Ⅴ Responsorium

Responsorium 1

 東西連絡孔トウキョウ・ラインについているはずの常時灯が全て消えていて、ハルカは連絡鉄道が機能していないことに気づき、先ほどエレナが「中央東京詰所セントラル・トウキョウ・ステーションが陥落した」と言っていたことを思い出した。

 そうか、既にホウリュウ大佐は攻撃を開始していて、彼らはこちらへ戻ってくる途中なのだと確信した。気がつけば、ハルカは翼をはためかせ低空飛行で東西連絡孔トウキョウ・ラインを駆け抜けていた。

 気温が徐々に上がり熱気を感じる中で、この先には炎上した中央東京詰所セントラル・トウキョウ・ステーションの存在を強く意識させた。連絡孔が急に広がり、半径五十メートルほど、高さ三十メートルほどの小さなドーム状の空間が現れた。連絡孔の中継地点で、ここから空気やエネルギー、そして鉄道まであらゆるものの入れ替えを担当している部分だ。

「コギソさん……」

 紅色に明るく、めらめらと炎がうごめいている反対側のすぐ近くで、守衛の制服を着た大男を抱きしめているコギソ・フミコが、ハルカの声に気がついて視線を向ける。

 ばたり。

 ハルカが話そうと思っていた守衛長は、フミコが手を離すとあっさりと倒れ込んで、動かなくなってしまっていた。

「ハルカ……」

 フミコの薙刀は紅く染まっている。彼女の斑のない紫色の瞳から輝きは既に消えており、抑え込まれている涙は溢れそうになりながらも、未だに頬を伝うことを許されていない。

 ハルカはゆっくりと周囲を見回した。絶命した数人の「V」が横たわっている。全て、首や胸に深い切り傷があった。フミコの手で殺されたことを示す、何よりの証拠だった。

「どうして……」

 ハルカは、ただそれを口にするのが精一杯だった。

「私たちは、もう人間ではない。人間に協力する理由なんて、何ひとつない」

 フミコは核心の部分をあえて避けているように見えた。

「確かに、わたし——僕も、人間に協力する理由はありません。けれど、どうしてわざわざ大佐と、第二部隊の人たちを殺したのですか」

「ハルカ。——私たちは、本来存在してはいけないモノなのよ。教授せんせいは人間を滅ぼすつもりで、滅びる方が美しいと信じて『零式レイシキ』を、そして私とアヤノを作り上げた。あのメッセージを読んで、貴方はどう思った?」

「僕とコギソさんだけが、唯一『零式それ』を倒し得るのだと、そう理解しました。そして、アヤノの無念を果たすためには、倒すしかないと確信しました」

「……そう」

「愛するヒトの為に生きるのがヒトではないのですか? 僕はともかく——コギソさんは少なくとも、今までヒトとして生きられたのではないのですか?」

 フミコは、その言葉に悲しげに微笑んだ。

「……貴方の言うことも、間違ってはいないと思うわ。それに、貴方も私と同じように、ひとつの愛の形を貫いているという意味では、ヒトに近いのかもしれない。けれど、私は——この人を止められなかった」

 それは、自嘲するようだった。

「そう、止められなかった。レイは、『零式』に対抗しない人間を排除するために、中央東京詰所セントラル・トウキョウ・ステーションを破壊した。もう誰かの謀略で、『零式』に潰されたくないから。私たち第二部隊はその為に作られ、訓練を積んできた。だから、詰所ステーション自体は簡単に制圧できた。けれど……あの人は、中央東京詰所セントラル・トウキョウ・ステーションの全てを破壊した」

 ハルカは愕然とした。ホウリュウ大佐がそこまで憎しみを積み重ねていたことに、全く気がつかなかったのだ。気が付かないようにのだ。

「憎しみは新たな憎しみを生む。であれば、ここで全て潰してしまった方がいい。彼は冷静な顔でそう言った。——だから私も答えを出した。——それが、私の背負うべき罪と、下されるべき罰」

 フミコはそう言って、薙刀を構えた。

「私は——このまま人間と『V』を、全て滅ぼす」

 決意と怒りに震える彼女の姿を、ハルカは初めて見た。

「人間はもう、滅びるしかない。生きながらえることは出来ず、ドラゴンを撲滅できないまま死んでいく。だから、せめて、苦しまないように、醜い最期を迎えないように、私が滅ぼす。そう、決めたの」

 フミコの胸元から首にかけて、漆黒の鱗が覆っている。

 それが、彼女の決意の決め手になったのだとハルカは悟った。

「ヒトとして残された時間は少ないけれど、私は全力で、ヒトであるうちに人間を滅ぼしたいの。——恐らく、貴方は邪魔をするでしょうけれど」

「ええ、僕は貴女を止めなければならない。——いや、殺さなくてはならない」

 ハルカは尾から静かに剣を抜いた。その切っ先は、フミコの胸に向けられる。

「人間が滅びる滅びないは、僕もどうでもいい。けれど、人間を滅ぼす存在となった貴女は、人間に仇なす限り……アヤノにとって、そしてそれは、ドラゴンと同じです。——コギソ・フミコ曹長、討伐させていただきます」

 ハルカの剣とフミコの薙刀は互いに異様な光を放ち交錯する。

 そして、二つの影は瞬時に接近し、衝突した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る