第6話

 朝。


 何の変哲もない朝。


 慧也けいやはいつものように目を覚ました。少しぼんやりするのはやはり寝付けなかったせいだろうか。


 部屋を見渡す。自分以外に誰もいない。


 昨日のあれは夢? やはり夢だったのか?


 まだ起き切っていない頭で慧也は考える。


 あまりに現実離れした出来事。夢オチならそれがいい。


 慧也はふらふらとした足取りで洗面所に向かう。いつもの如く顔を洗うためにユニットバスの扉を開けた。


「おはようございます、慧也様」


 そこには、洗顔を終えてタオルで顔を拭いている明日香がいた。


夢ではなかった。昨日のことは現実だ。と言うことは、今日から一週間、自分は命を狙われ、彼女とそれを切り抜けなければならない。


「や、やあ、おはよう、明日香」


「私の事は『明日香』で結構です。それが私の兵器としての呼称であり、登録されている型番です。それとも、あなたはいちいち、機械や道具にクン付けするのが趣味ですか?」


 言って、明日香は洗面を慧也に譲り、扉を閉めた。慧也が洗顔を終えて部屋に戻ると、その間に三つ編みを手早く完成し、セーラー服に着替えた明日香は、大きな丸メガネをかけて準備完了していた。


 見かけの清楚さと彼女の持つ深い闇のギャップが、昨日からのたった数時間で慧也に大きな興味を与えるとともに、奇妙な使命感を沸かせていた。


(何が起こってるのか、確かめよう。三〇〇回以上を数えるミッションが、なぜ極秘裏に行なえる? 彼女たちの改造技術はいったいどうやって完成した? 胡散臭い。いくら僕が下っ端でも、いくら人々が平和ボケしていても、あまりに隠蔽されすぎてやいないか?)


 突然巻き込まれ、右も左もわからず心の準備すらおぼつかない。だが、慧也は今自分にできることをやろうと、前向きに考えることにした。ミッションはまだ始まったばかりなのだ。






 工廠部に顔を出すと、いつもと違ってラインも動いておらず、無人だった。


 明るいうちから人っ子一人いない研究所は、むしろ深夜の無人より恐怖感を覚える。


 慧也はその光景を見て理解した。つまり一週間は誰も来ないのだ、と。


「慧也様、どちらへ?」


 おもむろに歩き出した慧也につき従いつつ、少女は問う。


「僕の研究室へ行こう。あそこなら武器も多少あるし、簡単な工作もできる。何より、窓も壁も防弾、防火処理がしてあるから、気休めでも防御になるだろう」


「まあ、何も備えがないよりはましですけど」


 てうてう、と慧也の後をついてくる少女は、どっちでも良さげな感じだ。ミッションの現実を知らない慧也と、知る明日香では、自ずと感じ方も異なる。


「ところで、慧也様、ってのやめてくれない? 居心地悪くて……」


「お構いなく。私の口癖ですから」


 突き放したような雰囲気を持ちながら、やたらと口調が丁寧な明日香は、それがより対人距離を一定の間隔に保ってしまう効果があった。何か侵し難い領域を持つ錯覚に陥る。


「せめて、慧也さん、とか、無理かな?」


「無理です。ご容赦ください」


「そっか……」


 がっくりとうなだれながら、慧也は研究室のドアを開けた。


 昨日、明日香が訪問してくるまでかかりきりだったサンプルが無造作に机の上に転がっていた。両手で一抱えはある円筒管状の兵器だ。


「これは?」


 珍しく、明日香が興味を持って尋ねてきた。


「振動砲の試作サンプルだよ。対象の原子を揺さぶって内部から熱崩壊させるんだけど、有効な出力を出すには大きな電源が必要でね。まだまだ実用化には程遠いね」


「兵器を作るのは楽しいですか?」


「もちろん! なんといっても、兵器にはそれを実用化していくにあたって、洗練された機能美が追及される。その機能を最大限に発揮する技術やギミック、それらが実際に動くさまはもう……」


 自分の好きな分野に思わず興奮して語る慧也は、ふと、明日香の物悲しい瞳を見て口を閉ざした。


「……ごめん」


「いえ、あなたのお仕事ですから」


 彼女は自分を兵器と言った。その身体を与えたのはサムダと言う組織だと言った。


 慧也は兵器の機能美を愛している。研ぎ澄まされたその技術と性能、それが慧也の求める兵器だった。


 兵器は所詮戦いの道具だ。使い方によれば人を殺める。それは慧也もよく解っていた。だが、使い方によれば人を護る。結局のところ使うのは人間であり、兵器自身の罪ではない。


 それでも、慧也は自分の軽率な発言を恥じた。


「慧也様、気になさる必要はありません。あなたが開発する基礎理論は、確かに地球を護るのに役立っているのです。それは誇ってください」


 なんだか励まされてしまった。と、慧也はさらに落ち込む。


「ぐったりしないでくださいな。いつ何時、フェデラーが襲ってくるか……」


 明日香が言い終えないうちに、研究所の敷地内と思われる至近で爆発音が聞こえた。


「と、言ってる間に来ましたね」


 明日香は身構える。戦闘時になると、瞳の奥に力が甦る。ある意味、生き生きとした表情になっているように見えるのは、やはり彼女が兵器と言う所以なのだろうか、と慧也は思った。


「ここを動かないでください。出来れば私のすぐ後ろに」


「それはいいけど、様子を見に行かなくていいのかい?」


「私は第一陣として参上したのです。保護対象者からみだりに離れるわけにはいきません。ここで持ちこたえれば程なく深月みづきが来てくれます」


「深月?」


「私と同じ、対フェデラー用の兵器ですよ」


 言い終えた直後に明日香の左腕の側面から、巨大な盾が現れる。体二つ分はすっぽり覆えるほどの大きさだ。


(どんな構造になってるんだろう? あの腕の中に複数の兵装があるのかな?)


 こんな時でも、生来の好奇心が頭をもたげてくることに、我ながら慧也は幻滅した。彼女を人として見ているつもりだが、やはりこの現場を見ると兵装に目が行ってしまう。 


 再び、強い衝撃と爆発音が響く。敷地内の複数の場所で起こっている模様だ。注意深く耳をそばだてると、何かが飛来する風切り音も聞こえる。 


「爆撃か狙撃? 今回のルールには敵方の飛行兵器の投入はないはずです。だとすると砲弾クラスの狙撃ですね」


 明日香は冷静に戦場把握をする。慧也は例のルールブックをまだ熟読していないが、そういったお互いの戦力についても記載があるらしかった。ここからは見えないが、おそらく火の手も上がっているのだろう。誰かが通報したのか消防車のサイレンらしきものも聞こえる。


「あれ? 消防とかは動かないんじゃ?」


「さすがにこれだけの爆発ですしね。動かざるを得ないでしょう」


「でも、昨日の話だと、まずいんじゃないの?」


「その話はあとで。今はこの場を乗り切ることを考えます」


 慧也は気になっていたことを質問してみたが、確かにそれどころではない。風切り音は次第に数が増え、それに伴って着弾、爆発の回数も増えてくる。


 ひときわ大きな風切り音が近づいてくる。


明日香は巨大な盾を天井に向ける。その瞬間、着弾によって天井が弾け飛んだ。

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