四 幽歩道(3)
「――なるほどね。それで彼女の遺体を見つけちゃったってわけだ……ま、見た感じ、転倒して切り株に頭打った事故で、事件性はなさそうだけどね……」
事務机を挟み、俺の前に座る
あの後、大変な騒ぎになったことは今さら言う必要もないだろう……。
俺の通報ですぐに村の交番から巡査が二人到着し、その後、下の町の病院から駆けつけた救急車の隊員やら(車は狭い遊歩道に入れなかった)、死体検案のために呼んだ村の診療所の医師・
こんな朝早くではあるが、もちろん某SNSの連絡機能を使って幸信達みんなにも連絡した。だが、あずさの遺体は一応、行政解剖するために町の病院へ両親ともども救急車で運ばれてしまい、まだ彼女との対面は果たせていない……いや、あの変わり果てたあずさの姿を見ずにすんだことは、むしろ幸いというべきかもしれない。
メガネは割れ、黒ずんだ血に染まる彼女の蒼ざめた顔と、その遺体を目にして思わず顔を背け、嗚咽する両親の痛々しい姿が脳裏にこびりついて離れない……。
そして、奇しくも第一発見者となってしまった俺も、あずさの遺体を見送った後、友人達に会う間もなく交番へと連れて行かれ、こうして事情聴取を受けているというわけだ。
「しかしねえ、発見した理由がそういうオカルトめいた話じゃ調書作れないんだよねえ」
俺の話を聞き終わると、伊那谷巡査が濃いソース顔にひどく困惑した表情を浮かべ、如何ともしがたいというように天然パーマのかかった髪をまたしても掻きむしる。
俺は警察の事情聴取に包み隠さず見たことをすべて正直に答えた。俺自身、いまだにあれが現実に起きたこととは信じられなかったりもするのだが、この目で見てしまったものは仕方がない。
実際に走ってあの場所まで行っているのだから、ただの夢ということはないだろう。それでもあれが現実でないというのならば、もう俺の頭がどうかしていることになってしまう。
いや、現にあの少女が消えた場所であずさの遺体を見つけたんだし、俺が
「でも、本当に今言った通りに白いワンピースの子を追いかけていったら、そこで彼女の遺体を見つけたんです! 嘘でも幻でもありません!」
「そうは言われてもねえ……あんな時間に、小学生くらいの女の子が一人で出歩いてるとも思えないしねえ……」
改めて嘘偽りでないことを俺は主張するが、伊那谷巡査は眉を「ハ」の字にして、ひたすらに困惑するばかりである。
また、奥の机に座る
「んまあ、それじゃあ、なんだか嫌な胸騒ぎがして、朝の散歩がてら行ってみたら…という感じにしとこうかね」
警察としての立場もわからなくはないが、俺の話を当り障りのないように大幅改訂してくれる伊那谷巡査に対し、思い切って〝シラコ〟のことも伝えてやろかと一瞬考えたのだが、やっぱりそれはやめにしておいた。
少女のことも信じてくれないのに、都市伝説の話なんか持ち出した日には完全に頭が変だと疑われてしまうことだろう。
「それで……彼女が亡くなったのは本当に事故なんですか? だって、おかしいでしょう? 夜中にあんなとこで転んで亡くなるなんて」
そこで、俺は話題を変えてあずさの死に方についての疑問をぶつけてみることにした。
詳細は司法解剖の結果を待たなければならないが、今のところ、大雑把な死亡推定時刻は昨夜の11時~翌2時ぐらいにかけて。そんな時間に、あんな場所に女性一人でいたなんてことはどう考えたっておかしすぎる。
これではまるで……そう。まるで、真人の死に方と一緒ではないか……。
「外傷は転んで切り株にぶつけた頭の傷だけだし、争ったような形跡もまるでないからね。ご両親には何も告げずに出たようだけど、おおかた久しぶりの田舎にふと夜の散歩でもしようと思い立って、森の遊歩道を歩きに行ったっていうのが真相じゃないのかな?」
