第三話 奇妙な美少女との最悪の出会い

 夜中に外を出歩くのはキヨトにとっては、数少ない楽しみの一つだった。

 人通りがほとんどなく、静まり帰った住宅街は、昼間とはまるで違う空間のように見える。


 そんな場所を夜気にあたりながら、散策することは、少しばかりの非日常感を感じさせてくれる。

 こんな些細なことでも、キヨトのささくれた心を幾分か落ち着かせてくれた。


 キヨトは、スーパーからの帰り道、いつもの公園に向う。

 住宅街の一角にある何の変哲もない公園だが、ちょうど区画の外れに位置している場所の問題なのか、昼でも利用者はほとんどいない。


 当然、夜ともなれば、もちろん人の影すらない。

 街灯もほとんどなく、女性だったら、不気味にすら感じるだろうが、この公園はキヨトのお気に入りのスポットだった。


 夜に、この公園のベンチで、買ってきたパンをぱくつきながら、ぼんやりと過ごすのが、半ば習慣化していた。

 もしも、誰かが、通りかかり、キヨトの今の様子を見つけたなら、さぞや違和感を覚えるだろう。


 このご時世だ。

 通行人が小さな子供がいる女性だったら、下手をすれば、通報されかねないだろう。


 深夜の公園に、暗がりの中で、若い男が一人たたずみ、何かをしている。

 見る者によっては、犯罪の匂いがしてもおかしくはない。

 

 だが、この公園に限っては大丈夫だ。

 なにせ、この一ヶ月ほど、ほぼ毎夜来ているが、公園が面している道路でさえ、人が通ったことは数えるほどしかない。


 ましてや、キヨトがいつも座るベンチは、公園の一番奥の場所に位置しており、道路からは完全に死角になっている。

 公園に入ってきて、わざわざ近くのヤブに隣接したこの暗い空間にまでこなければ、キヨトの存在を察知することはできないだろう。


 だから、キヨトはこうして外にいながらも、心穏やかにしていられるのだ。

 ここでは、人の・・・社会の目も気にしなくていい。

 一日の内で、この時間が、一番心地よい時間かもしれない。


 キヨトは、暗闇の中で、ビニール袋からパンを取り出し、あっという間にそれらを平らげる。

 満腹感も相まって、キヨトは、先程までの焦燥感がどこかへ消し飛び、だいぶ心の落ち着きを取り戻してきた。


 今の気分が家に帰っても、続いていれば、少しは身になることができるのだが・・・

 そんなことを思いながら、ぼんやりと中を眺めていた。


 ジャリ・・・


 突然、静寂が破られて、近くで足音が聞こえてきた。

 キヨトは思わずビクリと体を動かして、音がする方へと顔を向ける。

 音は公園の入り口の方から聞こえてきた。


 人か・・クソ・・・ついてない・・・


 キヨトは、すこし慌てながら、素早く立ち上がり、その場から去ろうとする。

 別に悪いことをしている訳ではない。

 ただ、公園のベンチで、食事をしているだけだ。


 だが、いらぬトラブルに巻き込まれたくなかったし、近くに人がいたらとても落ち着いてなどいられない。

 

 入り口に向うと、人がいた。

 女だ。しかも、若い。

 瞬間、心拍数が急激に高まり、思わず、脂汗が出てしまう。


 本当・・・ついてない・・・


 だが、次の瞬間、キヨトは奇妙な感覚に襲われる。

 女の顔はどこかで見覚えがあったからだ。

 女はこんな時間に、公園に人がいることに驚いたのか、あからさまに体を硬直させて、こちらを見る。


 思わず、一瞬目が合ってしまった。

 女は、顔を歪ませて、素早く踵を返して、早足で、キヨトから離れていく。

 その行動に、キヨトは、しばし呆然と、その場に立ちつくしてしまう。


 数十秒経って、キヨトは、なんとも言えない腹立たしさを感じる。

 何・・・だよ・・・俺は・・・ただ・・・静かに公園にいただけだ・・それなのに・・まるで・・犯罪者のように扱いやがって・・・


 あの女は、キヨトを不審者と考えて、その場から逃げ出したに違いない。


 大丈夫・・だよな・・・もしかしたら、通報・・・されてたり・・・


 そう思うと、苛立ちよりも、不安感が急速に高まってきた。

 早く、この場から離れた方がいい。

 キヨトは足早に、公園から出て、自分の家の方角へと足を向ける。


 早足で、道を進むと、すぐに自分のマンションが見えてきた。

 安心したのか、キヨトは先程の女の顔のことを思い出していた。

 

 そして、はっと気づく。

 あの女・・・今日、診療所ですれ違った奴だ・・・

 だとすれば、女のあの過敏な反応も少しは合点がいく。


 昼間に合った見知らぬ男が、自分の家の近くにいた・・・

 若い女にとっては、恐怖以外の何ものではない。

 もしかしたら、キヨトのことをストーカーか何かと誤解したのではないだろうか。


 まったく・・いい迷惑だ・・・


 せっかく見つけた唯一の安住の地を予期せぬ不運で、奪われたことに、キヨトは憂鬱な気分になってしまう。

 トボトボとマンションのエントラスに入ろうとすると、目に飛び込んできた光景に驚き、思わず体が固まってしまう。


 その、とうの女がいたのだ。


 嘘だろ・・・何故・・・


 女は、ちょうどポストを確認していて、まだこちらの存在に気付いていない。

 キヨトが、どうしようかと迷っていた刹那、女が、振り返る。


 悲鳴こそ上がらなかったが、恐怖の表情を浮かべて、大慌てで、オートロックを解除して、マンションの中に逃げ込む。

 キヨトは思わず、「ああああ!!・クソッ!」と、思わず一目をはばからずに大きな声をあげてしまう。


 しばらく、その場で握りこぶしを作って、何度か頭を叩く。

 それが、昔から、パニクった時に、気分を落ち着かせる方法だった。

 

 あの様子じゃ・・完全に通報されたな・・・だが、俺はこのマンションの住民だし・・変なことをした訳じゃない・・・大丈夫だ・・


 そう自分に言い聞かせて、エレベーターに乗り、自分の家へと帰る。

 玄関を締めた瞬間、ドッと疲れが押し寄せてきた。

 公園にいた時に感じていた安らぎなどとうに吹き飛んでいた。


 今は、憤りと不安が全身を支配している。

 

 それにしても・・ついてなさすぎるだろ・・・同じマンションの住民だなんて・・・


 自分の不運を呪いながら、自室のベッドに寝転がる。

 精神的な疲労と満腹感・・そして、この嫌な現実から逃れたいという想いがあいまって、キヨトは目をつむる。

 しばらくすると、意識はすぐにうつろになり、眠りにいざなわれた。


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