第7話 修行―2

 あの後、ほんの少しの体力すら残っていなかった俺は、家に帰りつくより先に倒れ込みそうになったが、一日も無駄にしてはいけないのだと意志の力で何とか耐え、自分に対して全魔力を籠めた《細胞活性化》をかけ気絶するように眠った。

 いや実際に気絶したのだ。

 全魔力を籠めた、ということは魔力を使い切ったということなのだから。

 戦士などの前衛職が体力を消費し武技……魔術師にとっての魔術のようなものを使い、そして使い過ぎると戦闘不能、気絶するのと同じで魔術師は魔力を消費しきると気絶してしまうのだ。

 では何故わざわざ睡魔に抗ってまで眠る直前に魔力を使い切ったのか。


 それこそがクラスを授からずして魔力を上昇させる唯一の方法。


 ――活力枯渇ヴァイタリティ・ゼロ


 前衛後衛関係なく、全ての人間が力を使い過ぎた時に陥る気絶のことを、いつからか人間はそう呼んでいた。

 誰が最初にそう呼び始めたのかなど知らない。

 俺だって所詮学園の授業で習っただけだし、そもそも呼び方など然して重要ではない。

 重要なのは唯一つ。


 この気絶の仕方をすると、目覚めた時力が2倍に跳ね上がっているのだ。


 本来なら、このやり方は危険極まりない。

 ただの睡眠と違い、魔力が全快するまで完全に意識が消失するのだから。

 まぁ、それとは別に普通にめちゃくちゃ頭が痛いのもあるが。

 具体的に言うと、魔力が少なくなってきた時に走る痛みの軽く10倍。

 その上回を重ねるごとに上昇の倍率は下がるし、もし僅かにでも残っていて、ただ疲労で眠っただけであっては意味がない。

 完全に使い切らなければこの上昇は使えないのだ。

 もはや何らかの苦行である。


 しかし俺は、本来なら必要な魔力を籠めた瞬間に自動的に発動する魔術に過剰なエネルギーを注ぎ込むための術式を組むことに成功したのだ。

 まぁ、自動的に魔力を全部消費してしまうから加減は効かないし一発撃ったら翌日の朝まで完全に意識が消失するというデメリット付きの術式ではあるが。

 だがまぁ……このパワーアップ方法を使う為には都合がいいが、というかこの方法を使う為に開発した術式だからこそこんなデメリットがついてしまったのだが。


「んっ、ん~……」


 ベッドで目が覚めた。

 窓からは暖かい日の光が射しこんでいる。


「ふぁぁ~あ」


 腕をぐぐーっと伸ばしつつ、自室の扉を開け母さんたちがいるであろうリビングへ向かう。


「おはよう、母さん。ノエル」

「ッ! ……えぇ、おはよう。ヴァレリー」

「……おはようございます。ヴァルドレイド様」

「うん……ふぁぁ~あ」


 あくびをかきながら、魔力で身体能力を強化しひょいっと自分の身長の倍はある椅子にジャンプし座る。

 前世は普通に母さんかノエルに椅子に座らせてもらっていたが、自分で出来るのならやった方が良いのだ。

 まぁ……そういう趣味の持ち主はむしろ喜んで世話を受けるのだろうが、生憎俺は年下か同年代がストライクゾーンなのだ。

 というかぶっちゃけ、フィーが好みなのである。

 それ以外の女には然して興味がない。

 いや……フィーを知るまでは美女という概念そのものに興奮していたと言っても過言ではなかったのだが、正直フィーを知ってからは劣っていると感じるようになってしまったのだ。

 うん、まぁつまるところは、


「フィーは天使!!」

「っ!? ヴァ、ヴァレリー? ど、どうしたの?」

「ん? あ、ごめん口に出てた? いやフィーは最高だなと」

「あ、うん。そう……。恋人を一途に愛するのはとても良い事だけれど、突然叫ぶのはやめなさい? 凄く驚くから」

「うん。ごめん」

「……こうして見ると、未来から帰ってきたと言っても普通の男の子に見えてしまいますね。その背に背負っている使命は、途轍もなく重いものだというのに」


 悲し気に目を伏せるノエル。

 感情につられているのか、心なしか尻尾と耳もしょぼんと垂れ下がっているようだ。


「そんなんじゃないよ、ノエル。俺は確かに魔王を倒して世界を平和にしないといけないと思ってる。でも、それは使命とかそんなんじゃない。単にフィーの夢の手助けをしているだけなんだよ俺は。だから、悲しまなくていい。なぁ母さん、ノエル、これ以降俺のことはこう思ってくれ! 好きな女の夢を叶えてやりたいってだけで時間まで操っちまった大馬鹿者、ってな!!」


