魔王城の掃除夫

@yabe

短編小説 魔王城の掃除夫

 クロードは指定された部屋の前で、少しの間そのドアを見つめた。

 気が進まないのは、いつものこと。

 渡されていた鍵でドアのロックを解除すると、クロードはドアノブに手を掛けたまま深く息を吸ってゆっくり吐き出した。

 それは気持ちを切り替える為の深呼吸であり、気が重いせいで思わず吐いてしまうため息でもあった。


 部屋の中に入ったクロードは、状況を確認する為に立ち止まって中を見渡した。

 吐き気を催しそうな悪臭が漂っているのは、いつも通り。

 予想していたことなので別に驚きはしない。


 しかし、思っていたよりも部屋の中が荒れていないことを彼は意外に感じた。

 その部屋は広いワンルーム、もしくはホテルの広い一室のような造りだ。

 壁際には食べ物や飲み物、グラスなどを置いたサイドボードがあり、そこには使ったグラスと共に空の酒瓶が何本か置かれている。

 そして部屋の中央には大きなサイズのベッドがある。

 充満している悪臭の元はここだ。


 サイドボードの所を照らす小さな灯り以外は照明が消されているのではっきりとは見えないが、ベッドの中央に人が横たわっているのが判る。

 クロードは入口の近くに戻ると、ドアのすぐ横の壁にある操作パネルで部屋全体の照明を少しだけ明るくした。

 換気装置は動いてはいる。

 しかし臭いの元を絶つ訳ではないので消臭の効果は乏しい。

 部屋が明るくなってベッドに全裸で横たわっている人の顔が見えてきた。それは以前に見かけたことがある女性だとクロードは気付いた…。


 クロードは魔法師だ。

 回復系や治癒の魔法、そしていわゆる生活魔法と呼ばれるものもクロードは得意にしている。それに反して一般的な攻撃魔法など戦闘系の類は不得手であり、彼がその手の魔法を使うことはほとんどない。


 慣れている事とは言え、まずはこの悪臭をどうにかしようとクロードはベッド全体、横になっている全裸の女性も含めた範囲に消臭と浄化の魔法をかけた。

 範囲が広ければ広いほど、効果を強くすればするほど当然のように魔力の消費は増える。それでも人間にしては破格な魔力保有量を持つクロードは惜しみなく魔力を注ぎ込んだ。

 すぐに、悪臭の元になっていた染み込んだ汗やいろんな体液などがベッドから消えていく。それと同時に、やはり体液塗れだった女性の身体もみるみるうちに綺麗になっていった。


 浄化魔法を行使した結果、女性を含めてベッドの辺りはひと通り綺麗に出来たことが判ったクロードは、次に部屋の中の片付けを始める。

 女性が着ていたであろう貫頭衣のような布切れを壁際の床から拾うと、それも魔法で綺麗にして畳んでベッドの端に置いた。

 そして、飲み食いをしたままになっているベッドの横の小さなテーブルに置かれたグラスや食器をサイドボードの所に持っていく。こうしておけば係の者があとで全て回収していくのに手間がかからない。


 クロードがそうしていると、背後でガチャッと小さな音がする。

 音がしたベッドの方をクロードはゆっくり振り返って見た。


 音の正体は、女性の首に嵌められた金属製の首輪とそれに繋がる鎖だ。

 目を覚ました女性が上半身を起こした姿勢でクロードを見ていた。

 クロードが振り向いたのが判ると、その全裸の女性は膝を閉じて胸に手を当てて見られたくない部分を隠した。


「トイレに行っていいでしょうか…」

 一旦はクロードから目を逸らした女性は、もう一度クロードを見ると小さな声でそう言った。


 コクリとまずは首肯で応えてから、クロードは女性に言葉を返す。

「構わないが、その前に首輪を外そう」

「……はい」


 鎖の一端はベッドの横につなげられている。それはトイレの中までも余裕で届く長さだが、クロードは首輪の鍵を解除して女性から外してしまう。

 少し酔いでも残っているかのようによろよろと歩く女性がベッドの横のドアからトイレに入ってしまうのを見送ったクロードは今度は部屋全体に軽く魔法をかけた。まだ空気中に残っている臭いを一掃する為に。


