第40話 恋する宝石少女


 学園も新しい街へと大移動するため、全校生徒を集めて図書館にある本や学園にある保存食などを新しい学園に運ぶこととなった。


「……っ!」

「フェノン様! 無理しないでください」


 わたしが本を持って立とうとすると右足に力が入らず、前に倒れる。

 わたしはあの日から右足に上手く力が入らなくなってしまい、歩くことが困難となっていた。

 今のところは吸魔石の効果で3歳児になっているのでナタリーが軽々しく抱っこして運んでくれるのだが、ナタリーも最近は成長したわたしを運ぶのがツラくなってきたらしく、そんなに長時間運ぶことが難しいようだ。

 領主から車イスを貰ったのだが、階段などでは不便で少し使いにくい。


「俺様が持つ」

「アスト……」


 アストはわたしの落としてしまった本を拾い始めた。

 アストはわたしに生徒会長を取られ、わたしの改革を見たことで、自分がどれだけ哀れだったのか、領主としてどれだけ領民を虐めてきたのかと反省したとのこと。

 領主もこの覚醒したアストを見た時は「誰だコイツ!?」ってなったらしい。

 ぶっちゃけ今のアストは凄いカッコいい。イケメンで優しく、誰よりも領民を愛する領主の鏡のような存在。

 彼の評判は周囲から見てもうなぎ登りみたい。

 わたしは顔を少し赤く染めながらアストを見上げる。


「……恋する乙女みたいですね」

「ちがっ!?」

「わかりますよ。あのルックスで命まで助けてくれただけでなく、『お前は俺様が絶対守る』なんて聞かされたら誰だって惚れますよ」


 アストのモノマネをしたナタリーは凄い同情の目でわたしの頭を優しく撫でてくる。

 べ、別にアストなんてどうでもいいし……!


「アスト様、これ受け取っ━━━━」

「むぅ……」


 わたしはアストの右腕にしがみついて何かプレゼントを渡そうとした女子生徒を睨む。


「━━━━な、なんでもないですぅ!!!」


 その女子生徒は大量の鼻血を出しながら何処かに走り去って行った。

 そして残されたアストはポカンとしていた。


「おい、誰かアレに勝てるやついるか?」

「居ないと思うよ。ところでリアくん、まだ本が残ってるぞ」

「ちょっ!? これ以上乗せるな!!」


 それから順調に引っ越し作業を終え、新しい街の校舎へと移動していった。

 新しい校舎には寮がない。というか全員がこの街に住むため寮が必要ない。

 そこで勇者様方はわたしの屋敷にしばらく住むことになった。


 ちなみにクルミさん以外のクラスメイトたちは学園にはもう来ないとのこと。なんでもアストが新しい生徒会メンバーを引き連れてきたかららしい。

 わたしとしてもアストがどう行動するのかが気になるため、生徒会長を降りて副会長になった。

 何か変な行動が入ったら生徒会長の存在とか無視して行動するように領主から頼まれたのだ。

 そして、事件の元凶である黒いローブの男たちは屋敷でクラスメイトたちに拷問されているらしい。

 中の様子を覗こうとしたらナタリーが青い顔で必死に止めてきたので、見ることができなかった。


「では諸君、今ここに新たなる魔法学園の設立を宣言する!!」

「「「うおおおおおおおおおっ!!!」」」


 新しい学園の練習場でアストによる宣言がされた。わたしも一応横でアストにしがみついて立っている。

 生徒たちからは「フェノンちゃんかわいい!」とか「フェノンちゃんを大切にね!」みたいなことを言ってる人がたくさんいて顔が赤くなる。

 けれど、そんな様子も知らずにアストはポカンとしていた。


「フェノンくん、頑張れ」


 わたしは黙って頷く。

 アストは歩けないわたしをお姫さま抱っこで近くにある椅子まで運んでくれたのだけど、もう心臓の鼓動が早すぎて死にそう。

 けれど、そんなわたしに対してアストは堂々とした顔をしていた。

 ここまでくれば誰だって気付く。この男。めっちゃにぶいのだ。

 これだけ腕にしがみついて、鼓動の速さが異常で、目を合わせるだけで顔が熱くなるわたしを見ても何とも思わない時点でニブチン確定である。


「じゃあ俺様は生徒会室に戻るからな」


 わたしを椅子に座らせるとそれだけ言ってその場から立ち去ってしまった。


「あの男、相当だな」

「そうですね。フェノン様、これは相当な努力が必要ですよ。先に花嫁修業でもします?」


 わたしは何も答えなかった。

 その日はそれで解散となり、わたしたちは屋敷に帰ったのだった。


「フェノン様、料理に必要なのは愛情です。というわけでまずは彼の心を掴むためにお弁当を作ってあげましょう」


 屋敷に帰るなりいきなりそんなことを言い出たナタリー。

 ナタリーはわたしにエプロンを着させてキッチンに入った。


「お弁当なんて作ったことないし……それに向こうは領主だよ? シェフの料理の方がいいでしょ?」

「大丈夫ですよフェノン様。今回の件を領主に持ち込んだところ領主も大賛成でしたので」

「それならいいけど……」


 ゆっくりとナタリーから降りようとした時にわたしは気づいてしまって急に顔が赤くなった。


「な、ナタリー!? いまなんて!? りょ、領主に伝えた!?」

「ついでに言うとエマ様も大喜びで、早く孫が見たいと仰っていましたよ」

「な、なたりぃーどうして……?」


 わたしはその場にペタンと座り込んだ。

 お母様に知られてしまったなんて絶対バカにされる……!


「フェノン様がモタモタしているからです。女ならガツンと攻めるべきです! こんな感じに!!」


 ナタリーはナイフを持ったままいきなりわたしのことを押し倒した。ナイフはわたしの真横に突き刺さっていた。


「!?!?」

「これがお手本ですよ。さあフェノン様も練習です!」


 もしこんなことを本当にやったらわたしは牢獄行きが確定するだろう。

 わたしはナタリーからハイハイだけで逃げ切った。


「あっ、ディアナ」

「どうしましたフェノン様?」


 ナタリーに相談は絶対に間違えだということがわかったので、わたしはディアナに聞くことにした。


「そうですね……今度アルカデア王国に行く予定がありましたよね? 確かあそこは海に接していたはずです」


 わたしはディアナの話を最後まで聞いた。

 ディアナの作戦は校外学習の三日間のうち、自由にできる時間が1日あるからそこで彼に海に行きたいと提案する。

 次に海で水着に着替えるのだけれど、そこの脱衣場は男女共用らしく、そこでわたしが「足が動かなくて上手く水着が履けないから履かして?」とか言ってアストに水着を履かせてもらう。

 アストが暴走してわたしを襲う。

 それを理由に結婚。終わり。


「不採用。ディアナに相談したわたしが間違ってた」


 今のアストがわたしを襲うとは考えられないし、水着履かせてもらうのにわたしのメンタルが持たないし、そもそも知らない人が居るところでそういうことをするのはどうかと思う。

 わたしはディアナに車イスを持ってきてもらい、屋敷を彷徨いて相談できそうな人を探し始めた。


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