第21話

 少し遅い昼食を終え、慧也けいや藍那あいな深月みづきを前に資料を広げた。


「ちょっとこれを見てほしいんだ」


 そこには過去のミッションにおける、エリアごとのミッション数、内容の傾向、投入された双方の戦力、ミッションの結果、などが記載されていた。


 パッと見ただけではその情報量の多さに要点がつかみにくいが、慧也はその中でも自分が気になった項目を指差しながら説明する。


「まず最初に確認しておきたいことなんだけど」


 慧也は前置きをしつつ、ミッション報告書のすべてのファイルを印刷したものを机に置く。


「第一回から第五〇回までのミッションで、いくつか欠番があるんだけど。そして、五一回目以降、一人目から五人目までの娘はミッションに参加していない。これは?」


 合計五回分、番号が飛んでいた。第五回、一一回、三二回、四一回、そして五〇回。


 深月と藍那は顔を見合わせ、渋い顔をしていた。


「言えない事なら、いいんだけど」


 もしかすると重要な機密にかかわることなのかもしれない。そういった意味で秘匿される可能性は十分にあることを慧也は理解している。だが、藍那は重々しく口を開いた。


「これな、実をいうと黒歴史ミッション、って言われてるもんなんや」


「黒歴史?」


「うん。この欠番回のミッションで、それぞれ順番に一体目から五体目までのヒューマノイド・ウェポンの娘がリタイアしてんねん」


「え! マジで! あたい、それ初めて聞いた!」


 驚きの声を上げたのは深月の方が先だった。


「ま、アジアエリアではウチしか知らん話やってんけど、この際やしええやろ。五体目までの娘は、当時のミッションが一対一形式だったこともあって、ミッションごとにかなり大幅な改修をしながら投入されたって話や。んで、その改修があまりにも非人道的で無茶苦茶やったらしゅうてな。結果として、兵器としてはリタイアってなったらしいわ」


「……欠番になった理由は、それだけかい?」


 慧也は苦虫をかみつぶしたような顔で、言葉を絞り出した。


「もちろん、ちゃう。どっちかと言うと、サムダ側の無茶な改修で彼女たちがリタイアに追い込まれた、という事実を隠蔽するためのもんや。リタイアした時のミッション記録さえなければ、表向きは、以後投入していない、ですむやろ?」


「なんか、幼稚な隠蔽だよな。で、その娘たちは今どうしてんだよ?」


「ずっと、ベッドの上らしいで。意識の戻らん子もおるとか、ホンマ、ひどい話や。この話を聞くと、ウチらはまだましかな、って思ったりもするんや」


 藍那はその幼さの残る愛らしい顔を歪めた。


「ま、結局その反省か知らんけど、六体目以降からは改造技術も飛躍的に進歩して、取りあえずいまんとこリタイアはないわ。それが救いやね」


 あまりの事実に慧也は二の句が継げなくなった。ここからまだ、いろいろ聞きださなくてはならない。さらに嫌な話が出てくるかもしれない。自分の所属する組織の醜聞、それは聞いていて愉快な物ではない。


 だが、慧也はかぶりを振り、その思いを断ち切る。ここで立ち止まるわけにはいかなかった。


「……取りあえず、欠番の理由は分かった。先に進むよ。次に気になったのは投入されている人員の総数なんだ。過去三二七回のミッションのうち、わかっている範囲でフェデラー側は六五人、対する地球側は君たち一三人だけ。今の藍那の言葉通りで、事実上は五一回目以降は七人で回している。これについてはルールブックに明確に記載されていないけど、何か理由があるの?」


 慧也には、過去七年のミッションにおいて人類側の投入個体が少しずつ増えたとはいえ、定められた最大保有数の一三人から増減も交代もないことに違和感を覚えたのだ。


「ああ、それな。細則にはないけど、サムダとフェデラーの間で一三体のミッション用兵器を保有することが決められたんやけど、フェデラーの場合はその一三体は知性体ゾイノイドの上級貴族に当たるものだけが数に入るんや。それ以外は何人入ろうと関係ないねん。でも、地球側にはそんな概念がないから、一三体ぽっきりってわけやね。さっきも言った通りリタイアは隠蔽されてるから、今も一三体いることになってるから、補充もないってわけや」


「そーゆーこと。言い換えれば、地球側にも兵器に対して階級とか身分を設定すれば、使い捨ての補助兵器としてもっと多くの兵器を置けるんさ。でも、そういう一線はなかなか超えれねーんだってよ。笑っちまうだろ? 人の身体こんなに弄んでくれちゃってさ。妙なところで人道主義発動してんだよ」


 二人はその理由を知っていた。そして、明らかに不利な状況でミッションをこなしてきたことが裏付けられる。


「ま、あたいらは藍那っちと違って他のエリアのミッションの内容まで詳しく知らねえけど、さっきの話じゃ、まだまだエグイことやってんだろうね、サムダは。なあ? 藍那っち」