 自分自身も裸になってトイレから出てくる女性を待ち構えたクロードは、用を足して出てきた女性にトイレのすぐ隣のバスルームに入るよう指で示した。

 後ろを付いてくるクロードを少し振り返った女性はバスルームの入り口で止まる。クロードはその背中を軽く押して中に入ることを促した。

 相変わらず股間と胸に手を当てたままの女性のそんな仕草は気にせずに、クロードは持っていた木箱をバスルームの壁に備え付けの棚に置いた。箱の中には保湿効果がある薬草から抽出した薬剤をブレンドした特製のボディソープやヘアブラシ、そして各種ポーションなどが詰まっている。

「身体を洗うぞ」

「はい…」


 シャワー魔道具でざっと女性の身体にお湯を掛けたクロードは一旦シャワーを止めて言う。

「保湿効果があるボディソープで洗う。沁みたり痛い所があったら教えろ」

「解りました」


 クロードは両手で泡立てた泡を女性の身体に塗しながら手で擦っていく。背中、肩、腕。そして首筋。

「こっちを向け」

 黙って言うとおりにクロードの方に身体を向けた女性の身体を淡々と擦った。

 もう一度反対を向かせたクロードは下半身を洗い始める。尻から踵までを丹念に洗ってしまうと、また前を向かせて脚の前面と股間を洗った。クロードは女性の敏感な個所もごく普通に擦っていく。特に念入りにすることも手を抜くことも無い。

 敏感な個所に触れた時に反応する女性の様子には気が付かない振りをしている。

「髪を洗う。その椅子に座れ」


 女性の髪を洗って全身にシャワーでもう一度湯を念入りに掛け終わると、クロードはバスタブに湯を溜め始める。

 魔道具で適温の湯がすぐに溜まるはずだ。そしてクロードは女性に体力回復ポーションを二つ渡した。

「人間向けにいろんな栄養素も入っている特製ポーションだ。飲め」

「はい…」


 ひと口飲んだ女性は、美味しい。と言って少し顔をほころばせる。

 続けて飲みながらクロードを見詰めた女性にクロードは黙って頷いた。


 女性がポーションを二本飲み終わった時には湯が溜まってしまっていた。

「湯船に浸かる前に、立ってその縁に掴まってこっちに尻を向けろ」

「……はい」


 恐る恐る尻を突き出した女性の脚をクロードは大きく開かせる。

 そして股間を、特に膣の中を念入りにしかし傷つけないようにそっと洗う。

「奥の方は外からだと魔法でもなかなか綺麗に出来ない。だから我慢しろ」

「……」


 更に局所的な魔法も併用して綺麗に出来たのが判るとクロードは女性に湯船に入るように言った。


 湯船に入った女性は湯船の底に腰を下ろしてしまうと

「ああ…、気持ちいいです。お風呂」

 そう言ってクロードを見て今度は明らかに微笑んだ。

「さっき何も言わなかったが、身体に痛い所は無かったか?」

「はい、大丈夫です」


 髪を洗う時に女性を座らせていたバスルーム用の小さな椅子に座ったクロードは、そう言って少し笑顔を浮かべた女性を見ている。

 顔立ちはひと目で日本人だと判る。しかし日本人離れしていると言っていい程のかなりの美形だ。スタイルも日本人離れしている。重力に逆らってつんと上を向いている乳首とそれを支える大きく形のよい乳房。そして女性らしい円やかさは残しつつも余計な贅肉は無い身体。

 ある程度はこの世界に来た時に身体の作りや見た目が最適化されることは知っているが、これだけの美しさはそもそも元が良いからこそだということをクロードは自身のこれまでの経験で熟知している。


「さあ、そろそろ上がれ。髪を乾かす」


 自分で出来ますと言う女性にタオルを渡して彼女自身に身体は拭かせてから、クロードは風魔法で実現しているドライヤー魔道具を使って女性の髪を乾かし始めた。

 女性の背中の方から髪を乾かしていたクロードが身体の向きを変えさせて正面に位置すると、風を受けて気持ちよさげにしていた女性は、チラッとクロードの顔を見てはすぐに視線を泳がせたり下を向いたり、そんなことを幾度か繰り返した。


