Communio 4
目の前で戦っていた「V」が力尽き、トウキョウの大地に墜落していった。
シバタ・アカネ二等兵はドラゴンの体液で黒く染まった
第三部隊の面々で生き残っているのは、隊長のエレナ・ペトローヴナ曹長と自分、そしてあとどれだけいるのか、もうわからなくなってしまっていた。
しかし、彼女はここで他の大勢の「V」と同じように力尽きることは出来なかった。
第四部隊や第五部隊に配属され、満足に戦うこともできずに身体を引き裂かれたり、無理な
アカネはこの
「アカネ!」
声をかけてきたのは、第四部隊長を務めるキクチ・サキ軍曹だった。
「サキさん」
サキとアカネは、同じ養護院出身である。とは言っても、それを知ったのは、アカネが「V」となってからだった。アカネが両親に捨てられた時にはもう、サキは「V」の適性試験を受けていて、養護院を出ていた。けれど、サキのおかげでアカネは適性試験を受けられた。つまり、サキはアカネにとって大切な先輩だった。
「大丈夫か?」
「サキさんこそ、無理してないですか?」
「はは、大丈夫。新人に心配されるほどじゃないよ」
「あっ……ごめんなさい」
アカネは不躾な言葉を謝った。部隊長とはいえ、討伐を主任務とはしない第四部隊に配属されているサキは、適合率にやや難があり、それを戦闘に活かせなかった。対して、アカネはそれなりに高い適合率を示し、こうしてギリギリではあるが第三部隊に配属されている。配属された夜、サキはアカネに訓練を挑んだが、すぐに負けてしまったことに驚いた。
「いいんだ。君は恵まれているんだから」
サキの両腕を覆う橙色の鱗はところどころが剝がれており、そこから濃い紅色の血がしたたり落ちている。一方アカネの両腕は、まだ少女のようなきめ細かい人間の肌の色をしていて、その上を薄い膜のような透明な鱗が覆っていた。
「その身体でよく、ここまで戦えるものだよ。サエグサ曹長とオノ軍曹、そして君は、私たちの希望の光だ」
「そんな……」
サキの
「サキさん」
「守るぞ。ここは、私たちの故郷だろ」
「はい!」
ふたりを見つけて飛びかかってくるドラゴンに、サキは槍を突きつける。怯んだ
その咆哮で敵の所在を確認したのだろう、ふたりをめがけて矢継ぎ早にドラゴンが突進を仕掛けてくる。
「くっ!」
サキに怯えの表情が走る。
「サキさん」
襲い掛かるドラゴンを冷静に受け流しながら、アカネはサキに近寄る。
「ふっ……サエグサ曹長にも怒られるわけだ」
どの道逃げ場など、残されていない。
なら、いっそ——
「サキさんは下がって、第四部隊と第五部隊の戦えなさそうな人を助けてください。私はここでまだ、戦えます」
アカネの声に、サキはぞくりとした。自分の考えを見透かされているような気がした。
「だが、私は——」
「ダメですよ、そう簡単に死のうとしたら」
その柔らかな微笑みが、サキの予想通りだったことを知らせた。
「サキさんは私にこの道を切り開いてくれた恩人なんですから。そう簡単に死なせやしませんし、死んでもらっては困ります」
「でも、部隊長とはいえ、私は君のようには戦えないぞ」
「それはさっきの槍の構えを見ればわかりますよ。でも、第四部隊のみなさんよりは、サキさんのほうがまだ、戦えますよ。だって、まだ逃げられるんですから」
向かってきた
「逃げられないヒトたちを、私は救いたいんです。それは、サエグサ曹長やオノ軍曹にはできないことだから」
サエグサ・ハルカ曹長を探しに出ていった部隊長の必死な顔を、アカネは初めて見た。おびえている顔や怒っている顔はよく目にしていたが、「V」を探すのに、あれほどまでに真剣な表情をしている彼女を見て、アカネは事態の深刻さと、エレナにとって彼女がどういう存在だったのかを思い知ったのだ。
「そうかもしれない。よし、頑張るよ、アカネ」
「私も、絶対に生き延びますから、死なないでくださいね」
「ああ」
長さ百五十センチほどの槍をくたびれた橙色の両腕でしっかりと握りしめ、サキは
黒く汚れた
「アカネ!」
闇が迫る空で、アカネは黄金色に光りながら近づいてくる、待ち望んでいた部隊長を見つけた。
「隊長!」
エレナに追いつこうと数匹のドラゴンが彼女を追いかけているが、追いつくことすらできていない。仮に追いつけたとしても
その手間をかけさせないように、アカネは群がるドラゴンを素早く斬り墜とした。
つい先日自分の部隊に入ったばかりの「V」とは思えない芸当を見せられ、エレナは言葉——例えば、「
「隊長! サエグサ曹長は?」
「ホウリュウ大佐に指示を仰いでもらうように伝えたわ」
エレナの脳裏に、コギソ・フミコ曹長とホウリュウ守衛長の顔がよぎった。
彼女の任務は、サエグサ曹長を見つけることだけではなかった。それに、その任務が終わったとしても、彼女はまだそれからやらなくてはならないことが残っていた。
目の前の新人を巻き込ませてよいものか。
しかし、その逡巡とは裏腹に、エレナの決断は固まっていた。
「あのね、アカネ、お願いがあるの」
そして、彼女は、その願いをアカネに託すことに決めたのだ。
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