夢の袖――陸

 角と角の間をどうにかすり抜けたところでボロボロの服を見つけた。子供の服だ。服にも辺りにも血の一滴すら付いてない。肉片なんて見当たらない。

 僕は注意深く探す。

 すると、プルプルと震える小枝のような角を見つけた。


「大丈夫だよ。出ておいで」

 僕は柔らかい声で呼びかけるけれど、一向に出てくる気配がない。

 仕方がないので魔法で無理やり岩陰から引っ張り出すと、小さな兎の魔物だった。

 額から真っ直ぐに伸びる白い角と、硝子のように透き通る四肢の爪。

 岩を食らうはずのその口は、今はガタガタと震えている。

「可哀そうにね、ここの魔力のせいだ。でも僕は人間。君は魔物なんだよ。かつて魔物は人間の敵だったんだ」

 魔物が縋るように僕を見る。

 そして一粒、涙を溢した。


「自分に何が起きたのか、自分が何者なのかを知りたかったら灯屋へおいで」

 そう言って放してやると、魔物の子はピュウと走り去る。

「今は本当の事を何もかも話す時間がないんだよ。ごめんね。また今度」

 改めて奥へ進もうと角に手を突くと、それがグインと伸びた。あわせて鉱山が底から揺れるような振動を感じる。

 それだけでなく、空気がピリピリと電気を帯びる。


 辺りを警戒していると、地中に気配があった。

 間一髪で避けると僕の足元、魔物の子の涙の跡から唐突に巨大な青虫が飛び出した。その巨大さは想像通りで、それが牙をむいて鳴き叫ぶ。


『ゆるさない! ゆるさない!』


 誰にも聞こえない。

 人間にしか聞こえない虫の声だ。

「なんだ? どうして急に怒り出したんだ?」

 聞こえているはずの僕の声は届いていないようで、虫は壁を壊して暴れる。

 僕が魔法を使えない尾人だったら一たまりも無かっただろう。

 灯り石の原石で鈍く輝く鉱山の壁に穴を開け、すごい速さで虫は進む。その後ろにメキメキと角が生えていく。


 命が危ういという感覚を味わうのはいつ以来だろうか。

 僕は全身に魔力を纏わせ、鎧の代わりにしてから追いかける。

 空を飛ぶ魔法、角を砕く魔法、降る岩を避ける魔法とありとあらゆる魔法を立て続けに使ってもここの魔力が無くなる事はない。

 やはりあの青虫が魔力を寄せ集めているようだ。

 充満する魔力が青虫の爆発する感情に晒され、まるで炭酸の海を泳いでいるようだ。こんなに濃い魔力を味わうのは初めてだった。

 すると、弾ける泡の一粒一粒に言葉が聞こえた。

 僕は追うのを諦めて炭酸の海に身を委ねてみる。

 青虫の記憶に耳を澄ませる。

 炭酸の海に見え始めたのは、やはり戦場だった。



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