「気になるか?」

「……はい」


 クロードの言葉に肯定の頷きを返した女性は、もう盗み見する必要などないとばかりに視線を一点に定めた。


 その彼女の視線はクロードの股間に向いている。


 バスルームで女性を洗い始めた時からクロードは男として準備万端な状態だ。彼女はそれを改めて潤んだ瞳で凝視した。


 クロードは表情を変えずに言う。

「欲しいか?」

「……はい」

「じゃあベッドに行け」


 クロードは、何度こういう事を繰り返しても、いつもこの瞬間を最も悲しいと感じてしまう。

 この人間の女性を昨夜から朝方まで性的に蹂躙して幾度も欲望に任せて弄んだのは人間達からは異種族と呼ばれる者だ。身体の造りは酷似していても異種族と人間の交配が可能な訳ではない。しかし子は出来なくとも性的に交わり互いに快感を得ることは可能だ。

 故にこの女性は玩具として生かされている。

 しかも、この女性は力を封じられているとは言え勇者であることには変わりがなく、そういう希少種である為にその玩具としての価値は高い。



 ◇◇◇



 人間の神への信仰が一定レベルまで集積してくると、神の奇跡を転用した大規模魔法の行使が可能となる。教会が執り行う儀式と同時に数十人もの魔法師が命を賭して発動させる協調魔法だ。

 異種族から攻められ暴虐の限りで蹂躙され続けた人間が種の存続の活路を見いだしたのは、その大規模魔法によって救世主をこの世界に呼び寄せることだった。


 異世界召喚魔法。


 本来は神だけが行使し得るその魔法の行使によって異世界から召喚した人間には、初めから神の加護が備わっている。更には身体能力、魔力なども常人とは桁違いの能力を持つ彼らに授けられた称号は、勇者。


 対する異種族の長は魔王と呼ばれ、地の果てに在ると伝わる魔王城に居を構えていることが知られている。

 魔王に率いられた異種族はその細かな種別の違いはあるものの、総じて魔族と呼ばれる。


 勇者は成長が速く、すぐに魔族を圧倒するようになる。

 魔族に攻め滅ぼされた土地を奪還し、多くの魔族の血を流して仇を討つ。

 勇者に率いられた人間の軍勢は連戦連勝に沸き返り、その勢いのまま魔王城へと迫る。


 決戦の地は敵本陣の魔王城。


 あと一歩。必ず勝てる。人間の誰もがそう信じて勝利を渇望する中、満を持した魔王の力が振るわれる。

 それは勇者を束縛する力。

 能力のほぼ全てを無効化する力だ。

 魔王のみが行使できるその力は、魔王が持つ邪神の加護の恩恵。


 勇者を捕縛された人間の軍の勢いは急速に失われて敗走し、人間はまたもや弱者としてのおのれの立ち位置を再認識させられる。

 従来のように異種族、魔族から攻められ犯され奪われる。

 そして人間達は、数年の後にはまた異世界召喚魔法を行使して異世界から勇者を召喚する。


 それは常に同じシナリオに沿って物事が進んでいるかのように何度も繰り返されてきたことだ。

 捕縛された勇者は、その殆どが魔族達によってその力と身体を糧とされるべく切り刻まれ拷問され結局は命を落とすが、中には生かされる者もいる。


 勇者が持つ神の加護。

 それによって生じている勇者としての尊厳を汚し貶めることは、魔族にとっては何ものにも代えがたい極上の快楽だ。

 捕縛され隷属させられた勇者のうち女性だけは、その甘露を搾り取る為に生かされ続ける。どんな辱めを受けても死ぬことは許されず、永遠とも呼べるほどの長い年月を家畜然として生かされるのだ。



 クロードが知っている限りでも、既に勇者召喚は五度行われている。

 今、クロードの上で腰を振ってよがり狂っている女性は、クロードの記憶によればつい最近囚われた勇者のうちの一人。魔族の相手をさせられたのは今回が初めてだ。

 女勇者が異種族である魔族の男から精を注ぎ込まれると、それは少なからず体内に吸収される。するとどういう訳か、同族である人間の男を渇望して狂ってしまったかのように求める欲求を異常に高める。

