第12話 散魔とはじめてのおつかい


 わたしが4歳の誕生日を迎えてから早くも半年が経ったある日のこと。

 身体に違和感を感じて起きてみると魔力がその辺に溢れだした。

 しかもどんなに頑張っても抑え込むことができない。必死に魔力を抑えようとしてるとナタリーが部屋の外にやってきた。


「フェノン様、朝ですよ。……フェノン様? 入りますよ?」


 ナタリーが扉を開ける。

 わたしはナタリーに事情を説明した。


「なたりぃ、魔力が溢れちゃうよぉ……」

「……え? えっと……エマ様を呼んで来ますので、少々お待ちくださいね」


 ナタリーが部屋を出ていってからすぐにお母様が部屋に入ってきた。


「フェノン大丈夫?」

「うん、でも魔力が止まらないよ……」


 これどういうこと? こんなこと今までなかったのに……

 するとお母様はわたしの近くに歩み寄ってきた。


「ちょっといい?」


 お母様はわたしの手を握り、目を瞑った。その状態を続けること5分。お母様はようやく目を開き、わたしの手を離した。


「これは『散魔』ね。フェノンは魔法が使えないから体内に魔力を溜め込みやすいの。散魔は体内に溜まった魔力を定期的に外に排出する現象よ。フェノンの魔力量なら1週間ぐらいで終わるから気にしないで」

「うん……」


 魔力を放出するって……今はまだ外の魔力を繋いでるからいいけど、これ切り離したら宝石になっちゃうんじゃ……?

 そう思った矢先に外に出た魔力との繋がりが限界を迎えたのか、魔力との繋がりが切れて魔力が宝石へと変わった。


「え?」


 魔力は部屋中に散らばっていたので、いろいろな宝石が部屋中に落ちてきた。そしてわたしとお母様は宝石に埋もれた。


「フェノン大丈夫!?」

「あ、ありがとうございます。おかあさま……」


 お母様が宝石に埋もれたわたしを引きずり出して、肩にかつぎながら部屋から離れた。

 とりあえず広くて外からは見えない練習場に行くことになり、練習場に移動した。


「とりあえず吸魔石持ってくるからそれで試してみましょ。ナタリー、フェノンをお願い」

「はい!」


 ナタリーがわたしの近くに来ると、お母様が練習場を出ていった。

 ……吸魔石? 名前からして魔力吸ってくれそうな石だけど、わたしの魔力ってわたしから離れたら宝石になるんだよ? 大丈夫?


「フェノン様、外に出た魔力はすぐに切り離してください。さっきみたいに宝石に埋もれてしまう可能性もありますので」

「うん」


 それからわたしはお母様が戻ってくるまで少しずつ放出した魔力を切り離して宝石に変換していった。


「フェノン、これに触れてくれる?」

「うん」


 戻ってきたお母様は透明でキレイな石に触れるように言ったので、わたしはその石に触れる。

 するとその石にわたしの外に出た魔力が吸い込まれていった。

 そして一番恐れていたはずの魔力の切り離しもあっさりと成功し、魔力が吸魔石の中で宝石に変化することもなかった。


「上手くいったみたいね。『コネクト』」


 お母様が何かの魔法を使った。すると吸魔石とわたしの間に何か糸みたいなものが通ったように感じた。


「石から手を離して大丈夫よ。フェノンがこの石から10m以上離れない限り、フェノンの魔力が外に漏れることはないわ」


 わたしはお母様の言葉にホッと息を撫で下ろし、その場に座り込んだ。


「おかあさま、ありがとうございます……」

「気にしないでいいのよ。私の娘なんだから」


 お母様はわたしを抱っこして頭を撫でてくれた。


「よしよし、怖かったよね? もう大丈夫だからね。お昼寝にしましょうか?」

「うん……」


 わたしはお母様とベッドに入ると簡単に眠ってしまった。



 それから1年が経ったある日のこと。


「フェノン、本当に大丈夫?」

「うん! へーき!」


 お母様の問いに笑顔で答える袴姿のポニーテールでポシェットを肩から斜めに掛けているわたし。

 そして玄関の扉を1人で開け、外へと一歩を踏み出した。


「いってきまーす!」


 本日のミッションは星刻印の精錬をした街まで行って、夕方までにお団子屋さんのお団子を買ってくること。今日はナタリーもお留守番で完全に1人で街まで向かう。


「この道をまっすぐ行くだけだから余裕だよね」


 おつかいと言っても高原にある一本道を通るだけで、お団子屋さんは街の入り口に近い場所にあるので、とても簡単。

 迷う要素が見当たらない。お団子はもらった!

 わたしはとても軽い足取りで街まで向かった。


「……あれ?」


 街まで着いて星刻印の精錬の日に買ったお団子屋さんの所まで行ったのだが、そのお団子屋さんが消えていた。

 お団子屋さんがない……? いや、そんなはずは……


「あの、この辺にあったお団子屋さん知りませんか……?」


 近くにいたお姉さんに聞いてみることにした。

 わたしのコミュ力はかなり高い方だと思う。ただ、会話力が絶望的過ぎる上に屋敷に籠ってるからボッチなだけ。けど、いまはナタリーの素晴らしい指導によってある程度の会話能力を獲得した。

 つまりこれぐらいお茶の子さいさいである。


「ああ、荷馬車のお団子屋さんね。それなら4日ぐらい前にこの街に着たから次来るのはだいたい1週間後ぐらいね」

「え?」


 この街にいないの? どうしよう……これじゃあお団子を買って帰れない。


「いまどこにいるの?」

「お団子屋さん? あの山を中心に4つの街を移動してるみたいだから今頃反対側の街で売ってるんじゃないかしら? ところでお母さんはどうしたの? 一緒じゃないの?」

「おつかい!」


 少し不安そうにしていたお姉さんの顔はわたしがポシェットを見せながら笑顔で答えると一瞬にして明るくなった。

 こういう反応ができるなんて、自分が元男なのを忘れてしまいそうになる。わたしという存在に前世の記憶があるだけみたいなそんな感じかな……?


