赤いチョーカー

「えらく、楽しそうだわね。貴方達」突然、女の声が聞こえた。


「誰だ!」響樹は勇希を庇うように前に出た。彼のその行動に勇希の胸が少しときめいた。


「私の事も憶えていないようね ・・・・・・もういいから死になさい」全身、黒装束の女が立っていた。女の手から手裏剣が投げられる。


 それは、響樹目掛けて真っ直ぐ飛んでくる。


「危ない!」勇希が叫ぶと同時に、金属が弾けるような音が響き手裏剣が消えた。


「君は・・・・・・!」響樹は目を見開く。


「つっ! また、お前か!」女が苦々しい顔で呟いた。女の手裏剣をなぎ払ったのは、葵 静香であった。


 静香は美しい姿勢で呼吸を静かに整えながら日本刀を構えていた。


「懲りもしないで良くやるわ。 そんな武器でこの男は殺せない・・・・・・・そんな事は貴様も解っているだろうが」静香は、手裏剣を投げた女に言葉を浴びせる。


「なぜ、邪魔をする。 お前もこの男に、私と同じ苦しみを与えられたのであろう」


「私は貴様ほど、この境遇に失望はしていない」静香は、女の言葉を否定する。


「そんな事を言っていられるのも今のうちだけだ!」今度は静香目掛けて手裏剣が雨のように浴びせられた。 静香は、その全てを日本刀で蹴散らした。そのまま、横一文字に刀を振り黒色の女を切り裂いた! ・・・・・・筈であったが、女の姿が消えていた。


 その代わりに日本刀の刃には半分に切れた折り紙のようなものが飛んでいた。


「くっ! まやかしか!」次の瞬間、静香は腕、足に衝撃を感じて、校舎の壁に張り付けのような形になった。 その手首、足首にはU字の金具が固定されていた。


「しまった! ・・・・・・・接吻だ! 私に接吻をするのだ!」静香は響樹を見つめて叫ぶ。


「接吻って ・・・・・・・キスか!こんな時に何を馬鹿なことを言っているんだ? そんなこと出来るか!馬鹿か、お前!」響樹は顔を赤らめて応えた。


「馬鹿とは何だ!口を慎め!この大馬鹿者!」静香は身動きが取れない状態で悪態をついた。


「もしかして・・・・・・!」勇希は昨日の出来事を思い出していた。 静香が響樹に口づけした後に、あの青髪の少女が現れた。 あの口づけが変身への条件なのだと考えていた。


「不動君・・・・・・あの娘にキスして!」勇希は自分の言葉に抵抗感を覚えたが、あの黒い女に対抗するには、あの青髪の少女に頼るしかないと直感していた。


「先輩! な、なにを言っているんですか?」響樹は耳を疑った。 突然彼の目の前に、黒色の女が姿を見せる。


 その姿は、大人の色気を漂わせでいた。 黒色の長い髪を肩の辺りで結んでいる。 だぶついた忍者のような着衣を身に着けているが、それでも大きな二つの胸は十分位確認することが出来る。 まるで、スイカを二つ隠し持っているのかと思うほどであった。女は形の良い唇を少し開いて色気のある声で囁いた。


「死ね!」そう言うと響樹の腹部目掛けて横蹴りを喰らわせた。響樹は反射的に十字受けの構えを取ったが、その体は後方に弾けとんだ。

 屋上から転落しないように張り巡らされたフェンスに体を叩きつけられる。


「うっ!」響樹は体に走る痛みを堪えていた。


「不動君!」勇希は響樹の元に駆け寄り、倒れそうになる彼の体を受け止めた。


「せ、先輩・・・・・・」響樹は勇希の顔を見上げた。


「つっ!」突然、勇希の顔が苦痛に歪む。


「関係の無い者が、しゃしゃり出てくるからだ」黒い女が少しだけ残念そうな口調で語りかけてくる。


 響樹の体を抱いていた勇希の口から、鮮血が噴きだす。

その血液が響樹の道着を赤色に染めた。


「えっ!」響樹の体の上に、勇希の体が倒れこんだ。「先輩・・・・・・先輩!」響樹は絶叫する。 

 入れ替わるように、勇希の体を響樹が抱き上げていた。


「ふ、不動君・・・・・・」勇希の声が小さく呟く。彼女の背中には、黒い女が発した手裏剣が突き刺さっていた。その傷口からも、大量の血液が噴出していた。


「そ、そんな・・・・・・」響樹は呆然として言葉が出て来ない。

 勇希は咳を繰り返して今にも事切れそうな状態であった。


「おい! お前! もういい!その乙女おんなと接吻しろ!」静香の声が聞こえる。


「また、な、なにをこんな時に・・・・・・」響樹は静香の言葉を軽蔑するように応えた。


「その乙女を救う方法は、それだけだ。 今、出来ることをしないと ・・・・・・貴様は一生後悔する事になるぞ!」壁に貼り付けになったまま、静香を叫ぶ。


「なに、まさかその女も!」黒い女が慌てたような声をあげる。


「早く! 早く接吻を!」


 響樹の頭は混乱したが、言われるままにゆっくりと勇希の唇に、自分の唇を重ねた。 彼女の血液が響樹の口元を染めた。


 ドクン!


 勇希の口からは血の味がしたが、柔らかい感触に響樹は驚く。

二人の辺りを振動するような大きな鼓動が聞こえた。鼓動の主は勇希の体であった。

勇希の首が輝き、赤いチョーカーが現れる。


「なにが起こっているんだ」響樹は目を見開いて、勇希の体の変化を見つめていた。


「やはり、あの乙女・・・・・・」静香は誰にも聞こえない位の小さな声で呟いた。

 突然、勇希の体が赤く輝く。

 その輝きに飲み込まれるように響樹の体も赤く輝いた。次の瞬間、二人の体は空間に溶けるように四方に消えていく。


 黒い女が目を見開いた。 二人が消失した場所に人影が現れる。


「く! やはりあの女も!」黒い女の歯ぎしりが聞こえる。


 そこには、瞳を閉じた美しい赤い髪をたなびかせた長身の少女が立っていた。

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