 この状態を放置するとかなりの割合で精神が破綻してしまうことが判っている。破綻した精神には隷属の束縛などは意味が無く、そもそもそんな壊れてしまった人形を相手にしても魔族の男達は征服欲を満たすことが出来ないからか好まない。

 だからクロードはこうして女勇者の事後の面倒をみることを命じられている。荒れて汚れた部屋を綺麗に掃除し、そして汚れて傷ついた女勇者の身体の隅々まで綺麗にし、壊れそうな心を修復する。


 あたかも強力な精神干渉でも受けたような女勇者に起きるこの現象に関して、クロードはある仮説を立てている。だが、今のところそれを実証する手立てはない。

 クロードが現実に成すべきことは、魔族の性欲のはけ口となった女勇者の身体を綺麗にして必要があれば治癒も施すこと。更には、今も目の前の女勇者が身体を火照らせてクロードに抱かれ続けることを求めているように、人間の男を求めて止まない状態をじっくりと長い時間をかけて満足させて肉体と精神両方のケアを行うこと。


 掃除夫。

 女勇者の汚れを落とすことを掃除と表現して物のように扱い、クロードを含めた人間への侮蔑が混じったそれが、その命令に従うクロードの役割の名だ。


 仮説のことなど、つい考え事に耽ってしまいがちだったクロードは意識を無理やりに目の前の女性に向け直す。

 この女性を可能な限り優しく人間らしく愛して女の悦びを与えるべく、クロードはそのことに集中した。



「お願いです…。名前を呼んでください」

「分かった。名は何という? 俺の名はクロード」

「クロード様…。私は、私の名は…『・・・・・』」


 喘ぎながら懇願するようにそう言った女勇者の要望にクロードは応じた。

 そして彼自身も本気で快楽を得るための行為に勤しみながら、頭の片隅ではタイミングを見計らう。


 それは彼女が絶頂を迎えた瞬間を狙って魔法をかける為だ。

 勇者であってもそういう瞬間だけはクロードの魔法でも無理やり通せる隙がある。


 クロードがこれから使うのは精神安定系の魔法。

 魔王によって施された隷属化で抑え込まれていても、心に鬱積しているはずの屈辱、悲しみと後悔、恨み。

 そういうものを緩和する効果がある魔法だ。


 最初は激しく途中からはゆっくりと愛し合う。そんなことを続け何度か互いに果てた後に、ベッドの上で女勇者はクロードに密着し余韻に浸りながら寄り添っている。

 女勇者の髪を優しく撫でながらクロードは言う。

「美しいお前が相手をさせられるのは、魔王の側近の上位者ばかりだ。だからそれほど頻繁に夜伽をさせられることは無いはずだ。おそらくは月に一度か二度程度。耐えて生きろ。生き抜いて時代が変わるのを待て」

「……はい」

「男の勇者はすぐに殺される。その血と肉、身体の全ては魔族の錬金術の素材になるのは知ってるな」

「そう聞かされました」

「魔王には勝てない。勇者であっても、たった2、3年訓練をした程度で敵う相手ではない。だから余計なことも考えるな」

「はい…、仰せのままに」

 彼女はそう言うとクロードに近付いてクロードの頬に唇を当てた。


 この女性にかかっている人間の男を求めて止まない呪いは丸一日程度続く。

 クロードが行っているそれへの対処も、これまで幾度となく繰り返してきたシナリオ通りのことだ。


 神をも巻き込んだ非道で下劣なシナリオの一端に自分の名がクレジットされているようでクロードは不快なことこの上ない。

 しかしクロードも、この女勇者につい今しがた諭したことと同様、この脱出不可能な魔王城で生き抜くために自分の役割をこなしているに過ぎない。



 翌朝クロードは女勇者を牢獄の看守に引き渡す。その時に女勇者が見せた何か言いたげな縋るような視線には、クロードはただ黙って頷きを返した。


 その後すぐにクロードが本来の仕事場に戻ると、魔族の女が声を掛けてくる。

「おや、クロード。今回は早かったね」

「比較的穏やかだったからな」

「ふーん…、それは精神安定魔法が効いたということかな」

「効果はあった。でも元々の呪いに効く訳じゃない」


 この女。魔王からの命令を受けて、結果としてクロードがこの世界に呼ばれることになった召喚を行った張本人だ。

 人間が行う異世界召喚は魔族でも行うことが可能だと証明した結果だった。だが、クロードには神の加護はなく失敗だと評された。この人間には価値が無いと。

 殺されこそしないが捨て置かれ、突然の召喚で戸惑うクロードにこの女は魔族らしからぬ優しさを見せた。直に、限定的ではあるが勇者をも凌駕する魔法の才が在ることを見抜き、魔法を手ほどきし指導したのもこの女だ。

