逆行賢者は切り開く

滝千加士

第1話 絶望の末路


 そこは地平線の果てまでも広がる、美しくそして壮大な花畑だった。


 名を知る花も名を知らぬ花も全てが等しく美しく咲き誇り、それらは風によって花弁を散らし宙を舞う。

 その光景は酷く幻想的で……どうしようもなく、命の消失を連想させた。



 ――色とりどりの美しい花弁が、次第に赤く染まっていく。



 噂に名高き遥か天上に住まう神々の世界……天界にあると謳われる花畑のようだった美しい景色は一瞬で真紅に染まり果て、その花々が風になびき揺れる様は遥か地底に住まう悪魔の世界……魔界にあると謳われる血の海のようでもあった。


「へ、へへ……」


 正しく今幻視している光景は、俺の心象であり走馬灯のようなものなのだろう。

 俺はあいつと共に紡いだ数々の大切な記憶を思い出して、意識が朦朧となる中で考えていた。


 ――――――俺は、決めていたはずだった。


 自分たちの運命を打ち砕いて、あいつを愛して、一緒に生きていくと……。そう決めたはずなのに、なんで俺は倒れている。


 目の前が血で真っ赤に染まり、ただひたすらに重い現実が俺に圧し掛かる。


「なぁ、オルフ。俺達の出会いは、間違いだったのかな」

「ッ! ヴァレリー……。いや、決して間違いなどではないっ。この竜王たる我が認める。そなた以外にあ奴を幸せにできる奴など一人もおらぬ! 他の誰が何と言おうと、それだけは絶対だ! 揺るがぬ真理だ!」


 竜王オルフェン。

 旅の道中に出会いそして友となった、創造神がこの世界を創った当時より存在する超位次元存在であり世界の守護者である星竜王の後継の一体である。


「へへ……。どうしたよ、そんな声出して。お前らしくもねぇ……。ぐっ!? ごほッ!」


 血反吐か。

 命の終わりを予見させる憎たらしいものだが、俺の肉体は既にボロボロ。

 下半身は戦闘の最中千切れ飛び、上半身も奴のブレスによって焼け焦げ唯一かろうじて動かすことが出来るのは左腕という有様なのだから上出来だろう。

 なんたって、血反吐を吐けるだけ身体に血が残っているという証拠なのだから。

 

「ヴァレリー! くっ……。よく聞くのだヴァレリー」

「なんだよ、オルフ。改まって」

「黙ってよく聞け! ……我は他者の傷を治癒することは出来ぬ。故にそなたを助けてやることもあ奴を、フィーを死の窮地から助けてやることも出来なかった……。しかしだッ! こんな運命を認めたくないのは我とて同じだッ! ヴァレリーよ。我に残る全ての魔力をそなたに託す。奴に感謝するのは癪だが、肉体に縛られている限り保有できる魔力の量に限りがあった。しかし今の生死の境をさまよっているそなたならばこの我の魔力の全てを受け止め切れる! ヴァレリーよ、更なる力をつけフィーを迎えに行ってやれ。術式は、とうに昔に完成させていたのだろう?」

「オルフ……お前」

「良いな。またそなたとフィーと3人で共に旅をする日々を楽しみにしているぞ」


 そう言って穏やかに笑うと、オルフは決意を秘めた眼で尋常じゃない量の魔力を俺によこしそのまま青白い光の粒のようになって天へと消えて行った。

    

「なっ、オルフ! オルフッ!! くそっ、くそぉッ!! 必ず、必ず成功させてみせるから!! だから、待ってろよ。オルフ、フィー!!」


 魂の保存、時の遡行。


 オルフの言う通り、俺は過去の自分へ記憶を引き継ぐ為の魔術式をとっくの昔に完成させていた。

 しかし俺はその魔術を使ったことは一度もなかった。

 何故そんな便利な魔術があるのに使わなかったのか。

 倫理的な問題? 違う。

 後悔するようなことが無く使う必要が無かったから? それも違う。後悔するようなことは何度もあった。

 では一体何故なのか? 言ってしまえば簡単な話なのだ。


 そう、純粋に俺の魔力量ではそれを使うことは出来なかったのだ。

 

 いや、違うな。

 生物の魔力量では、というのが正確か。

 超位次元存在である竜種は、肉体という殻から半ば脱しているのだ。

 だからこそ彼らはそのどれもが圧倒的で、生物の頂点と言われても過言ではない力を有しているのだ。

 

 しかし今の俺なら、それが出来る。


 オルフの言っていたことはほとんどが正解だった。

 しかしこの魔術を使う為に足りなかったものは、実を言うと魔力だけではない。


 行使者が死ぬ必要があったのだ。

 まぁ当然である。

 過去の自分へ現在の自分の記憶を全て引き継ぐのだから、それはもはや転生と言っても過言ではない。


 魂を二分化するなど出来はしないし、出来た所で意味はない。

 そんなことをすれば知識や記憶、全てを引き継ぐことなどできないのだから。

 だからこそ今の俺ならこの魔術を正式に使うことが出来るのだ。

 そう、オルフの魂そのものを込めた莫大な魔力を託され、命の灯火が燃え尽きかけている今の俺ならば。

 魂に術式を刻み込み、過去の自分の魂と合体させる。

 それがこの魔術の真理なのである。

 

「ぐ、うぅ……!!」


 魂が悲鳴を上げているのが分かる。

 当然だ、そもこんな魔術無茶にも程があるのだ。

 殻である肉体を傷つけられるだけでもあれほどの痛みを伴うのに、中身である魂を弄るなど言語道断である。


 しかし、そんなことを気にしている余裕はない。

 認めたくない結末を変えるのだ。

 また一緒に旅をするのだ。

 あの花のように可憐で可愛らしい笑顔でいつも俺を癒し、そして今は遠き幻想郷を思い描き決意を秘めた眼で今を変えようと足掻く彼女と。


 ふと、イメージが過る。


 知らない人を見る目で俺を見て来るフィーとオルフの姿。

 それはとても悲しく辛く、そんなことになるならばいっそ過去へ行かない方が良いのではという思いが過る。

 

「違うッ!」


 そんなことでオルフの遺志を無駄にする気か俺はッ! それに奴が……魔王がいる限り、彼女の悲願もまた叶うことは無い。

 必ず未来を変えるのだ。

 それに、このような結末を変えられることを思えばその程度の苦しみなんてことはない。 

 覚悟を決め俺はかろうじて動く左腕を天へ掲げ、宙に陣を描く。


「逆巻け、円環……そして、っぐ! 狭間にて彷徨う……我が魂を、導き給え」


 陣を描き終え、詠唱を唱え、そうして術式は完成した。

 その瞬間、陣から爆発の如き眩い光が放たれる。

 

 こうして、英雄姫フィーナを愛しそして愛されたパートナーである賢者ヴァルドレイドは死んだ。

 しかしその魂は、過去の自分へと確かに受け継がれたのだった。

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