第8話 脅威の成長力ー1

 アレから、6か月が過ぎた。

 今日は外周全力ダッシュをやるらしい。


「雪辱を晴らす時、ってな。組手のおかげでかなりスタミナがついた。それに身体の動かし方も分かった。もうあんな情けない結果は出さねぇ!」

「ふふ、はい。頑張ってください」

「おう! ……ところで、それは? 何に使うんだ?」

「あぁ、これですか? あれ……知りませんか? 砂時計です」

「あいや、それは知ってるが。なんでそんなもんを?」

「それは勿論、ヴァルドレイド様の記録を測る為です。初回。つまりあの日はお試しのつもりでしたので用意してはいませんでした」

「ほぉ~、砂時計をそんな風に使うとはな。どんぐらいで落ちきるんだ?」

「30分に1回です。正確な時間を測れれば良かったのですが、水晶時計は流石に無理でした。そもそも塔ですし」

「あー、まぁしょうがねぇか。おしゃ!! きっちり測ってくれよ!」

「はい。お任せを。今日は、記録の為に紙とペンも用意しましたので」


 頷きながら羊皮紙と羽ペンを掲げるノエルを見て、改めて気合を入れる。

 今日の記録は数値に出るのだ。

 そして紙に記録される。

 あの日、俺はたかが3キロルちょっとを走り切るのに丸1日使っちまった。

 もう、そんな情けない結果はごめんだ。


「っしゃ!! やってやんぜ!!」

「ふふ、頑張ってください。では、スタート!」


 スタートの合図と共に足を踏み出す。

 この6か月で覚えた、効率の良い身体の動かし方や呼吸法。

 それを走りに適応させてただひたすらに前へと進む。

 脳裏に浮かぶのは、あの日の情けない自分の姿。


「まだだ、まだ行ける!!」


 更に足の回転速度を上げる。

 

「うぉぉぉぉぉ!!!」

 

 そうして暫くして、


「はぁ、はぁ!! どうだ!!」


 膝に手をつき、息を切らしながらも視線はノエルの目へとまっすぐに向ける。


「……」


 手元の羊皮紙を眺め、ノエルは僅かに目を見開き、まるで面白いとでも言うかのようにククッと笑う。


「ど、どうだったんだ?」


 その様子に、若干の不安と多分の期待を感じた俺はごくりと唾を飲み込みそう声をかける。 

 しかし、


「ふふ、秘密です」


 返ってきたのはそんな肩透かしにも程がある解答だった。


「はぁ!? なんだそりゃ!」

「ふふ、ですが……これだけは言っておきます。ヴァルドレイド様、貴方はしっかりと成長なされている。更に気合を入れ修行に望むことです。祝福の儀の前日、最終試験を行います。その時に、記録は必ず明かします。それまではどうか」


 真面目な目をしたノエルに、


「……分かったよ」


 俺は根負けし記録を聞くのは諦めた。




 



 あれから2年。

 今日は、最終試験だ。

 

「へへ、今日はホントに記録を聞けるんだよな?」

「はい、勿論です」

「へっへっへ……んじゃ、頑張らねぇ訳にはいかねぇな」


 軽くジャンプしてみたり首や手の指をゴキゴキと鳴らしたりしてみながら、走る準備に取り掛かる。


「ふふ。頑張ってくださいね」

「おう! 昼飯の時間までに帰ってきてやるぜ。あの日は食えなかったからな」


 あれ、あの日ってそもそも何時に始めたんだっけか? 

 内心でそんなことを考えていると、俺の強気な発言に驚いたのかノエルは僅かに目を見開きクスクスと笑った。


「……ふふ、そうですね。頑張ってください。とにかく全力で」


 その意味深な笑みに若干疑問を持ったものの、俺は特に気にすることなく気合を籠った返事を返した。





「記録は5分です」


 走り終えノエルに記録を聞くと、そんな解答が返ってきた。


「へっ?」


 空耳か? 俺の耳はいつの間にか可笑しくなっていたのか? まぁ、毎日毎日活力枯渇ヴァイタリティ・ゼロを使って寝てたんだし、身体に異常が来てても可笑しくはない……か?


「もう一度言いましょう。記録は5分です。以前記録を言わなかった時があったでしょう?」

「え……あ、あぁ」

「その時、砂時計は1度も落ちきっていなかったのです。だから念の為と思い今回は1分で落ちきる砂時計を用意させていただきました。ちなみに先程昼食を食べそびれたと仰いましたが、ヴァルドレイド様が朝食だと認識していたものが昼食です」


 そう聞いても、未だ俺は理解が出来ていなかった。

 いや、しっかりと言葉の意味は理解出来ていた。

 しかしあまりにも予想外過ぎて理解が追いつかなかったのだ。


「ふふ、唖然としていますね。頬でも引っ張って差し上げましょうか?」

「ん、あぁ……頼む」

「えいっ」


 ぐに~んと、ノエルに引っ張られて右頬が伸びる。


「あぁ、痛くねぇ。ってことは夢か……な~んだ」


 若干の安堵と共に、落胆する。

 その時、


「いてっ! イテテテッ!! や、やっぱ現実!?」


 引っ張られた上で、さらに身体が持ち上がるほどにググっとつねりあげられたことによりようやく俺の脳はそれを痛みとして認識し始めた。

 そしてノエルが目の前に突き出してきた、砂時計の落下回数5回という文字が書かれた羊皮紙を見てようやく俺の脳はこれが紛れもない現実なのだと認識した。


「や、やった!! やったー!!! はっはっはー!!!」


 両手で目いっぱいのガッツポーズを取り、天を仰ぎ見る。

 自分の成長を実感したことによる喜び、一つのことを成し遂げた達成感。


「ふふふ、ヴァルドレイド様」

「おう! なんだ、ノエル!」


 心なしか声のトーンが高くなっているような気がする。

 俺の感情につられているのだろうか。


「この記録は、戦士クラスの銅級冒険者並と言えます。そう聞くとまだまだのように感じるでしょうが、ヴァルドレイド様はステータスを授かっていません。そして才能も有りません。クラス適性が魔術師だったのも納得でした。ですが貴方は成し遂げた。私が与える修行に決して諦めたりサボったりすることなく全力で挑んだからこそ、貴方はここまで辿り着くことが出来たのです。私はそれに最大の敬意を払いましょう。……ヴァレリー様、私は貴方を我が主と認めます。ですから、これから宜しくお願いしますね?」


 そう言って笑うノエルの顔に、俺は本気で見惚れてしまった。


 傾国の美女と噂される女であっても、客観的に綺麗だなと感じるだけで見惚れることは無かったというのに。


「……これじゃ、フィーに浮気者って言われちまうかもな」


 そんなことを呟きながらも、俺はノエルの好意を素直に受け取り専属のメイドになってもらうことにしたのだった。

 

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