 クロードはこの女から多くのことを学び、そしてここで生き抜く術を得た。召喚される前は日本の高校生だったクロードに、女の扱い方を自らの身体で教えたのもこの女だ。

 クロードは、この女の視線に自分を一人の男として大切にしてくれているという思いを感じることがある。自分に対する罪滅ぼしのようなものだろうと思っていた時期は過ぎて、クロードにとってこの世界で唯一心を許せる相手がこの女だ。


「クロード。例のあれ。ほぼ目途がついたよ」

「……そうか」


 召喚に相対する魔法、送還魔法。その目途がついたと女は言っている。実験が出来る段階に来たということなのだろうとクロードはそう受け止めた。



 ◇◇◇



 シナリオが変わった。

 魔王が久しぶりに出した下知は、侵攻。

 それは、適当に好き勝手に人間を蹂躙して奪うばかりだった従来とは異なる目的の為のもの。


「本格的に人間社会を支配して管理しようということだよ」

 そう言った女の言葉に、クロードは意外さを感じずにはいられない。

「管理と言ったか?」

 力だけで成り立っているような魔族の社会では最も不得手なはずのこと。

 極めて例外的な女勇者を生かし続けているその処遇を、人間全体に対して行おうとしているのだろうか。クロードはそんな風に感じた。


「そうだ。人間社会から安定して搾取し続ける為だよ。絶滅されると困るということさ。なにより魔王にとっては最も美味しい神の加護を食えなくなるからね」


 個人が得る快楽だけではなく、神の加護を持つ勇者を汚し苦しめることは魔王、即ち魔族に大きな力を与える。それは邪神の加護が強まるということ。

 魔王が書き換えたシナリオは、放っておいてもしばらく待っていれば人間が勝手に行ってくれていた召喚を、自らの意志の下で御してしまおうという話だ。


「クロード。お前の考えていることは解るよ…。だけど力が足りないだろ」

「あ、いや…。今の俺じゃ何もできないことぐらいは解ってる」

「送還だけなら何とか行使は出来るさ。私とお前が力を合わせればね」


 クロードはこの世界の人間も嫌いだ。殺してしまいたいと思うほどに。

 勇者召喚などせずにさっさと滅んでしまえばいいのにと思っている。だから、魔族に蹂躙される人間を哀れに思うことはあっても助けたいなどとは思わない。


 ある日、クロードと女が男女の行為に耽った後で、クロードの心中を察している女はクロードに寄り添ったままこんな風に言った。

「この世界が憎いか。私を筆頭に」

 クロードは少し考える様子を見せた後に首を横に振る。

「……憎い? そうだな。憎むべきはこんな欠陥だらけの仕組みを作った神どもだ」



 ◇◇◇



 健康診断、定期診療と称した面談を女とクロードは実施しようとしている。精神安定魔法の効果が魔王の側近からも有意義だと認められた。クロードは、定期的に掛けることが必要だと説明している。

 監禁され、ただ玩具として使われる時を待つだけの女勇者たちが牢獄の監守に付き添われて次々と集められる。

 彼女達には、クロードの姿を見つけると嬉しそうな表情に変わる者が多い。


「クロード、愛されてるな」

「さんざん抱いたからだろうけど、愛情とは違う」

「肉欲から始まったとしても、本物になることもあるさ」

 小声でそんな会話をしているクロードと女の前に女勇者全員が並んだ。


 広間の中心に互いの身体が接する程に寄せ集められた女勇者達は総勢12名、自分達だけがそこに立たされて何が起きるのか次第に不安げな様子を見せるが、クロードの合図で始まった魔法は彼女たちの足元に大きな魔法陣を描き始めた。