 にやっと笑いながら、俺は2人にそう宣言した。

 俺のせいで母さんたちが悲しむのは嫌だし、第一俺は世界平和なんざ別に望んじゃいない。

 勝手にドンパチやってりゃいいとすら思ってるんだ。

 ただ、フィーがそれを望んでいるから手伝っているだけで。

 俺が守りたいのは、俺の知り合いだけ。

 知らねぇ奴のことまで考えてやれるほど俺は器の広い男ではないのだ。


「ふふっ、そう。なんだか安心したわ。昨日ノエルが貴方を連れ帰って来た時、貴方凄く辛そうだった。周りの家の人達に迷惑をかける訳にはいかないから防音結界で家の外に音を漏らさないようにしたけれど、聞いているだけで自分まで痛くなってくる……そんな悲鳴だった。だから、実は今日貴方が起きたらもうそんな使命捨てていいのって言おうとしてたの。でも、そういうことなら全力で応援するわ!」

「はい。私も、心を鬼にして鞭を打つことに致します」


 ……さっき俺があくびをかいてた時2人の反応にちょっと違和感を感じたのはそういう理由か。

 なるほど。


「おう! よろしく頼む!」

「はい。早速ですが今日は体術の修行をしますよ。外周全力ダッシュは頃合いになるまで行わないことにします。分かりましたか?」

「ん? あ、あぁ。別にいいけど……なんか意味はあるのか?」

「ヴァルドレイド様はスタミナがあまりない上、そもそも走るのが下手なようですので。まずは体術の修行を行いある程度のスタミナをつけ、効率の良い身体の動かし方を覚えてもらいます」

「あー、そんなに……問題あったか?」

「はい。呼吸はめちゃくちゃ、走り方もドタバタしていて、これじゃ意味もなく疲れるだけというような走り方でした」

「うぐっ……わ、分かった。ご指導のほど、よろしくお願いする」

「はい! それでは、朝食は出来ていますのでパパッと食べてしまってください」「あぁ」


 そうして数十分で朝食を食べ終え、外に出た。


「で……どうすりゃいいんだ? ノエル」

「まずは適当に打ち込んできてください。あぁ、反撃はしますよ? 加減はしますが」

「分かった。……って、あれ? 剣とか使わないのか?」

「あぁ~、剣を扱う技は剣術と言いまして、体術とはまた違います。体術とは拳や足、身体そのものを行使し敵を打ち砕く技のことです」

「へぇ~、色々あるんだな」

「はい。では……っと、その前に身体を小さくする、あるいは大きくするような魔術ってあったりしますか?」


 突然なんだ? と思いはしたが、俺は正直に答えた。

 修行に関して何らかの意図があるのは確実なのだから。


「え? まぁ、あるよ」

「どちらですか?」

「一応どっちも使えるけど……どっちかと言うと《小人化》の方が得意かな。《巨人化》は使う機会があまりなかったし」

「ふむ……そのこびとか? とやらで私の身長をヴァルドレイド様と同じぐらいに出来ますか?」

「ん? あぁ、余裕」

「ではお願いします。これから組手をするというのに、私とヴァルドレイド様ではあまりにも身長に差がありますから」


 そう言って、クスクスと笑うノエル。

 その意図を理解した俺は、なるほどと一つ頷きノエルの身長を俺と同じぐらいになるまで縮めた。 


「では改めて、どうぞ。勿論魔術の使用は禁止です」

「おう! うぉぉぉぉ!!!」


 腹めがけてフルスイングで右拳を振るう。

 

「うぉっ?!」


 気が付いたら、空を見上げていた。


「考えなしに突っ込んできてはいけません。そして一撃必殺の大振りはここぞという時のものです。初手にそんなものを繰り出しても躱されるだけです」

 

 ふぅ、とやれやれとでも言うかのように嘆息するノエル。

 それに若干むかっ腹が立った俺は素早く立ち上がり、もう一度同じように仕掛けた。


「はぁ……聞いていたのですか? 考えなしに大振りで突っ込んでもッ!?」

「へっへっへ、ちゃ~んと聞いてたって! 油断しすぎなんじゃ、うぇっ!?」


 学んでいないと見せかけての回転蹴りという奇襲が成功した俺は機嫌よく笑っていたが、どうやら油断していたのはお互い様だったらしい。

 右脇腹に打ち付けたままだった左脚を鷲掴みにされ、そのまま投げ飛ばされたのだ。


「ん?」


 投げ飛ばされた先に何かあったのか、後頭部に衝撃が走る。


「だ、大丈夫ですかヴァルドレイド様!?」

 

 やりすぎかと心配したのか、ノエルが慌てて駆け寄って来る。


「あぁ! 全然平気だ。それより、早く続きやろうぜ!! 慣れないけど、なんか新鮮で楽しいんだ!」

「え、あぁ……はい。でも本当に大丈夫なんですか? 思いっきり木に衝突していたように見えたのですが」

「ん? あー、そうだったのか。いや、自分でも正直それってどうなのって思うんだけど、前世の時から活力枯渇ヴァイタリティ・ゼロを使った魔力拡張はよくやってたから痛みには慣れっこなんだよ。あぁ、でも慣れてんのは頭の痛みだけな? 頭以外のとこに来る痛みは全然慣れてないから、そこんとこ勘違いするなよ? 前にフィーに言ったらアンタはゾンビかって言われてショックだったんだ」

「ぷっ、ふふふ。あはは! えぇ、分かりました。では続きをしましょうか」

「おう!」


 こうして、時に笑い、時に死にかけながらも俺の修行の日々は続いていくのであった。

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