第13話 お願い、紫の天使さま

「シロ!今こそ魔女屋敷に行くべよ!」

 土手の上に割と大きくなった僕の声が響いた。僕の言葉にどう反応してよいか困ったシロとマイは困惑した様子で僕の言葉の意図を必死にくみ取ろうとしている。

「シュンちゃん、どうしたのいきなり」

「そうだべ、なんで急に魔女屋敷が出てくるんだべ」

 二人を完全に置いてきぼりにしたようだが、なぜか僕は自分の考えに絶対の自信があった。なんでこんなに悩んでいたんだろうか、始めからこうするべきだったのだ。なんせ相手は魔女なのだから。

「魔女に頼んでユキをよみがえらせるべよ」

「「ええっ!」」

 シロとマイが綺麗に同じ返事をハモらせた。「いやいや、それはめちゃくちゃだっぺや」と続けてさらに困惑した顔になるシロ、「シュンちゃん、そんなにユキを・・・」と一気に悲壮な表情を浮かべるマイ。もう、何で理解してくれないんだとやや苛立ちさえ覚えてしまう。

「とにかく、魔女屋敷の前まで行くべーよ!」

 二人の背中を押すようにして僕たちは歩き出す。そんな三人を多摩境サギが川の中からじっと見つめていた。そして三人が確かに魔女屋敷の方向に向かっていったことを確認すると、たたんでいた羽を大きく広げて風を巻き起こしながら川の上流の方向に飛び立っていった。



「ほんとに行くんか、シュンペー」

「ほんとに行くべよ」

「ほんとにほんとに行くんか、シュンペー」

「ほんとにほんとに行くべよ」

 意気揚々と魔女屋敷こと、詞籠薬草堂の前まで到着したのはいいものの、いざおどろおどろしい建物の外観を目の当たりにすると気後れしてしまった。さっきから意味もなくシロと行くのかどうか確認し合って時間が過ぎている。

「三秒、三秒数えたら突入するべーよシロ」

「おおよ、三秒か、緊張るべよ」

「絶対止めちゃダメだべ、シロ」

「もうこうなったら止めねーべや!いぐど!」

「・・・あっ、三秒経っちまったべ。今から、今から十秒後に突入するべ」

「おおよ、十秒にしよう!」

 こんな風に炎天下の暑い中、遅々として進まないやり取りを十五分ほど続けていると、最初は笑って後ろから見ていたマイも段々とジトッとした視線になり、ついに堪忍袋の緒が切れた。

「行くのか行かないのか、早く決めなさい!」

 業を煮やしたマイの剣幕に気おされて僕とシロは「行ぐっす」と小さく返事をした。二人の意思を確認したマイは、そのままツカツカと魔女屋敷の入り口、木製の引き戸に手をかけ、ぞぞぞぞっと一気に引き戸を開けてしまった。開けてしまったのだ。

「中に入るわよ」

 振り返って勇ましく宣言するとマイはためらう様子も見せずツカツカ魔女屋敷の中に入っていった。対照的におろおろしっぱなしの僕とシロも、さすがに女の子に先を越されてしまったことに意を決して、一歩踏み出そうとした、その瞬間背後に冷たい空気を感じた。

「めぇずらしいなぁ、わーの店に泥棒がおるがやぁ」

 地から響いてくるような低い声が僕とシロを再び固まらせた。続けざまに声の主は「すぅきなもん持ってってええぞぉ」と僕とシロの肩に触れた。触れられた肩に骨ばった小枝のような感触がした。恐る恐る、肩に置かれた指を横目で見る。そこには、鋭く長い爪を携えた紫色の細長い指が置かれていた。

「うわーーー!」

 どちらともなく叫んで僕とシロは魔女屋敷の中に飛び込んでいった。頭が真っ白になった時かつ、背後に恐怖が迫っている場合に人は前にしか動けないのだとこの時学んだ。飛び込んだ魔女屋敷の中は埃っぽく、しかしこの暑さにも関わらずシンとした涼しい空気であった。逃げるように三歩ほど踏み込み、焦ってシロの足に僕の足が絡まって転んでしまった。急いで体勢を立て直さないと、魔女に捕まってしまう。そう考えていると前方から気配がした。

「シロちゃん、シュンちゃん」

 マイの声がする。そうだマイは先に魔女屋敷に入っていたのだ。早く後ろから迫る魔女のことを伝えて逃げなくては、ふと顔を上げた先にいたマイは顔が、骸骨だった。

「早く来てくれないから、骨になっちゃたよ~」

「ああーーー!!」

 なんということだ!マイが骸骨になってしまった!驚愕の事実に僕の頭はもう爆発してしまうそうだった。間髪入れずに背後でぞぞぞと引き戸がしまる音がした。骸骨マイが引き戸の方を見る。魔女を確認すると、ひょいと骸骨の頭が下がっていつものマイの顔が現れた。ただ手に持った骸骨を顔の前に持っていただけだったようだ。

「あ、お邪魔してます」

 律義に店主である魔女に挨拶をするマイ。それにしても店の骸骨を見て、それを使って驚かせてやろうと考えるその度胸は見習いたいと思った。切実に。

「マイ、骸骨になってなかったべ!」

「なんだべー、驚かせんでくれっぺや!」

 急に安心して早口で話し始める男二人。その姿を見ながら「カカカ、そぉこの女の童(わっぱ)のほうがよぉっぽど豪気じゃ」と音もなく魔女が横を通り過ぎていった。その時、なぜか懐かしいにおいがした気がした。魔女はマイの横も通り過ぎ、奥の上り框で履物を脱いでそこに腰掛けた。よく見るとその框の上には畳とちゃぶ台が置かれていて、魔女はそこに腰掛けた。銀色の長い髪の隙間から真っ赤な目でこちらに視線を向ける。

「なぁんぞ、欲しいもんがあろうて、持ってかねんが童泥棒ぉ」

「泥棒じゃありません、私たちは用があって来たんです」

 気後れすることなく、堂々と魔女と会話するマイ。いいぞ、頑張れと本来の目的を忘れてマイを応援する。するとマイが僕の方を見て「ね、そうなんでしょシュンちゃん」と急に話を振ってくるものだから慌てて立ち上がる。ワンテンポ後にシロも立ち上がって、三人横並びになって、正確にはマイが少し先頭になる形で三人が並んだ。

「そ、そう・・・。ユキともう一度会わせて欲しいんだべ」

 魔女の真っ赤な目がキラリと怪しい光を帯びた。黙っていられなくて僕はまくしたてるように言葉を続ける。もういい、どう思われたって構うもんか、だって目の前の相手は魔女なんだから。

「ユキを、よみがえらせて欲しいんだべ!」



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空に奏でる君は 一ノ瀬 水々 @amebrain

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