しかし、伊那谷巡査は何も問題はないというように、誰もが抱くであろうその疑問を一蹴する。
「ところが途中、野ウサギか何か興味を惹くものを見かけて、思わず遊歩道から街灯のない森の中へと入ってしまい、何も見えない暗闇の中、木の根に足をとられて不幸にも切り株に頭を強打してしまった…と」
彼はあくまでもあずさの死を事故として処理したいらしい……後方でうんうんと頷いている佐久平巡査にしてもそうだ。
なるほど……普段は事件らしい事件も起こらない平々凡々とした田舎の警察の、いわゆる〝事なかれ主義〟というやつか。こんな平和そのものの村落において、殺人のような凶悪犯罪が起こるわけがない……否、起こってもらっては困ると思っているのだ。
彼らの態度を見て、俺はなぜ不可解な真人の死が事故として扱われているのかも理解できたような気がした。
……だが、シラコの霊に殺されたのかもしれないなんて話、したところで聞いてくれるわけがない……俺も、それ以上は異を唱えることができない……。
そんなだから県警の刑事が捜査に来るようなこともなく、事情聴取も簡単にすまされると、俺は予想外に短い時間ですぐに解放された。
とはいえ、朝からいろいろやっている内に時刻はもうお昼近くになってはいるが……。
「シュウ!」
「ユキ……それにスズとホタルも……」
交番を出ると、外にはみんなが待っていてくれた。全員、悲しみと驚きを込めた瞳で、俺のことを心配そうに見つめている。
「さて、何から話せばいいのかな? ……とりあえず、どこか落ち着ける所へ行こう……」
俺は溜息混じりにそう断りを入れると、すぐ近くにある村役場前の小さな公園へと移動し、日焼けして色褪せた古い木製のベンチに腰を落ち着かせた。
「――それじゃあ、おまえはまたシラコを見たっていうのか?」
俺は、すべてをみんなに話した。その俄かには信じがたい話に、幸信が血走った眼を大きく見開き、再確認するように尋ねてくる。
「ああ。あの少女が本当に語られてるシラコだとすればな……確かに俺はこの目ではっきりと見た。そんで、その後を追って、あずさを見つけたんだ……まるで、あの場所へ連れていかれたようだったよ……」
項垂れた俺は、仲間の残したニオイを辿り、乾いた地面の上を進むアリの行列をぼんやり見つめながら、訥々と抑揚のない声で幸信の質問に答えた。
「でも、おかしいじゃない! アズが真夜中にそんなとこへ散歩へ行くなんて……それじゃ、なんかマトンの時と同じ……」
続いて口を開いた美鈴は、警察の納得いかない判断に対して、やはり俺と同じような感想を漏らす。
昨日はさすがに黒の喪服だったが、ファッション好きなこいつの趣味趣向からして、普段からそうした服しか着ていないのであろう。悲痛な面持ちで語るその顔とは裏腹に、ロリータの少し入ったピンクの原宿系デザインのワンピースがなんともアンバランスである。
「それは俺も思った。あいつもありえない時間にあの山に行って、普通なら考えられないような転落死だからな……確かにどちらも一見して死因は事故にしか見えないけど……二人とも、俺と同じようにあの少女――シラコに呼び寄せられて、それでああなるように仕向けられたんだとしたら……」
なおも
なんとも非現実的でオカルトめいた考えではあるが、警察のいうただの事故死説なんかよりも、そっちの方がずいぶんとしっくりくる……人の手による殺人事件のように故意の外傷がなく、そうして事故を装っているところもまさしく霊の仕業らしいじゃないか!
「でも、どうしてシラコちゃんはシュウくんをアズちゃんのとこまで連れてったんだろう?」
俺が図らずも思い至ったその推理に密かな興奮を覚えていると、今度はほたるがぽそりとその疑問を呟いた。
なぜかシラコに〝ちゃん〟付けしているところが昔からちょっと天然入っている
「さあな。嫌がらせに変わり果てた友人の姿を見せつけたかったのか、それとも、今度はおまえがこうなるぞっていう脅しなのか……」
何も考えずにそう答えた俺だったが、答えてから今さらながらにその可能性に気づき、ゾクっと背筋に冷たいものを感じる。
……そうだ。俺だって彼女の後を追って行ったあの時、そのまま同じ目に遭っていたかもしれないじゃないか! 我ながら、なんて命知らずなことをしていたのだろう……。
「……けど、なんで俺なんだ? ……どうして俺ばっかりにシラコは付きまとうんだよ?」
命の危機を感じると、不意にその理不尽さに疑問と怒りが込み上げてきて、誰でもいいからその答えを教えてほしいと、俺は血の気の失せた顔で友人達を順々に見回す。
「………………」
だが、三人とも俺から目を逸らし、何か隠し事を誤魔化すこどものようにじっと黙り込んでしまった。
またこのだんまりか……いったい、俺の過去とシラコとの間に何があったっていうんだ? やっぱり、俺はシラコの霊に取り憑かれて、それで心を病んでしまったのか?
「少なくとも、アズが狙われた理由は明白だ。あいつはシラコについて調べていた。だから、踏み込んじゃいけない領域にまで踏み込んで、それで目をつけられたんだ……そうか。もしかしたら、マトンも同じようにシラコのことを調べて……」
誰も答えてくれないので、俺は仕方なくあずさの例をもとに自ら推理を試みようとし、そこから図らずも真人の場合の可能性についても思い至ったのだったが…。
「なに
それまでずっと押し黙っていた幸信が急に激昂し、怒鳴り声を上げながら俺の胸ぐらを掴んだ。
「ちょ、ちょっとやめなさいよ!」
「ユキちゃん、落ち着いて!」
それを見て、慌てて美鈴とほたるが驚いた顔で止めに入る。
「はあ? なんだよ、他人事って? ほんとにおまえら何を俺に隠してるんだよ? ちゃんと教えてくれなきゃわからないだろう!?」
俺も一瞬、驚いて呆然と幸信の顔を見つめ返してしまったが、数秒の後、すぐに怒りが込み上げてくる。
この前といい、本当になんなんだ!? どうして理由もわからないことでそんな風に怒られなきゃならない? これではまるで言いがかりだ!
「……くっ……もういい! こうなったら俺がアズの意志を引き継いで、あいつのやり残したシラコの調査を続けてやる」
だが、俺が答え難い質問をしたせいか? それとも他の二人が止めたせいなのか? 幸信は震えながらも怒りを抑え込むと、俺の襟元を放してそんな宣言をする。
「ええ!? ちょっとやめときなよ! だって、もう二人も亡くなってるんだよ? 確かにシュウが言ってたように、関わりすぎるとユキだって危ないよ!」
「安心しろ。俺は亡霊なんかに殺されたりはしない。それに、二人の死にシラコが関わっているんだとしても、まだいろいろと疑問は残るからな。そもそも、なんで
予想外の宣言に再び美鈴が慌てて幸信を嗜めるが、その意思は硬いらしく、彼女の意見も一蹴すると、さらに明瞭な決意表明をする。
「じゃあな。何かわかったら連絡する。早ければ明日にでもまた集まろう……」
そして、そのまま別れを告げると近寄りがたいオーラを纏いつつ、その場を足早に立ち去ってしまう。
「ユキ……ねえ! ほんとに危ないことしないでよ~っ!」
遠ざかる幸信に、心配そうな顔をした美鈴が大声で重ねて注意をする。
「チッ…なんだってんだよ……」
一方の俺は、その肩を怒らせた背中にどこか危うさを感じつつも、怒りの感情の方が勝ってしまい、どうにも呼び止めることができなかった。
「……さてと。それじゃあ、うち達も行こうか? アズちゃんにまだお別れ言えてないもんね」
そんな俺と美鈴に、ほたるがやれやれというように苦笑いを浮かべながら、本来、俺達が為すべきことをそう言って思い出させた――。
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