Communio 2

 ハルカは剣を抜く。

 葬るしかなかった。

 自分の手で、自分の剣だけで、彼女を葬るしかなかったのだ。

 「零式」と僅かに睨み合い、ハルカの剣が彼女へと向いた。


 ぎん。


 鋭い金属音とともに、巨大なまさかりが白銀の鱗に突き刺さっている。急降下して重さを極めたミツキの渾身の一撃は、鱗に僅かな傷をつけ、「零式」の意識をハルカから逸らした。

 「零式」は首をぶるり、とふるわせた。まさかりは抜け落ち、ミツキはそれを拾い上げ、再び彼女に向かっていく。

 空の女王は悠然と構え、鋭い爪を振り乱して迎え撃つ。

 ミツキのまさかりが真っ二つに裂けるが、彼女は気にすることなく突進し、「零式」の目を殴りつけた。

 ハルカは我に返る。

 余りにもミツキの戦いぶりが立派すぎて、四半世紀ほど前の記憶に重ねてしまっていた。

 「零式」は明らかにうろたえたようだった。彼女は躯を翻し、北へ逃げていく。

 ハルカはその様子を呆然と見ていた。そして、見ていることしかできなかったことにようやく気づいた。

 ミツキはその瞬間を見逃さなかった。彼女は威嚇するような声をあげると、ハルカに向かって猛烈な勢いで飛び込んだ。

 ハルカに強い衝撃が走る。ばりばり、と腕の鱗が何枚も弾け飛んだ。剣こそ辛うじて落とさなかったが、対竜装フォースはひどく歪み、今にも壊れそうだった。

 ハルカにとって、目の前の竜はコウサキ・アヤノのように見えた。「零式」の前でただ何もできず、セリナを喪ったことを罰するような、咎める視線を向け、ミツキは重たい躯をうねらせ、ハルカに再度突進を仕掛ける。


「ウラァ!」


 突然だった。

 灰色の巨大な頭に、ハルカの見慣れた鎚矛メイスが打ち込まれ、黄金色の腕がハルカの視界に映り込む。

 「怪力のモーシュナヤエレナ」の磨き抜かれた一撃が、ミツキの頭に大きな窪みを作った。

 形勢が逆転し、不利だと悟ったのか、ミツキは躯を急降下させ、雲影に消えていった。

「ようやく見つけた!」

 エレナ・ペトローヴナは、少し憔悴した様子でハルカに呼びかけた。

「オノは?」

 辺りを見回して、必ずハルカの近くにいるはずの彼女がいないというだけのことだったので、エレナはその言葉に重さを込めたわけではなかったが、ハルカがすぐに答えないのと、生気を喪ったその表情で、それが間違った認識であったことを悟った。

「どうして、エレナさんがここに?」

 エレナの表情の重たさを振り払うように、ハルカは言葉をほうり投げる。

「そうだった! 緊急事態よ!」

 エレナの緊迫した表情が大げさすぎて、ハルカはそれがどこか遠くの出来事のように感じた。

「——中央東京詰所セントラル・トウキョウ・ステーションが陥落した」

「えっ?」

「あんたが出て行った後、ドラコンの大群が現れて、同時に中央東京詰所セントラル・トウキョウ・ステーションが大爆発を起こして崩落したのよ。その原因を探るためと、住民の救出のために第二部隊が向かって、第三部隊も東東京詰所イースト・トウキョウ・ステーションに流れてきた奴らを捌くので精一杯! 帰ってきた第一部隊に聞いたら、ここら辺にいるって聞いたからあたし一人で駆けつけたわけ。どうなってるのか聞きたいのはこっちの方!」

 ハルカはエレナにどう説明すればいいのか、少しだけ考えて、自分とセリナが「零式」に遭遇して戦っている中でセリナが命を落とし、ミツキが竜化トランスして暴走したせいで戦わざるを得なかった、と説明した。

「じゃあ、『罪竜グリェシュニク』は逃げたってこと?」

「そう。追いかけようとしたらミツキに捕まって……」

「困ったわね……第一部隊の戦力が大幅に減ったじゃない」

 エレナは露骨にため息をつくと、

「まあ、いいわ。全部あたしがぶっ潰せばいいだけだし」

 と言って、黄金色の鱗で固められた腕で、詰所ステーションへ向かうように促した。

 太陽の光が反射して、エレナは黄金色に光り輝く流れ星のように、鮮やかに天空を横切っていく。全力を出しても全く追いつけないほどのその飛翔速度が、詰所ステーションの危機を物語っていることにハルカは気づいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る