第32話 氷堂凛
「どうして…」
「どうして分かったかって?俺が、吉崎優花が凛だと分からなかったとでも?」
…関わり始めるまではわかんなかったし、バレンタインの日からも確信は持てなかったけどそこは黙っておこう。嘘はついてない。うん。
「もしかして、私と付き合ったのって…」
「あー、まあ、その時だな…。確信はなかったけどな」
「…あのとき、勝手に転校して…本当にごめんなさい」
「…俺の性格知ってるよな?なんでこんなことした?」
「それは…1つ1つ話すから、聞いてくれる?」
そう言うと吉崎さん…凛は後ろを向きながらゆっくりと語り出した。
「まず、私は今も、呪われてるのよ」
…いきなり突飛すぎてよくわからない話しになってきたな。凛が、呪われてる?
「て言われても分からないわよね。私の後ろに、何か見えるかしら?」
「いや、何も…えっ?」
…凛の後ろに、狼が見える。
「…狼が、見える」
「…そう。私には狼が憑いてるの。小学校3年生の時からね」
「何で、中学の時も、今までも俺には見えなかった?それに、その狼が関係あるのか?」
狼が憑いてる。そんなことをいきなり言われても頭が追いつかないし納得できない。どういうことだろうか。
「私は…孤独なのよ。この狼と共に、ね」
「孤独…?どういう…」
「なんで、中学の時、いきなりいじめられたと思う?内田さんのせい?確かにそれもあるかもしれないわ。でも、この狼のせいなのよ」
狼のせい?内田の暗示とやらじゃないのか?というか、この狼、さっきから俺を睨んで威嚇してくるんだけど…普通に怖い…。
「この狼は私を孤独にするの。その代わり、高い身体能力を得る。専門家はそんなことを言っていたわ」
専門家?そんなのもいるんだな。
「孤独に…?でも中学のときは茜や松田、俺とも仲良くしてたよな?」
「そう…そこが私にも分からないの。ある時から、この狼、急に大人しくなったのよ…。でも、しばらくしたらまた凶暴になって…そのころからだったかしら、私がいじめられ始めたの…。それで、航平君達を傷つける、そう思って転校したわ」
「転校…?でも凛は死んだって…」
「私が?どういうことなの?」
俺は中学で担任から凛が死んだと言われたことを伝えた。その時の凛の驚き様から、凛が嘘をついているわけではなさそうだが、だとするとこれはいったいどういうことだ?
「私はちゃんと転校することを先生達に話したわよ?それがなんで死んだことになってるのかしら…」
「内田が絡んでいるのかもな。時期的にもその線が1番ありそうだ」
「…そうね。でも、死んだなんて聞かされててよく私が分かったわね」
「言っただろ、間違えるわけないって…」
「…」
言ってて恥ずかしくなってきたので顔を背ける。こんなことをしている場合じゃないんだがな…どうにも気まずい。でもじゃあなんで名前を変えてたんだ?
「なんで、吉崎優花って名乗ってたんだ?」
「元々私、中学の頃から1人暮らしだったのは知ってるでしょ?」
「そうだな。確か姉さんと弟がいるんだったっけか?」
「ええ。姉さんはこっちで暮らしててね、最初は私とおばあちゃん、おじいちゃんで暮らしてたんだけど中学1年生の時に死んじゃって、1人暮らしだったのよ」
「それで?」
「吉崎っていうのはこっちにいる私の親戚の苗字。優花っていうのは私が考えたの。名前を変えたのは呪いに対抗するため。この狼は「氷堂凛」を呪ってる。「吉崎優花」なら、憑いてくるだけで他人に危害は加えない。だから航平君とデートも出来た」
…あんまり詳しいことはわからないが。
「名前が、呪われてるっていうことか?」
「正確には、私のことを「氷堂凛」と認識してる人にはこの狼は牙を剥くけど、「吉崎優花」と認識してる人にはこの狼は黙ってる。こんなところかしら」
なるほど。だから凛のことを「氷堂凛」だと確信を持てず、「吉崎優花」として接してきた俺は一緒にいても問題なかった、と。
「それでさっき言ってた傷つけるっていうのはなんだ?」
もしかしてその狼、俺を食い殺したり出来るのだろうか。だとしたら俺、相当マズくないか?…さっきから睨まれてるし…
「あ、この狼は幽霊と同じ。実体ではないわ」
「ってことは俺たちは触れないし、向こうも噛みつけないってことか」
「いいえ。この狼は噛みつけるわよ。とはいっても腕を食べられるとかそういうものではないの」
俺たちは触れないのに向こうからは何かしら出来るのか…。これがゲームで言う高台ハメされる敵の気分なんだろうな…。
「なんか変なこと考えてない?それで、宿主以外が噛みつかれるとね、体温が急激に低下して、貧血になって最悪死ぬみたい。生き残っても、だんだん心が凍りついて誰かを信じたり、愛したりすることが出来なくなる。そんな呪いよ」
…とんでもない呪い、だな。氷の狼といえば…フェンリルを想像するな…。って今はそんな場合じゃない。そういえば…
「…宿主のお前は…噛まれないのか?」
「………どうかしらね。少なくとも、私は死んでないし、航平君とデートしたりしたわ。それが答えになるんじゃないかしら」
「…万が一、宿主が噛まれたらどうなるんだ?それに、宿主は孤独になるって、具体的にどういうことなんだ?」
「別に大した問題ではないわ。…とにかく、私が転校した理由は、この狼が航平君達を噛みそうだったから。それだけよ」
…なあ凛。それならなんで、お前は左腕を抑えて辛そうな顔をしてるんだ?
「凛…お前…」
「私は大丈夫だから!だから…そんな…」
「凛!」
思わず大声を出してしまった。凛はビクッとして黙り込む。
「やっぱり…お前、噛まれてるだろ」
「…」
「なあ、凛。なんで教えて…」
「呪いを知るものは呪いに引き寄せられて、きちんと保身しないと自身も呪われる!私は…私は…航平君に呪われてほしくないの!」
そんな…馬鹿な話し、あっていいはずないだろ。なんで凛だけが…そんな目にあうんだよ。
「凛…」
俺は思わず凛の方へ一歩踏み出す。狼の視線が厳しくなったが関係ない。だが…
「航平君」
初めて凛は俺の方を振り返る。涙を流している凛の顔はとても儚く、そして美しく見えた。
「今まで、ありがとう。私は…幸せだったよ。さようなら」
凛まであと一歩のところで俺が思わず立ち止まったその時、凛の奥から1台の車が猛スピードで突っ込んできてーー
次の瞬間、ものすごい2つの衝撃で俺の意識は途絶えたのだった。最後に見えたのは、俺の名前を凛と、車の運転手、そして幼馴染の…
「航平君ー!」
バレンタインから始まる奇妙な恋愛。恋愛に期限なんてありますか!? 駐車場の野良猫 @Orichalcum
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。バレンタインから始まる奇妙な恋愛。恋愛に期限なんてありますか!?の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます