Responsorium 2
鋭い薙刀の突きはハルカの長剣を徐々に押し下げていく。フミコは的確に素早く薙刀を操り、一糸の綻びすら見えないほどに隙がない。ハルカの斬り込みは全て軽くいなされ、返した薙ぎをぎりぎりでかわしていく。
たん。
ハルカの僅かな剣撃の隙間から、フミコの薙刀が差し入れられ、左肩を僅かに掠めた。茶色の鱗はばっさりと剥がれ、裸の肩に血が滲む。
「貴方は、アヤノにはなれない!」
力を徐々に失っていく剣を容赦なく振り払いながらフミコは叫んだ。彼女の首もとは黒い鱗に覆われつつあった。
「それは貴女も同じです。ヒトになれないのは誰だって同じです!」
ハルカは薙刀をかわしながら、空に飛び上がる。フミコの追撃を払いのけ、渾身の突きを避けられてもなお食らいつく。
フミコは恐怖を覚えた。
ハルカに備わる得体の知れない強さそのものと、彼女は今対峙している。圧倒的な体力と耐久力が備わっていても、その差を理解しながら、自分の身体がいかに傷つこうとも臆することなく攻撃を止めない狂気じみた信念が怖いのだ。
フミコの僅かな隙をハルカは見逃さなかった。その長い剣が確実に右肩を捉える。
しかし、肩先の鱗は既に硬化しており、ハルカの力では鱗に傷をつけるだけだった。
「なぜ! アヤノはもういないのに! どうしてなおも彼女に固執するの!」
フミコの言葉が乱れ、薙刀も明らかに冷静さと正確さを欠き始めた。しかし、それでもハルカは彼女に傷をつけることができなかった。身体能力に大きく差ができているので、切り込む前に逃げられる。
「違う! アヤノは、まだ僕の中で生きている! 竜を殺せと命じてくる!」
「それが貴方の殺意の源だというの! 貴方の狂気だとでもいうの!」
「狂気などという生易しいものじゃない! これは呪いだ! 僕を縛る呪いなんだ!」
フミコの薙刀は冷静さを欠けば欠くほど、その膂力は強くなっていった。
「貴女に僕の呪いは解けない! 解けるはずもない!」
振り下ろされる一撃をまともに受けた剣が弾かれ、ハルカの右の太股から大量の鱗が舞った。数メートルほど吹き飛ばされ地面に叩きつけられたハルカは小さく声を漏らす。
余裕を完全に失ったフミコの表情で、一瞬だけ確かな殺意が揺らいだ。
「いやだ……死にたくない! まだ死にたくない!」
明らかに様子のおかしいフミコを見上げ、ハルカはようやく異変に気づく。
フミコの身体は既にほとんどを漆黒の鱗に覆われ、
ばりばり。
彼女の全身をあっという間に真っ黒な鱗が覆い、躯は何倍もの大きさに膨れ上がった。
ハルカは思わず息をのんだ。
一方でハルカは四肢の半分に大きな傷がつき、そこから鮮血が流れ出ている。けれども闇のように深い双眸は、確固たる戦意と意思に満ちあふれていた。
「介錯させていただきます。フミコさん」
ハルカは長剣を深く構え、咆哮をあげるフミコにその剣先を向けた。再び空中に身を投げ出し、爪の間をすり抜け、その胸元に飛び込む。
余りにも大きな躯になってしまったフミコはドームにすっぽりと収まってしまい、ハルカの剣を避けることができない。剣は渾身の力でフミコの胸元に深々と刺さった。
フミコの咆哮でびりびりと剣が震える。その震えた腕に身体の重みをかけて、ハルカは大きく切り下げた。
躯から吹き出る体液を避けて上空に逃げる。底から十メートルほど上にある、換気孔の入り口に着地して初めて息が乱れきっていることに気づいてハルカはせき込んだ。
漆黒の竜は、ハルカを見上げ、満足そうに翼を閉じると、その躯を横たえることすらできずにゆっくりと内壁に寄りかかって、息を引き取った。
ハルカは剣を見つめる。ところどころに刃こぼれがあり、根もとは今にも折れそうになりながらも、長剣は鈍く輝きを保っていた。
甲高い、咆哮が聞こえる。
換気孔の向こうから、聞き慣れた宿敵の声を聞いたハルカは、その先を睨みつけた。
「零式」が
今や、そのドラゴンを倒せる者は自分しかいない。
ハルカの根拠のない確信が、換気孔の奥へと彼女を導いた。
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