第8話 おいてけぼり

 一瞬の違和感を覚え、目の前の景色に集中すると勇者が現れた。

「お待たせ」といいながら、白い歯を輝かせる勇者。

「お帰り! アラン!」

 エウロパはいつも通りの明るい口調を取り戻しておる。どうやら気持ちを入れ替えたらしい。なんと素早いことか。 

 一方で私は、勇者と話すエウロパを見つめながら、花のことを考えておった。

 エウロパが私にいった花は、バラの花だろう。年増女神は、確か、バラの花を好きな女子おなごに差し出すと、話していた。ということはつまり――。

 ふん。

 私は自嘲した。世界を征服せんとしていた魔王がここまで心を動かされようとは。

 しかし、恥ずべきことではない。冷酷なかつてな魔王は、もう死んだ。魔王に相応しい残酷な所行は必要なくなった。

 エウロパが私の返事をどう受け取ったかは分りかねるが、私の気持ちは決まっておった。エウロパに花を贈ってやりたい。無論、魔法が復活した後の話になるがな。

「えー」とエウロパの不満気な声が耳に入る。

 エウロパに焦点を合わせると、エウロパは勇者から受け取った作業着を広げている。「なにこれー、ださーい」

「あとこれ」勇者が手に持った運動靴をエウロパの足元に置く。

 エウロパの作業着は、私や勇者のそれと全く同じデザインである。ただ単に、色とサイズが異なっている。それだけの違いだ。


 つまり。エウロパは私達の服装をダサいと思っていたのだな。


「とりあえず、靴は履こうか」勇者が優しくいう。「裸足じゃあ、痛いでしょ」

 そんな勇者の言葉を聞き、ふと私はこう尋ねた。

「サレスまで、どうやって向かうつもりだ?」

「どうって……」勇者が少し困惑した表情を浮かべる。どうしてそんなことを聞くんだい? とでも言いたそうな顔だ。「決まってるだろ、歩きさ」

「日が暮れてしまうぞ」

「でも、ダンテは歩きと駆け足くらいしか、移動手段がないだろ」


 確かにそうではある。

 そうではあるのだが。


「だが、そんなことで魔力配達が務まるのか?」という疑問が心に浮かび、そのまま言葉にした。


 確かに、私の体には、ありえないほどの魔力を蓄えることができる。しかし、のらりくらりと悠長に運んでいてよいのか?


「配達のことは心配しなくて大丈夫! 今回の、サレスへの魔力配達はついでだからね」勇者が表情を緩める。「サレスに着いて本格的に配達が始まったら、ダンテには、お馬さんとかにでも乗ってもらうことになるかな」

「馬?」

「そう」勇者が軽くうなずく。「でも安心して。ダンテならきっと大丈夫」


 何を根拠にしているのか全く見当もつかぬが、まあよい。徒歩や駆け足以外の移動手段が与えられる、ということか。

 だがサレスまで歩くというのは、なかなか退屈ではなかろうか。


「エウロパはどうするのだ?」

「彼女は、僕がサレスへ連れて行くよ。魔法を使えばひとっ飛びさ」

「だろうな」私は首を縦に振る。

 エウロパはとき魔法を使える。しかし、連れていくという言葉に多少の違和感を覚える。勇者はエウロパのとき魔法を知らぬのか?

「そういうわけで、頑張って」そういうと、勇者がまたしても私の肩に手を置く。

 馴れ馴れしいこと、この上ない。しかし、腹を立てるほどのことではない。むしろそれは、誤った感情の働きとも思えなくはない。勇者はおそらく、私との距離を縮めようとしておるのだろう。

 気がつくと、勇者が手を振っていた。

「待て!」という私の言葉は、おそらく勇者とエウロパの耳には届かなかったであろう。

 二人はさっと跡形もなく消え去った。

 そうして私はひとり広場に残され、しばらくは、そこにたたずんでおった。

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