 もともとあんまり男らしくもなかったし、いつも親友に守ってもらってたから……アイツ、今頃何してるかな?


「そう、ならよかった。じゃあ気をつけて帰ってね?」

「うん! ありがとうございました! バイバイ!」

「バイバイ」


 お姉さんと手を振って別れ、ディアナに教えてもらった透明化を使って先ほどお姉さんが指をさしていた山に向かって行った。




 その頃、先ほどのお姉さんは被っていたかつらを外し、果実が入った箱の後ろに隠れた怪しげな格好をした白い髪のおじいさんとエルフの女性に近寄って話しかけた。


「フェノン様ったら私の変装に気づきませんでしたね」

「さすがフェノン様でございます。そのまま手ぶらで家に帰るという思考が全くありません」

「そのまま帰るような子はウチの子じゃないわよ」


 果実の入った箱の後ろに隠れて会話をしていた三人の男女の後ろに二人の男女が立った。


「どうして全員で尾行してるんですか?」

「穀潰しは黙ってなさい」


 農家の服を着ている男は変装一切無しで堂々としているメイドに罵倒された。


「そろそろフェノンが街を出るからナタリーと私以外は転移魔法で先回りして。ナタリーは私と一緒にフェノンを追いかけるわよ」

「「「「了解!」」」」

「あとディアナ、今度からは私も混ぜてくれない……?」

「こんな時でもエマ様はブレませんね。ディアナたちならもう転移しましたよ」

「……いくわよ」


 二人の不審者は少女を追いかけて走って行った。





 わたしは全力で走って山まで10分ぐらいで到着した。


「この山は結構大変そう……身体強化で山飛び越えちゃえ!」


 身体強化を足に付与して、その場でジャンプを数回繰り返して使えるかどうかを確認する。


「よし、大丈夫そう。せーの!」


 ジャンプして軽々しく山を越え、反対側の地面に着地した。

 なんかバラエティー番組にあるジャンプして場所移動するアレみたいになった気がする。


「お団子~お団子いかがですか~?」


 山を越えて着地したわたしの目の前をお団子屋さんが荷馬車で通過していった。


「お団子ください!!」


 わたしが言うとお団子屋さんはその場で馬を止めて荷馬車から降りた。


「おや? ずいぶん小さな娘だね~こんなところまで買いに来てくれたのかな?」

「みたらし団子4つと三色団子3つ、あんこと胡麻を2つずつください!」

「銀貨3枚だよ~ちょっと待っててね~」


 お団子屋さんがお団子を用意してくれてる間にわたしはポシェットからお金を取り出して待つ。


「はい、どうぞ~」


 わたしが銀貨を渡すとお団子屋さんはお団子をくれた。

 するとお団子屋さんの後ろから黒い髪の女の子が顔を出し、わたしと目が合うとすぐにお団子屋さんの後ろに隠れてしまった。


「リア? どうしたの?」


 リアと呼ばれたわたしと同じぐらいの少女はお団子屋さんの背中からわたしのことをじっと見つめてくる。


「これほしいの? 一緒にたべよ!」

「……いいのか?」

「うん! 食べよ!」


 お団子屋さんは荷馬車で待ってると言って、わたしたちから離れて行った。

 そしてその日、わたしはリアという人生初の友達をゲットした。


「それでお団子ってやっぱり串がないと成り立たないと思ったの!」

「そうだよな!」


 お団子のお話だけでかなり盛り上がった。

 リアの言葉遣いや態度は見た目とのギャップが凄まじかった。




 一方その頃、荷馬車に戻ったお団子屋さんは少女をストーカーしてきたエルフの不審者さんと話していた。


「ツバキ、リアちゃんとは上手くいってるの?」

「そのセリフはそのまま返してあげるよ~? フェノンちゃん、エマとは正反対でとてもいい子だよ~?」


 二人はお団子を食べながら世間話をしていた。


「フェノンは私のこと大好きだからね! 普段は迷惑かけないし立派な子だけど、時々甘えてくれるところがまたいいのよ。でもね……」

「でも~?」


 お団子屋さん……もといツバキは首を傾げた。


「滅多に罵ってくれないの」

「それでこそエマだね~」


 ツバキはいついかなる時でもブレないエマの回答にため息をつきながら、でも少し嬉しそうに答えた。


「じゃあそろそろ帰るから。暇があったらいつでも遊びに来なさい」

「リアのこともあるしそうするよ~リアをよろしくね~」

「こっちこそフェノンをよろしくね。じゃあね」


 エマはフェノンとリアのいる方に走って行った。


「ホント、エマはあの頃と変わらないね~

 少しうらやましくなっちゃうよ……」




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