第3話 事情説明

 椅子に座って優雅に紅茶を楽しんでいる若かりし頃の母さんと、その傍に控えているノエルが視界に入る。

 手の小ささ的に、最低でも20年は遡っているだろうと推測していたが正直言って具体的に何年遡ったのか分かっていないのが現状だ。

 

「……」


 さてどうやって調べるか、そこまで考えて思い出す。

 そういえば5歳以降、祝福の儀を終えた日から母さんは俺の呼び方を変えたんだったな、と。


「おはよう、母さん」

「えぇ、おはよう。バルちゃん」


 ……ちゃん、か。なるほど3歳辺りだな。

 実に好都合だ。

 やるべきことが定まっているなら、動くのは早ければ早い程に良い。

 それに、確実に未来を変える為にやるつもりでいることの幾つかは、祝福の儀を受ける前の方が効率が良いしな。


「うん。ノエルもおはよう」

「はい、ヴァルドレイド様。朝食は出来ております」

「うん。ありがとう、ノエル」


 いつものようにさらっと感謝を告げると、


「ヴぁ、ヴァルドレイド様……!」


 驚き半分喜び半分といった感じの表情で泣き出してしまった。

 何故だ、訳が分からない。

 アレか? 働きが認められて嬉しい的な奴か? いやそれにしたってこの反応は初々し過ぎないか? まるで初めてお礼を言われたみたいな反応だぞこれは。

 うーむ……普段から礼は言っていた筈だがな。 


「え、えーっと……ノエル? どうしたの?」

「い、いえ。申し訳ございませんヴァルドレイド様。フローラ様も、みっともない姿をお見せしてしまい申し訳ございません」

「大丈夫よ。それにしてもバルちゃん? 貴方特別な時以外でお礼を言ったりする方ではなかったと思うけれど、なにか良い夢でも見たの?」

「ッ!」


 マズいっ! そういえば俺、今幼児も幼児、3歳付近なんだった!!

 あれ、でもそのぐらいの時から礼はちゃんと言っていたような気がするんだが……? まぁいい都合よく母さんが言い訳を用意してくれたからな。

 それに乗ることにしよう。 


「あ~、分かる?」

「えぇ。私はバルちゃんの母親ですもの」

「そっか。うん。良い夢だったよ」

「……そう。その眼は、相当なものね。昨日までのバルちゃんには出来ない目をしているわ。まるで別人みたい」

「ッ!」


 おいおい、確かに母さんは凄腕の魔術師だが……流石にこのごく短時間で魂の違いを見抜くか!? いや、それは早計だ。

 俺の行動によって違和感を覚えただけだろう。

 うーむ、この際話してしまうか? その方が色々と動きやすいのは確かだし。

 まぁそもそも気持ち的にガチで隠す気がなかったのも原因だった訳だが。

 やろうと思えばこの時の魔力量でも《精神安定化》ぐらいなら使えるだろうし。

 まぁ、まだ調べてないからどれぐらいあるのか知らんけど。


「今表情がかすかにこわばったわね。違和感を覚えたからちょっとかまをかけてみたんだけど……怪しくなってきたわね。うーん、でも本当に別人だったらこんなに親しみを覚える筈が無いんだけどなぁ。ノエル、どう思う?」

「……私はフローラ様のように魔術に詳しくはありませんから判断できかねますが、もしこの方が偽物だとすれば……もう」


 うーむ……これ以上はマズいな。

 仕方がない。

 それに、まぁ母さん達なら話しても問題ないだろう。


「あー、分かった! 白状するよ。ただし……ちょいと部屋を結界で覆わせてもらうぜ。そう易々と話せることじゃねぇんでな」


 そう言って俺は、《防音結界》でこの部屋を覆った。


「……完全な無音にしないあたり、貴方は相当ね。でも、事の次第によっては生きて帰れると思わないことね」

「……」


 まぁ当然の反応だが、やはり少し悲しいな……母親達と言っても過言ではないかけがえのない大切な人達から本気の殺気を浴びせられるのは。

 まぁ事情を話せば分かってくれるとは思うが。

 そんなことを考えながら俺は、死の間際に起きたことを簡潔に話した。


「……そう。一つ、確認してもいいかしら?」

「あぁ」

「これまで生きてきた、3歳のヴァルドレイドはどうなったの?」


 やはり、その質問は来るか。

 最悪殺されるかもな。

 だが、やるしかなかったのだ。

 他に方法は無かった。

 そして俺のことはもう話した。

 ならばもう、嘘偽りなく全てを話すほかあるまい。


「この俺の魂と融合しました。蓄積した経験が違うとはいえ、同じ存在であるからか拒否反応は一切ありませんでした。しかし、これまであなた方が育ててきた人間を殺したのは事実です。その点については、反論のしようもありません」


 深く、深く頭を下げ続ける。

 どのような罵りの言葉が来ても可笑しくはない。

 だが、俺にはそれしかなかったのだ。

 いざとなれば……この村の住人全員の記憶を操作しヴァルドレイドという存在を消し去った上で森の洞穴か何かで時期が来るまで隠れ住むしかない。

 出来るならそんなことしたくはない、だがそれでも……フィーが殺される未来を認める訳にはいかないんだ。


 ふいに、俺の顔を何か柔らかな感触が包む。


「バル……いや、ヴァレリー」


 ぎゅっと優しく抱き締め、優しげな眼で俺を見つめる母さん。

 

「辛かったわね」


 その言葉を聞いた瞬間、俺のナニカが決壊した。

 

「母、さん。うぁぁぁぁぁぁッ!!! 俺は、俺は!! あいつを、守りたくて!!! でも! っく! ああぁぁぁぁ!!!」


 とめどなく溢れ出て来る涙。

 情けないことこの上ないが、肉体につられて精神が若干幼くなっている……ということにしておこう。

 そうでないと、あまりの情けなさに死にたくなってしまうから。

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