海豚の着物――拾壱

 国兵は今にも落ちそうにぶら下がっている扉をバキッと壊して入って来る。

「皆さんご無事、という訳にはいかないようですね。順番に話を聞かせて下さい。今回の天災に巻き込まれたのは何名ですか?」

 国兵は額の汗を拭きながら聞いた。質問には僕が答える。


「中年の猫の尾の男女が二人、若い狐の尾の男女が二人と僕たち三人です」

「なるほど、七人ですね。で、そちらの仏さんは話の中年の猫さん二人でよろしいですか? 見たところ獣病のようですが」

 国兵は手帳に筆を走らせながら言う。

「そのようですね。狐の彼氏さんはそちらで気を失っていますよ」

「そうですか。どうもどうも」

 国兵は狐男が生きているのを確認してから僕たちに向き直る。

 外では別の国兵が野次馬の立ち入りを止めているので、珈琲店の店長すら中に入って来られない。表情を変えずに国兵が言う。


「それで、殺したのは誰ですか?」

「猫の男性が猫の女性を食い殺しました。今回の天災では知らない場所に飛ばされたのですけれど、暴れた男性の首に巨大な氷柱が落ちて亡くなりました」

 僕は嘘を吐いた。その時の罪悪感の薄さに、罪悪感を抱く。

「なるほど。そうですか。氷柱ねぇ。ではもう一人の狐の女性はどちらでしょうか?」

「はぐれてしまって、行方不明です」

「行方不明者が一人と……」

 淡々と、眉一つ動かさずに必要事項を聞いているだけの国兵が逆に恐ろしかった。


「もう少しよろしいでしょうか?」

「どうぞ」

 ヤマトとノウミも並んで立つけれど口は挟まない。

「天災の内容は飛ばされたのだと聞きましたが、ではなぜ店内がこのような状態なのでしょうか?」

「あぁ。虫は三匹いましたので。何がどうなったという事は分かりませんが」

「十分です」


 国兵は返り血で真っ赤に染まった僕を見ている。何も言わずに舐めるように見てから、手帳に何事かを書き記す。

「今回は災難でございました。もしかするとお呼び立てする事があるかもしれませんが、その時はまたご協力をお願いいたします」

「もちろんです」

 国兵が帰ると、床の砂に足を取られながら店長が飛び込んで来た。そのまま僕たちに頭を下げる。

 この人にも僕とヤマトが知り合いだという事は言っていない。


「天災ですからお気になさらないで下さい。では失礼いたします」

 ヤマトに目配せをして、僕とノウミは店を出る。

 店の床を元に戻せなかった事が心残りだけれど、折を見て戻す事にしようと思う。

 外に出ると、気を失った狐男が病院に運ばれていく所だった。猫たちの死体も病院が引き取るようで、大きな木桶に詰めている。

 僕は気になって野次馬の話に耳を傾けた。


「また獣病ですって。怖いわねぇ。自分があんな姿になってしまったらと思うと、夜も眠れないわよ」

「私もよ。でも原因、何も分かってないそうよ?」

「しっかりして欲しいわよねぇ。ところでアナタ、この前の薬草どうだった?」

「あぁ、あれ? やっぱりダメよ。効かないわ」

「そう……どうして薬って効かないのかしらね?」

「本当よね。お医者様にはもっと頑張ってもらわなくちゃ。いつかよく効く薬が出てくるといいんだけど」


 話に口を挟めない僕は、早く何とかしなければと心に決めて灯屋に帰る。

 人ごみを抜けると、商品の腰巻を海豚に取られて追いかける鰐の尾のお爺さん店主を見かけた。

 それはたわわに実る稲穂のような色をした、美しい布だ。


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