僕らの立ち位置――弐

「女か? ケッ! どうりでバカみたいに喚くと思った。ミミズくん。女は嫌だなぁ?」

 女嫌いの直らないミズハさんが虫籠を抱えながら言う。

「ミミズくんを挑発しないで下さい!」

 僕が叫ぶと、シラユキが一際大きな声で怒る。

「私よりミミズが大事ですって⁉」

「そんなこと言ってないじゃないですか。先ずは説明させて下さい」

「問答無用よ!」


『女がいる』


 虫がそう声を漏らした。溜まる魔力がビリビリと震える。

「ヤマト! 虫を連れて奥へ行って!」

 ヤマトはミズハさんから籠を奪ったけれど、シラユキがカーテンの前に立ちはだかる。

「一人も逃がさないわよ!」

「そういう事じゃないんだって!」

 もちろん彼女はヤマトの言葉を聞かない。


『僕を追い詰めるの?』『殺したいほど好きなの?』『僕を捨てるの?』


 虫はシラユキが来た事で興奮状態だ。

 僕はシラユキの頭に、情報を流し込む。自分が魔物であり、僕たちが人間である事を知らせる。それから歴代の灯屋の店主たちが集めた情報をちらほらと。

 認めづらい事を認めなければならない時、言葉は邪魔でしかない。もともと他人の言葉は聞けない事の方が多いのだから余計だろう。


 シラユキの動きが止まる。

 本能で知っているのだ。この姿がどうしようもなく自分自身であると。

 それと流れ込んで来た情報がピタリと合う。それなのに認めたくない。認めるには自分で勝ち得た常識とかけ離れている。

 そんな葛藤があるに違いなかった。


 その間にヤマトがミミズくんを奥へ連れて行って宥める。姿がカーテンの奥へ消えても、魔力に乗って聞こえるミミズくんの声はやまない。

 愛していた、愛されたのだと泣く。


「これ、どういう事よ!」

「聞かずとも分かるはずですよ」

 僕の言葉に戸惑い、シラユキは床に降りてうろつき始める。自分の獣の手を眺め、鼻先の角に触れる。魔物の咆哮もしてみる。

 けれどゆっくりと考える時間はなかった。


 奥から魔力の激流が押し寄せる。それは天災が起きたという事だ。

 足元が不安定になるのに気付いたけれど、身を守るくらいしかできない。起きてしまった天災を止める事なんて出来ないのだ。

 天災に慣れてしまった僕たちは成すがまま、魔力の流れに飲まれるまま身を委ねる。


 ふと気になって見た女王様はまたしても腹を抱えて笑っている。どうやら自分も巻き込まれるだろうという事に気付いていないらしい。

 あまりの哀れさに、笑みを返してやった。



 天災が起きた直後に目を閉じている事は幸運だ。すぐに現実を見なくていいのだから。

 僕は幸運を噛みしめながら感じてみる。

 冷たい、そして重い。口の中がざらつく。僕は体をくねらせた。思いのほか上手く動けることに驚いたが、すぐに気が付いた。手足がないと。


 そういう事だろう。

 僕は今ミミズなのだ。そしてここは土の中。

 どおりで上手く動けるわけだ。

 どうしたものかと頭を抱えたい気分でいると、魔力の気配がした。それから目の前がボコッと消える。

 僕の目の前、土の中に大きな空洞ができたのだ。そこには怒りのあまり立ち上がるミミズがいる。


「ヤマト……?」

「アメノか? やっぱりミミズなんだな! あの野郎、海豚の餌にしてやる!」

「とにかく他のみんなを探そう」

「ミミズ野郎を探せば事足りる」

「みんなミミズなんだけどね」


 ミミズにされた事がよっぽど腹立たしかったのか昨日の夜からの騒動で疲れ切っているのかは分からないけれど、ヤマトはいつも以上に怒っている。

 僕はミミズくんを守らなければと秘かに思う。

 魔法で大穴を開けながら、後ろを塞ぎながら進んでいく。すると分かりやすい真っ直ぐな穴の道を見つけた。

 穴に向かって呼びかけると、しばらくしてノウミが出てくる。


「ミミズ?」

 ノウミが首を傾げる。

「お前もな」

 間の抜けた発言で丁度いい具合に怒りを削られたヤマトが言う。ノウミは飛び上がって驚く。そして気が付かずに進んでいたと呟いた。

「僕はアメノだよ。それからヤマト」

「あぁ」


 そうか、と言いながら体をくねらせ丸め、自分を観察している。

「ミミズ見なかった?」

 僕が聞くと、ノウミは無い手の代わりに下半身で穴の奥を指す。

「奥から擦り切れた笛のような悲鳴が聞こえた」

「白狐か。それは後回しだ。ミミズはどこだ?」

 ヤマトが聞く。なかなかに根深いらしい。

「ここにいるが?」


 ノウミの返答に思わず笑ってしまう。それに対して「よし」とヤマトは言って、魔力をこねくり回し始める。

 毒気のない様子で始めるのでただ傍観していると、あっという間に大きな魔力の塊が練り上がる。


「消し飛ばしてやる」


 ブワッと紫の光が広がり前後左右、上下にも広い空間ができた。ボトボトと落ちる僕たちと、その他に三匹のミミズ。

「見つけたぁ!」

「ヤマト……」

 本当にミミズなのかと疑う勢いで飛び出して行くヤマト。怒られる覚えがあって小さくなる三匹。傍観してしまった事を後悔する僕とノウミ。

 その頭上でミシミシと嫌な音がした。頭の上の土がパラパラと落ちてくる。

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