第二十四話 ユートピアあるいはディストピアから来た人間たち
「この世界の人々のほとんどは、未来のことを語る時、今の世界の延長線上として、考えている。いくら技術が進歩しても、人は、仕事をして、家族や子供を作り、やがて老い、死んでいく・・・そうした価値観は世界の誰もが、共有しているし、そうしたことは決して変わらないと思い込んでいる。
今の時代で未来を考える際に、話題になることといえば、年金、仕事、少子化、そ
んなところですよね?でも・・・そんな些細な問題は、全て無くなるんですよ。」
饒舌に語るトオリは、いままで胸に抱えた憤りを発散しているかのようだった。
「なくなる・・ってどういうことですか?その・・未来の世界では、解決したと・・」
「解決・・・そうですね・・・ある意味では解決しました。誰も、そんなことは気にもとめなくなりましたからね。キヨトさん。今流行っているゲームアプリ知っていますよね?」
トオリの唐突なフリに、キヨトはやや戸惑いながら、答える。
「はい・・知っていますけど。あのAR?を使ったモンスターを捕まえるやつですよね。えっと・・それが・・」
何か関係があるんですか・・・と、言う前に、トオリは、先を続ける。
トオリの態度には、はっきりと怒りと蔑視が示されていた。
「大いに関係があるんですよ・・・キヨトさん。永遠にゲームの世界、いやゲームでなくとも、アニメやマンガの世界・・なんでもいいですけど、自分が理想とする世界にいたいと思ったことはありませんか?」
キヨトは、その言葉に思わずドキっとする。
それは、まさに、キヨトの長年の願望だったからだ。
だから、それをトオリに見透かされてしまったようで、言葉につまってしまう。
「それは・・・そうですね。でも誰だってそう思うんじゃないですか。現実は、誰にとっても、厳しいものです。少なくとも虚構の世界よりは・・・」
そう・・永遠に虚構の世界にとどまっていられるのなら、そうしたい。
だが、それは不可能だということを、数年前に思い知らされた。
「もし・・・自分の理想の世界に永遠にとどまることができるようになったら、その時は、キヨトさんなら・・どうします?」
トオリは、キヨトをためしているかのように、上目遣いで、見つめてくる。
「どう・・って。それは・・」
決まっている。
永遠に覚めない理想の夢を見続けることができるのなら、その夢の中に残ることを選ぶ。
当然だ。
こんなウンザリする現実に誰が好き好んで残りたいと思うものか。
だが・・・そんなことは不可能なんだ。
「・・・何が言いたいんですか。そんな仮定の話しを、いくらしても・・」
次の言葉が出てこなかった。
不意に脳裏に浮かんだ考えに、思わず呆然としていた。
そう・・いう・・・ことなのか。
「そうです。キヨトさん。今言ったことは仮定の話ではなくなる。すぐに現実になる。そして、多くの人々は・・・僕の両親も含めて・・・現実ではなく、それぞれの夢を選んだ。」
トオリは、寂しげな目をしていた。
現実の子供を捨てて、自分の理想の世界・・仮想世界に、没入する。
トオリの親はそんな馬鹿げた選択をしたのか・・・
そんな選択をする親など・・
いや・・・
ほとんどの親はそうするだろう。
おそらく自分の両親も・・・いや自分自身そうするはずだ。
現実の子供は、理想とはほど遠く、子育ては、酷く面倒だ。
もしも・・・現実と何ら変わらない感覚を持つことができて、そこでは、性格も外見も理想とする子供がいて、子育てに関する一切の苦労を免除されるのなら・・・
「その・・つまり・・・トオリさんがいた世界・・いえ数十年後には、仮想世界が現実世界と変わらないものになっていて・・・人々は、みなその仮想世界で暮らしていると・・」
キヨトは、一言一言、確認するように、とぎれとぎれになりながら、言葉をつむぐ。
そうしなければ、平常でいられなかった。
それほどに、キヨトは興奮していた。
「ええ・・・端的に言えばそういうことです。もっとも、完全に現実世界と切り離された仮想世界で生きる人々もいれば、現実世界を、自分が見たい視界に変えて・・・拡張現実に、生きている人々もいます。いずれにしても、現実世界なんて概念はとうの昔に失われてしまった。どちらの世界も感覚がリアルなら・・脳が体感するものが同一なら・・それは現実なんですから。」
