第5部「星に願いを」

scene5.1

 「かおるー! 返事しろー!」

 勇太はやけくそになって叫ぶ。

 ずっと叫び続けているために声は枯れかけ、喉はヒリヒリと痛む。延々と歩きまわった足は重く、小走りすらしんどい。

 しかも、カメラを首にぶら下げたまま出てきてしまったために、余計に走りづらい。

 それでも足を動かしつつ、忌々し気な視線を山間に向ければ、西の空には一番星が輝いているのが見えた。だが、光源らしい光源と言えばそれだけで、田舎道には街灯など存在せず、真っ暗闇が視界の先に広がっている。

 いま歩いているのは『夢ヶ原』の前を通る公道だ。

 道脇に木々が生い茂る山道。歩道など存在せず、真横を通る車にたびたび引かれそうになってしまう。

 すると後ろからヘッドライトで照らされ、足元に影が伸びた。勇太は急いで白線の内側に戻り車をやり過ごす。

「くっそ。蛍光タスキなしじゃ死んじまうぞ」

 スマホを取り出し、懐中電灯機能を使用する。気休めにしかならないだろうが、無いよりはマシだ。

 勇太は一息入れ、スマホの画面を見た。

 空と灯からメッセージが届いてるが、いまだかおるを発見できていないようだった。その事実に胸の内にさざ波が立つのを感じる。

 正直、かおるはすぐに見つかると思っていた。

 徒歩での移動だし、女の子の足ではそう遠くまでは行けない。きっとどこか人目につかない場所でうずくまり泣いているのだろうと。だがその予想は大きく外れ、いくら探してもかおるは見つからない。

 勇太は再び歩き出すが、ひりひりと痛む踵が足を遅らせる。『夢ヶ原』を中心として探しているが、移動距離は徒歩での許容範囲を完全に超えていた。

「……ああ。くっそ。かおるのヤツめ」

 苛立ちを抑えきれず悪態をついていると、道路標識が目についた。

 このまま道を進めば、町を出て山を下ることになる。

 そうなれば、美星分校の本校がある『屋影町』という隣町行きつくことになってしまう。だが、さすがにそこまで行ってないとは思いたいが……。

 勇太は首を横に振る。

 かおるは超が付くほどの方向音痴だ。始めて出会ったときだって迷子の状態だったし、転校初日にも迷子になっている。喧嘩してしまったあの日だって迷子になりかけている。そんなかおるに常識をもって探すのは得策ではないかもしれない。

 さらに言えば最悪のケースだって考えられる。   

 勇太はガードレールの向こう側を覗き込み、つばを飲み込む。

 足元に広がるのは真っ暗闇。だがそこには本来、木々が生い茂る谷がある。

 もしなにかの拍子に道を踏み外してしまえば、この暗闇の中を真っ逆さまに転げ落ちることになる。彼女は悲鳴を上げることもできず、そのまま……。

「アホか。考えすぎだ」

 自分の想像を振り払うかのように首を振った。だが一度沸いて出た想像はそう簡単に頭から消えてくれない。むしろ、安易にその場面を思い描いてしまう。

 心臓の鼓動が早くなり、焦燥感が胸をかき乱す。

 さらに悪いことに、雨が降る兆しもあった。

 小さな水滴が鼻先にぶつかって弾け、湿り気を含んだ空気が肌にべっとりと纏わりつく。

 かおるがいまは無事でも、雨が降り出してしまえばわからない。足を滑らせてしまう可能性だってある。こんな夜道を歩いていれば運悪く車にはねられてしまうかもしれない。

「かおる……かおるっ。かおる!」

 堪えきれなくなり、彼女の名前を叫んだ。足を送り、道を進む。

「どこにいるんだよ! かおる! こっちは心配してんだぞ! 出てきやがれ!」

 勇太は闇夜に向かって全力で叫んだ。きっとこの呼びかけは、空しくやまびことなって返ってくる。はずだったのだが、

「わん!」

 代わりに、ひと吠えが返ってきた。

 ガサガサッという音と共に、道端の草むらから雑種犬が飛び出してくる。

「ケ……ケンちゃん!」

「わんわん!」

 飛び出してきたのはケンちゃんだった。しっぽをブンブン振り、勇太の周りをくるくる回る。そのとき勇太は「あ」と声を出した。

「そうだ! ケンちゃん助けてくれ! かおるの場所分かるか!?」

 勇太はケンちゃんをとっつかまえ、食い入るようにケンちゃんに詰め寄った。

「お前のご主人がピンチなんだよ! ケンちゃんの鼻を貸してくれ! かおるの場所わかるんだろ!?」

「わんわん!」

「わかるんだな! そうだなんだな!?」

「わん!」

 ケンちゃんは勇太の手の中から飛び出し、先んじて歩き出す。

「ご褒美に高級ドックフード買ってやるよ! それと上等な犬小屋立ててやる!」

「わん!」

 走り出したケンちゃんを勇太は必死で追いかける。

 足が痛くとも、体が重くとも関係ない。勇太は見出した一つの希望に全てを託した。

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