『心配しなくていい。これからお前達を元の世界に戻す』

 そう話し掛けたクロードの言葉は日本語。

 意味が解らない看守たちは、広間の隅でノンビリ暇そうな顔で時折雑談をしながらバカみたいに佇んでいる。


 構築している魔法の手助けにクロードが近付くと、女は微笑みながら言う。

「発動したらクロードもすぐに。タイミングを逃すな」

「ああ、解ってる。タイミングは大事だからな」


 クロードと女が二人揃って意識を集中し魔法陣への働きかけを加速した結果、ひと際輝きを増した魔法陣の光が女勇者達を包んでその姿も霞むほどになって来る。

 女は魔法の制御を続けながらクロードにほとんど叫び声に近い声を発した。

「クロード何をしている! 急がないと乗り遅れるぞ!」

「解ってる。もう少しだ」

「急げ!」


 クロードは魔法陣の流れをしっかりと見定めて、その・・タイミングで魔法陣に飛び込んだ。



 女勇者達を包み込んでいた輝きと魔法陣自体の光が同時に消えていくと、そこには誰も居ない。

 光が大きくなった頃から、聞いていた話よりも随分と大掛かりだなとクロード達の様子と魔法陣を見ていた看守たちが、女勇者全員が消えていることに気が付いて騒ぎ始める。

 魔法を制御していた女に詰め寄る者。魔法陣が消えた広間の中心に駆け寄ってそこの床を凝視したり天井を見上げている者。


 女の胸ぐらを掴んでなおも問い詰め始めた看守が女に手を挙げようとした時、魔法陣が在った所で再び光が輝き始めた。

 今度は何ごとかとそれを凝視する看守たち。

 女も同じような表情だ。

 彼女にもいったい何が起きているのか分からない。自分が発動させた送還魔法はその目的を果たして魔法としては終わっているはずなのだ。


 今度の光は先程とは違って大きくはないが、眩しく直視できない輝きだ。

 それでも女は目を細めて凝視する。

 そんな輝きが薄れてそこに浮かんできたのは男の姿。


「クロード! どうして!」

 思わずそう叫んだ女。

 その声に我を取り戻した看守が、女の胸ぐらを掴んだまま揺さぶる。

「女勇者をどこにやったんだ。早くここに戻せ」


 その時、その看守が広間の壁まで吹き飛んだ。

 続けて他の看守も次々と吹き飛ばされ、ある者は床に叩きつけられる。


「クロード…」

「怪我は無いか?」

 女の肩に手を添えて顔を覗き込んだクロードがそう尋ねた。

 女はクロードの顔をじっと見つめ返す。

「大丈夫だ。それより…」


「予想通りだった。送還されるのは元々の彼女達だけだった。この世界に来た時に与えられたものはすべてここに留まる」


 送還の魔法が元の世界に戻したのは、女勇者達の元の日本人としてのものだけだった。器としての彼女達が居なくなり残ったものは、勇者の能力・固有のスキルなど。

 そのまま放置されたら、それほど時間を経ることなくおそらくそれは霧散してしまっただろう。だが、その場にはクロードが居た。


「帰らなくて良かったのか?」

「お前と子どもを残して帰れない」


 魔法陣の中で、元の日本人としての部分が送還されそうになっていることにクロードは抗った。

 その抗う力の源となったのは、ただ一人クロードに献身的な愛情を向けてくれる魔族の女と、その彼女の腹の中で育まれている命。


「知ってたの…?」

「気が付いていた。最初はまさかと思ったが、俺以外の他の男とお前が交わる事など有り得ない」


 女は大粒の涙を零し始める。

 そんな女をクロードは抱き寄せた。


「勇者達の力を全て手に入れた今は、はっきり見えている。俺の子だ。魔族と人間の間にどうして出来たのか不思議だが、事実は変わらない」

「……この子、女の子だよ。私はそう感じてる」

「ああ、元気な子を産んでくれ。そしてお前の故郷に行って三人で暮らそう。だがその前に、子どもの将来の為にこの世界の掃除だ。魔王も人間のくだらない連中も、全部消し飛ばして綺麗にしてくる」


 涙を零しながら愛情に満ち溢れた笑みを浮かべてクロードに頷く女の顔を、クロードはじっと見つめた。そして、

「俺は掃除夫だからな」

 クロードはそう言うと、女に満面の笑みを見せた。

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