トオリの言葉を信じたいという気持ちと、こんな馬鹿げたことはありえないと、高ぶる感情を抑えようとする気持ちが拮抗していた。
トオリの言っていることが、技術的に可能かどうかを判断する知識はキヨトにはない。
だが、一つだけどうにも無視できない矛盾にキヨトは気づいてた。
トオリの言っていることが、本当だとしたら、なぜトオリやサエはこの世界に来たのか。
もし、技術革新によって、そんな夢のような世界が実現したのなら、こんな現実の世界と変わらない仮想世界をわざわざ作って、なぜここに来たのか。
人々がくだらないことで、日々争い、愚かな感情をさらけ出して、生活しているウンザリする現実などに、あえて来たいと思う人間などいないはずだ。
みんな逃げられるのなら、自分が考えた理想の世界に閉じこもりたいはずだ。
「なぜ・・・わざわざこんな現実と変わらない世界を作ったのか。そして、なぜ、この世界に僕たちが来たのか?不思議に思いますか?」
トオリは、キヨトの考えがまるで手に取るようにわかっているようだった。
そして、トオリは、やはり寂しそうな顔を浮かべたままだ。
「キヨトさんも、やっぱりそうなんですね・・・たとえ、虚構とわかっていても、現実世界よりも、夢の世界で生きていきたい・・・そう考える側の人間なんですね・・・僕たちがこの世界を作って、この世界に来たのは、そうした人々に対する反発からなんですよ。」
「どういうことですか?現実も仮想世界も、体感として、変わらないのなら、より理想の・・楽しい・・世界で生きていた方がいいにきまっているじゃないですか?」
キヨトにはトオリの考えがまるでわからなかった。
反発?
なぜ反発をするんだ。
こんな現実に残る意味がどこにあるというんだ。
自分勝手で愚かな人間ばかりが跋扈していて、そんな人間と嫌々付き合わなければならない社会、生きてくために、金のために嫌々我慢して長時間労働しなければならない仕事、合理性なんてないのに、みんながやっているからという理由で押し付けられる旧態以前とした常識、そんな縛りだらけの世界にとどまりたくはない。
「そう・・思いますか?これは、年代の違いのせいなのかもしれません。僕たちの世代は、物心がついた時から、仮想世界や拡張現実で生きることが当たり前だった。 その世界で、自分の感情に最適化したAIが友達となり、コミュニケーションを取ってくれる。だから、人間関係なんてものは基本的には存在しない。もちろん、現実世界でも生活はしている。でも、人々は、それぞれ自分好みのレイヤーを視界に映して、そこには自分が望まない者や人は映らない。だから、感情的に傷つけられることもないし、常に平穏で安定した精神状態を保つことができる。それは・・・僕の両親たち・・キヨトさんのように、現実世界で生きるしかなかった旧世代の人間にとっては、夢のような世界なのかもしれない。」
トオリは、今まで見たことがないような純粋な目で、子供のように無邪気な笑顔を浮かべる。
「でも・・キヨトさん・・・それってつまらないと思いませんか。すべてが計算された世界。相手の予想外の行動や感情で、傷つくことはない。なにせ相手はAIだ。
僕が生まれた時からのすべての生体反応をデータとして、持っていて、僕が喜ぶこと、悲しむこと、怒ること、すべてを精緻に把握して、僕以上に僕のことを知っている。
当然、僕が、傷つく行動や言動は決してとらない。いや・・・実際には傷つくこともある。だけど、それはすべてその先の僕の成長を見据えた複雑に計算された一連の行動なんです。
そんなものに物心がつく時から、ずっと接していると、まるで自分が機械のように感じてしまう・・・
実際、AIは僕のこと・・・いや僕の感情を単なる電気信号として観察している。AIは、僕がどう感じるかということを全て記号化して、その膨大な計算量に基づいて、計算し、単にその計算結果に基づいて、最適解を提示しているだけだ。
そして、僕はその解に基づいて、あらゆる人生の選択・・・今日何を食べるのか、何を見るのか、誰と付き合うか、どの仕事に付くか、全てを選択する。
もちろん、その選択は決して間違えることはない。
でも・・・こんなのは人の生きる道ではない。
僕は・・・いや、僕たちは、そんな、怠惰で、無気力な、平穏すぎる・・・快適すぎる生活にウンザリしたんです。」
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