第33話 襲来

 突然、ゴリアテが入口に姿を現れる。ひどく取り乱しておるようだ。

「空に」とゴリアテが掠れた声を発する。

 パチン、と勇者が指を鳴らす。

 室内の壁や天井が一瞬で透明に変わる。

「まじか」と翔が呟く。 

 雲一つない快晴であったはずの空に、大きな円盤が浮かんでおる。その円盤に太陽を隠され、サレスの街は朝方とは思えぬほど仄暗い。

「あ、あれは……」

 空を見上げるクレアがささやく。その声に反応したのは、翔だった。

「宇宙船だろうね。いや、ああいう生き物かもしれない」

 宇宙船と称された円盤は赤い球体を中心に据え、所々煤けた褐色の表面は、至る所で継ぎ目が目立っておる。

「友好的な宇宙人かもしれないだろ」

 そういう勇者の顔は笑っておらんな。

「外へ出てみませんか?」

 美月の言葉に従うように、皆が三々五々表へ出る。 

「あーあー」

 屋外へ出るとすぐに、大音量の声が、サレスの街に響き渡っておった。

「マイクテスト、マイクテスト」

「本日は、晴天なり」

「あーあー」

「わ、れ、わ、れ、は、う、ちゅ、う」

 バシン! 軽快な音が鳴り響く。

「いつまでやってんのよ!」

「痛ってーな」

「遊んでないで、とっとと用件を伝えなさい」

「いいじゃねーか別に、ちょっとくらい遊んだってさ……なんだよ」

「早くしろ!」

「あーはいはい、やりますよ。はい。我々は宇宙人です。あなた方がお持ちの魔力を頂きに参りました。よろしくお願いしまーす」 

「なんか、のりの良さそうな宇宙人だな」円盤を見上げながら翔が言葉を漏らす。

「でも、頂くってどういう意味かな」

 勇者が眉を顰める。

 私は円盤に目を奪われながらも、エウロパを気に掛けておった。

 円盤の分離に気付いたのは、その時であった。円盤が三つの円環と一つの球体に別れおる。そして、分離した円盤から太陽の光が再びサレスに差し込む。

 一つの円環を残し、他の円環は、流星のように何処かへ消えおる。だが、赤い球体だけは、一瞬の違和感と共に、突如として消える。

 私は首を左右に動かし辺りを見回した。 

「ずいぶん慌ててるじゃないか」

 私の横に立った勇者が声を掛ける。

「冷静さは失っちゃだめだよ」

「ふん」と私は、答えた。

 私は間違いなく落ち着きを失っていた。勇者の言葉は、図星だ。

「エウロパを探しているんだろ」

「ああ」

「大丈夫。彼女の言葉は本物だよ」

 私は勇者をじっと見た。

 私の心を見透かしたような言葉に驚き、腹立たしくもあった。

「さっきの赤い球体は、時魔法を使ったように見えたね。もしかすると、あそこにエウロパが……」

「おるやもしれんな」私は素直に頷いた。

 その時、突如として、腹の底に響くような低音が鳴り渡り、同時に、空間を歪める。

 そして、体がずっしりと重くなる。

「これは……」

 隣の勇者が顔を歪める。

 翔が地面に手を突き、美月は腰を屈めておる。


 これは魔法か。

 何やら、地面に引っ張られるような力を感じるが、どうということはない。


「体が、重たい、ですね」

 美月が振り絞るように声を出す。

「こうやって動けなくして」翔が声を絞り出す。「魔力を頂く、とか?」

「穏便に済ませる気はないみたいだね」

 私は、勇者の言葉に耳を傾けながら、あたりを警戒していた。

「俺は、大丈夫……」

「私に、構わず」

 美月と翔は肩で息をしておる。

「クレア、二人を頼むよ。大丈夫だろ?」

「ええ、問題ありません」クレアが平然という。

 不意に、「おやぁ」と、陽気な声が耳に入る。

「全然、動けてるみたいだけど、ガチで?」

 我々の目の前に、ひょろ長い男が姿を現す。その声は、先ほどふざけておった男のそれと同じようだ。

「まいったなー」