「む、むう……」 


 藍那は口籠る。今までも欠番事項について黙っていたくらいだ。さらにいくつかの闇の事情を知っているのかもしれない。だが、深月もそれ以上突っ込むようなことはせず、視線で慧也に先を促した。慧也はさらに続ける。


「じ、じゃあ、これは? ミッション内では怪我人はかなり出てるけど、死者は三二七回で一一八人。そのうち、ミッション対象者、いわゆる僕と同じ立場の人が二六人。一回のミッションで出た最大の死者数が七一人。多いか少ないかは意見が分かれるところだけど」


 ほとんどのミッションでは死者を回避できているが、今回と同様のミッションでは結構な確率で保護対象者が死亡していた。


 また、一つのミッションのみ、飛びぬけて多い死者を出している物もある。


 慧也は、それに関わった個体に注目した。


「まず、今回と同様のミッションの場合、死者が出ているのは二六件で、アジアエリアでも四件ある。うち、二件は明日香、二件は深月と藍那クンが関わってるね。これはどういった状況だったんだか教えてほしい。僕の命にもかかわることだしね」


 二人は困ったような表情を見せた。


 自分が関わったミッションで保護対象者を死なせていることについて、気持ちよく話せないだろう、と慧也は慮ったが、聞かないわけにはいかない。


「あー、それ、ね。ちょっといろいろ考えさせられるミッションだったなあ。保護対象者がさ、超凶悪死刑囚だったり、政府関係の超傲慢な極右主義者だったり、さ」


 深月はばつが悪そうに頭をかきながら、当時の状況を話しはじめた。


「明日香っちの時もそうなんだけどね、フェデラーはなんか意図的に保護対象者を選別してるっぽい。奴らは人類を観察してる。どんな奴を護ってどんな奴を護らないか、試してる。多分そうだ」


「人として超えたらあかん一線を越えたやつが保護対象になってみ? うちらのモチベーションも上がらん。結果として虚を突かれんねん。保護ミッションの犠牲者はほとんどがそんな奴やね。まあ、だからこそウチらも『試験』をする訳や。色仕掛けは、けっこう効果的にその人の為人(ひととなり)を知れるんやなあ、これが」


 そうかもしれない、と慧也も思う。そして、よくぞ自分は明日香の試験に合格した、と自分を褒めてやりたい衝動に駆られた。


 だが、仮にフェデラーが意図的に選んでいるとして、そこに何か意味があるのだろうか。


 もちろん、ミッション自体がフェデラーに対して意味があるとも考えにくいわけで、異星人の考えることはよくわからない、というスタンスでしか話は進まない。


「ちなみに、ゆうたかもしれんけど、ウチらと年の近い保護対象者も、明日香ちゃんの試練をパスしたのも慧也はんが初めてやで? そういう意味でも今回は試行が多いし、今までの保護ミッションとはちと違うで」


 慧也は頷く。おそらく今までのミッションでは、この少女たちとの関わり方がうまくいかないケースばかりだったのだろう。それは、汚れてしまった大人ゆえの事なのか、あるいは彼女たちに対する負い目や差別的感情や、異質な物への恐怖から生じるものなのかもい知れない、と慧也は思う。


「じゃあ、こっちの件は何か知ってるかい? アメリカエリアのミッションだけど」


 最大の犠牲者が出たミッションはアメリカで行われていた。


 アメリカのヒューマノイド・ウェポンが二人、敵型ゾイノイドは知性体、自立型合わせて四体投入されており、グランドキャニオンで実施されていた。


「ああ、それな、覚えてるで。サムダ本部でもその時は大騒ぎやった」


「グランドキャニオンの崩落で、観光客が大勢死んだって事故、知らねえかい?」


「ああ、知ってる。日付も同じだ。つまり、そうやって偽装されていくわけだろう? これはミッション中の巻き込まれになるのかい?」


「そうや。その時の敵型の大将がかなり攻撃的で残忍やったようでや。一般人お構いなしにやりよってな。そもそも、クリア条件がミッション期間中に一般人の犠牲者を五〇人以内に抑えること、やったからな。殺戮前提のひどいミッションやったらしいで」


 藍那は顔をしかめる。


「うーん。かと思えば、森林火災における消火ミッションとか、紛争地域での救助ミッションなんかもあって、その傾向や意図がよくわからない。ミッションの性質によっても敵方の投入個体がある程度限定されてるよね?」


 慧也は統計の結果、敵方を指揮する大将の性質によってもミッションの内容が大きく異なることに気付いた。


 今回のメストなどは、相当数のミッションに参加している上級貴族階級のようだが、参加した八九のミッション中、半分くらいは負けを喫している。それにも関わらず、常に一線で投入されている。


