僕は、何も聞かないけど。


彼女が、いっぱいいっぱいなの知っているから。


今は、応えてくれなくてもいいから。


いつか、君が心を誰かに開いてくれるといい。


 ゆっくりでいい。


 いつでも、いいから。



密かに、大事にしたい、君へ。


少なくとも、僕だけは、そう思っている。 

 

 




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19歳の冬。 夏戸ユキ @natsuyukitarou

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