 男がおかっぱ頭を掻く。斜めに切り揃えられた前髪が、片目を隠しておる。

「初めまして。僕はこの世界の勇者アランです。あなたは?」

「ああこれはどうも」男が頭を下げる。「俺はカリストっていいます。ジュピターから来ました」

 裸にも見えるその男が、我々の元へ近づく。手には、何やら紙切れを持っておるな。

「名刺っす」

 カリストと名乗る男が、勇者に紙切れを手渡す。

 覗き込めば、そこには、ジュピター四天王カリストと記されておる。

「こちらへはどういったご用件で?」

「いやー、たいした用事ではないんですよ」

「この重たい感じは何かな?」勇者が質問を重ねる。

「これはちょっとした余興です。困ったなー、そんな怖い顔しないで下さい」

 カリストとやらが私をみる。


 元々、こういう顔だがな。


「これをすぐに解除してくれないかな。苦しんでいる人もいるんだ」

 勇者が、翔や美月に視線を送る。

「これって?」カリストがわざとらしくとぼける。

「わからないの?」

「ぐずぐずしている暇はないんだけどなー」


 話が噛み合っておらんな。何やら、不穏な空気を感じるが。


「あー、もしも? カリストだけど。なんか、めっちゃ動いてる奴いるんだけど、どうする?」

 カリストが横を向き、話し始める。

「えっと」カリストが我々を指差し数える。「三人くらいかな」

 その後、「うんうん」と何度か頷き、カリストの声が途切れる。

 遠くの仲間と通信でもしておるのか。

「アイアイサー」と明るく言いながら、カリストが敬礼する。

 徐に、カリストが両手を高く上げ背伸びする。

「というわけで……」

 そう言いながら、ゆっくりと振り下ろした手は、銃のような形に変わっておった。 

 人差し指の先が、まるで星のように瞬く。

 次の瞬間、カリストの両手が宙を舞い、鮮血がほとばしる。

「ぐぁああ」カリストが悲痛の叫び声を上げる。

 落下するカリストの手先から光の瞬きが消えた時、地面や建物が、奇麗に丸く繰り取られる。

「ここは僕が何とかする!」

 カリストのすぐそばに、勇者が姿を現す。

「てんめぇぇええ」狂ったように、カリストが喚く。「許さねぇぞ」

「他にも仲間がいるかもしれない」

 カリストを牽制しながら勇者が、言葉を発する。

「余裕ぶっこいてんじゃねぇーよ、クソがぁ!」

 勇者に襲い掛かるカリストに目を奪われる。

「早く!」と勇者が叫ぶ。

「行きましょう」クレアが私の手を引く。

 すると、瞬く間に辺りの景色が一変する。

 勇者とカリストの姿は見えぬが、翔と美月は一緒のようだ。もちろん、クレアも傍におる。

 ここは、転生の間か。美月を転生した空間によく似ておる。

「いやぁまいった」

 翔が、頭を掻いておる。今はもう、手を突いておらんな。

「あれを食らってたら、死んでたな」翔が呟く。

「他の街も襲われているかもしれませんね」

「もう一人、女性の声が聞こえましたよね?」

 クレアが誰ともなく問い掛ける。

「カリストはジュピター四天王の一人だそうだ。残り三人が、どこぞにおるやもしれんな」

 クレアが私を見つめておる。

「勇者の受け取った紙切れにそう記されておった」

「あんなのが残り三人か」

「全員がここに来ているとは限りませんけどね」美月が言添える。

「クレアよ。私をここから出してくれぬか」

「ええ、でも、魔法が」

「問題ない。完全に復活しておる」

「えっ」クレアが目を見開く。「そうでしたか。私はてっきりまだ……、いえ、それなら安心ですね」

 クレアが、「では」と掛け声を発したかと思うと、私は再びサレスの地に立っておった。


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