 かと思えば、参加するミッション全てで勝利しつつも、他と比べて明らかに投入されていない者もいた。   


「あいつらの考えてることなんか、理解しようとするだけ無駄だよ? 進化してきた土台が違うんだよ。思考パターンだってあたいら人類とはかなり違うみたいだしね」


「確かにそうかもしれない。けれど、組成も生物としての生態も、限りなく人類に近いように思う。でなければ、この星を欲しいとは思わない。メストやフィーフィールトだって、若干の差異はあっても人類と同じ感じに見える」


「じゃあ、思考も似てるって、慧也はんは思うん?」


「いや、文明の進行具合から見ると、もっと高度、というか、危険なんじゃないかな……」


 慧也はこの一見無頓着に見えるミッションに何か意味があるように感じてきた。そして、それは人類を超越した遥か高みから見下ろす、とても危険な意図が含まれているようにさえ思えた。


「例えば、僕たち人類は、道を歩くときにそこにいる虫や微生物の事を気にかけるかい?」


「むう、確かに。じゃ、フェデラーの思考としては、人類なんか気に掛ける必要もない、って事なんか?」


 眉間にしわを寄せながら藍那が呟く。


「ま、そういうことになるかもね。だから、僕は、一度メストと話をしてみたい」


『ええっ!』


 藍那と深月は同時に叫んだ。


 敵方の大将と保護対象者が会談を持つなど、非常識もはなはだしかった。その場で抹殺されればミッション終了となる。


「け、慧也っち、そりゃ無茶だ。確かに、メストの野郎は慧也っちの抹殺に興味が失せたって言ったぜ? でもさ、命の使い道があるとか何とか、不穏なことも言ってんだぜ?」


「そ、そうやで、慧也はん。それはあんまりに無茶やわ」


 二人は慌てて慧也をなだめに回る。


 メストと多くのミッションで渡り合った二人は知っている。彼がその風貌や奇妙な趣味に似合わず、本物の戦士であることを。


 何度戦っても単体同士の戦闘で勝利を収めることはなかった。唯一、明日香が彼の剣技と張り合うことが出来るのみで、藍那はもちろん、深月とて間合いを詰められて接近戦になれば太刀打ちできないのだ。


「あたいは二の腕切り飛ばされたこともあんだよ? 慧也っち、死ぬよ?」


 慧也はしばし考える。


 メストに殺気がなかったのは事実だ。そして、それは達人故に本当に殺気がなかったのだと思える。


「君らの心配はよくわかる。けど、僕は彼と話をしたい。それが今回のミッションの答えの一番近道に思えるんだ」


 二人の少女は困惑しつつ、顔を見合わせた。そして、意を決した表情で頷く。


「しかたねえ、慧也っちを監禁だ!」


「せやな! 勝手に出ていかれたら困るしな!」


「え?」


 やおら二人は立ち上がり、深月が慧也を羽交い絞めにしたまま持ち上げる。グレネード・マシンガンを軽々持ち上げる深月の腕力に、慧也が抵抗できるはずはなかった。


「うわ! ちょっと! 放して、深月!」


「へへへー、放さねえよ。あー、保護対象が若い男の子っていいなあ。うりうり!」


「ああああ! 深月胸を押し付けないで!」


「慧也はん、やーらーしー! 深月ちゃんの胸で満足なん? ロリ属性?」


「うっせえなあ、藍那っちだってあたいよりないじゃんよ?」


「だってやあ、改造された時は一二歳だもん。それでも深月ちゃんと僅差やで? 一四の時やったら絶対勝ってんなあ」


「なにい? よおし、じゃあ、藍那っちもやってみろよ。慧也っちの反応で勝負だ!」


「望むところやで!」


 今度は藍那が慧也の後ろに回って、同じように羽交い絞めにする。


「いや、二人とも! もうすでに趣旨が変わってるような気がするんだけど!」


 じたばたとじゃれ合っていると、深月と藍那のピアス型通信機が点滅しだした。


「――! 緊急信号!」


「明日香ちゃんからや!」


 一瞬にして緊迫した表情に戻った二人はすぐさま慧也を放し、外に駈け出そうとする。


 深月はマシンガンを手にし、藍那は大きな黒鞄を持って。


「ちょ、ちょっと待って、僕も行く!」


 藍那と深月の表情は真剣そのものだった。焦りと不安を隠しきれない。緊急信号ということは、明日香の身に何か起こっていることは間違いなかった。


 慧也はせめてもの護身用として、倉庫から二丁のハンドガンを手にして駆け出す。


 兵器を開発しながら、実戦として兵器を持っていくのは初めてだった。


「できれば、使いたくないな」


 そう独りごちし、二人の後を追った。

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