チャッピー

「ねぇ茜、美味しいって評判のケーキバイキングの予約してるんだけど、一緒に行かない?」

「ホント? でもなぁ……あたし今月ピンチなんだよねぇ」

「良いわよ、私が誘ったんだから、支払いは私がするのら……じゃなかった、私に任せて」

「何よその語尾、アニメ声だからすっごく似合ってるわよ」


 クスクスと笑う茜と、ケーキバイキングに茜を誘うのは犬塚詩織、通称チャッピーである。

 大学でも、その可愛らしい声と苗字のせいでペットのようなあだ名を付けられてしまったのだ。

 まぁ、実はチャッピー本人もそのあだ名が気に入っているのだけど。


「どうしたのよ、何かアルバイトを始めたとは聞いたけどさぁ」

 いつも金欠だと言っていたチャッピーだが、今日は財布の中に何万もの大金を持っていた。

 3日ほど前にバイトの面接を受けて、研修が1時間、今日が初めての出勤日だったはずなのだが……

「まさか、イヤらしい仕事を始めたんじゃないでしょうね?」

「そんなことしてないよーだ。

 フルダイブ型の新しいゲーム機で遊んでいただけだよー」


 それだけで何万もの大金を得るなんてことは通常考えられない。

 何度も問い詰めてみるが、詳しいことは外部の人には言えないのだと言ってはぐらかすチャッピー。

 お皿の上にはチョコレート系のケーキを3つばかり。

 オレンジなどの柑橘系と合わせたケーキは絶品だったし、ケーキバイキングには珍しく果汁搾りたてのジュースなんかも提供してくれる、ちょっとお高いお店だった。


「どうしよっかなぁ~、喋ったことをバレたら怒られちゃうんだよねぇ」

「言わないっ、ぜっっったいに言わないからっ!!」

 そこまでせがまれて、黙っていられるチャッピーではない。

 さすがに人の多い店内では喋れないから……と、今度はショートケーキをパクリ。

 クリームの甘さが控えめで、少しだけ洋酒の利かせたアンビベが大人の味を演出している。


 ついつい食べ過ぎだと思いながらも、今度はあまり食べたことのないカヌレを取っていた。

「じゃあ今からカラオケ行こーよ。

 あそこなら個室だしさぁ」

「いいねっ。よーし、あっちの世界で鍛えた歌声、披露しちゃうんだからぁ」


 朝6時までのフリータイム。

 普段なら1時間だけ歌って帰るのだけど、週末で割高でもお構いなし。

 なんていっても、チャッピーは現実に戻るまでの間、何か月もゲーム世界で過ごしてきたのだ。

 明日には再びゲームの世界に入り、出てくるのには再び数か月を要するのだろう。

 そう思ったチャッピーには、多少の散財はむしろ当然のことだったのだ。


「実はね、私のバイトしているゲームって、人殺しをするゲームなのよ……」

「えっ? それってゲームの中の話よね?」

「普通はそう思うじゃない?

 なんだか面接でも色々な誓約書とか書かされたし、プレイヤーに言っちゃいけない言葉なんかもすっごく叩き込まれたんだから。

 研修が1時間って、ゲーム世界じゃ何か月もかかるのよ……」


 時間の流れが現実とは全く違うゲーム世界、デイズフロント-オンライン。

 茜は、聞いてはいけなかったのだ。

 このゲームが政府が秘密裏に進めている『パラサイトコントロール』だということを。


 被対象者は色々な呼び名があるが、特にニートというのがわかりやすいだろう。

 その辺りを喋り始めたところで、ボックスの中にある受話器がけたたましく鳴り出した。

「はい、どうしました?」

 料理の注文などしてはいないし、時間はフリータイム。

 大騒ぎしていたわけじゃないから、怒られるはずもない。


「えぇ、実は……」


 …………。


 モニターの前に座る男が二人、睡眠時間が足りていないのか、淹れたてのコーヒーを片手に大あくびをしている。

「ふぁぁぁ……」

「先輩、少し横になったほうが良いんじゃないですか?」

「あぁ、そうさせてもらおうかな……」

「それにしてもチャッピーさん、来ないですねぇ」

「そりゃあ一日で10万も貰えるんだ。

 中にはそれで満足する者もいるだろうし、俺だったらまた数か月のゲーム内生活は嫌だからな……」

「そう……ですかねぇ?

 なんだかずいぶんと楽しそうだなって思ったんですけどねぇ……」


 チャッピーが来ないことを残念そうにする男と、眠気に抗えずに横になる男。

 チャッピーとその友人の茜が、すでにゲームの中にいることを、二人は知りはしないのだった。

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