Sanctus 6

「隊長!」

 部隊のひとりが、ハルカの背後を指さした。

「ドラゴンの群です!」

 ハルカはその方向に目を凝らす。確かに、かなり遠く——おそらく、十キロ以上はあるだろう——に、ドラゴンの大群を認めた。

 おかしい。「零式」は単独アローンのはずではなかったのか。

「あの距離だと、最大でも竜段レベル5くらいかしら」

 急いでやってきたコギソ・フミコ曹長が、合同部隊を引き連れながらそう言った。

「私たちで十分だと思わない?」

 「零式」ではない。

 暗に彼女はそう示した。実際、白銀に輝く鱗と、規格外に大きい躯は、どれだけ離れていてもすぐに見分けがつく。他の追随を許さないからだ。

「では、コギソ曹長に部隊を一任します」

「数がちょっと多いから、エレナも連れて行っていいかしら?」

 近づいてくるエレナ達を指さし、フミコは言った。

 確かに、第二部隊は人数が最も少ない。しかし、エレナ、さらにそれに追従する第三部隊を加えてしまうと、「零式」と遭遇した際に不安が残る。彼女たちが戻ってくるまで持ちこたえられないかもしれない。第四部隊と第五部隊は、部隊として形成されてはいるが、支援が中心のため、実戦を多く経験しているわけではない。「零式」どころか、おそらく竜段レベル5でも単独では対処できないだろう。

 ハルカはたった一瞬でこれだけのことを思考した上で、

「本人がよければ、それでいいと思います」

 と答えた。「零式」に対する執着が強いのはエレナも同じことだからだ。

「ありがとう」

 フミコは飛んできたエレナに駆け寄り、ドラゴンの群を指さすと、まっすぐに向かっていった。

「すぐにぶっ飛ばしてくるから、待ってなさい」

 エレナはハルカにそう呼びかけて、フミコの後に続いた。その後ろを、第二部隊と第三部隊が続々と続いていく。二つの部隊の定員は十五。第三部隊は先日の偵察で二人失っているので、合計は十三人。

 これでも少ないくらいなのか。

 奥に広がる大きな群を見て、ハルカは自分の感覚が少し狂っていたことに気づいた。

「大丈夫かな、コギソさんたち」

 隣で、セリナは心配そうに向かっていく彼女たちを見ながらつぶやく。

「さすがに無傷という訳にはいかないだろうけれど、コギソさんとエレナたちだけで十分だと思う」

 ハルカは冷静にそう言って、周囲を見回す。見回した中に、不自然にぎらりと光る何かを見つけた。目を凝らすと、フミコたちが向かった方と百二十度ほどずれた場所に、それはあった。

 ハルカはその光に記憶があった。

 対竜装フォースから生えた尾から身の丈よりも長い剣を抜き、決して大きくない翼で空を駆けようとしたところで、我に返り剣を振って残った者たちを注目させた。

「第一および第四部隊はわたしについてきて。第五部隊はここで待機。第二および第三部隊が帰還した際に九時の方向へ向かうように伝えてください。わたしたちはこれから、『零式』と交戦します」

 場にどよめきが走った。

「第五部隊、了解しました」

 第五部隊長のミズタニ・ナナ軍曹は、震える手でハルカに了承の敬礼を返した。

「畏れながら、第四部隊長としてサエグサ曹長にお尋ねしたいのですが」

 同じく震える手で、キクチ・サキ軍曹はくすんだ橙色の鱗に覆われた細い手を挙げる。

「何でしょうか」

 戦歴はもとより、下手をすれば実年齢でもハルカの半分程度の彼女は、明らかに「零式」に怯えている。

 そうか。

 ハルカはあることに気づいた。第四部隊や第五部隊に配属された若手は、東京詰所トウキョウ・ステーションの崩壊を幼少時に経験し、そこから「V」になった者たちばかりだ。つまり、生まれながらの者はほとんどいないのである。生まれながら「V」になっていれば、高い身体能力を得ることができ、第三部隊より上に簡単に入ることができるからだ。

「私たちは、曹長ほどの力を持ち合わせておりません。半人前チェラヴィエクだらけの、数だけ揃えた寄せ集めの部隊で、戦力にはならないと思います。——それでもなお、第一部隊を追従しろと、そうおっしゃるのでしょうか」

 まだ、成長しきっていない、あどけない少女の姿をしたサキをみつめるハルカ。彼女の瞳も、ハルカと同じ漆黒だった。

 彼女たちは、息をすることすら必死なのだ。

「キクチ軍曹。言いたいことはわかります。確かに、竜段レベル7の敵にあなたがたが戦力になるとは思っていません。ですので、わたしが第四部隊のみなさんにお願いすることは二つだけです——」

 ハルカは、闇の深淵のようなその瞳をしっかりと見据えた。

「——『零式レイシキ』、皆さんの家族を奪った仇の姿を、よく目に焼き付けること。そして——絶対に生きて帰還すること」

「——それすら、約束できないほど、私たちが弱かったら?」

 サキの瞳は濁ることなく、ハルカをしっかりと見つめ返していた。

東東京詰所イースト・トウキョウ・ステーションが滅びるだけです。どちらにせよ、わたしたちに逃げ場はありません」

 ハルカのすぐ隣で、セリナはいい知れない恐怖を感じた。先ほど感じた予感と地続きになって、それは彼女の脳裏で存在感を強めていく。

{さて、君は僕を超えられるのかな? 超えられるよね?}

 オリガの試すような顔が浮かんで消えた。

 逃げ場はない。

 言葉にすれば身も蓋もない現状を指示しているだけであるが、セリナにとっては、ハルカが放ったその言葉の意味はとても重かった。

 同じではないにしろ、同じようなことをサキも感じたのだろうか。彼女も黙ったまま、その目を伏せた。

「話はそれだけでしょうか」

「はい」

「——では、向かいましょう」

 ハルカはそう言って会話を切ると、今度こそ、自らの限界に迫る速度で空を駆けた。第一部隊の者たちはおろか、今まで一度もハルカに後れをとらなかったセリナですらその軌跡を追うのに必死になるほど、ハルカは一直線に、最速で最短の道を突き進んでいく。

 弾丸そのものだ。

 あっという間に不審物との距離を詰めていくハルカに、セリナは率直にそう思った。神風カミカゼの名の示す通り、ハルカはまさにドラゴンを殺戮する白銀の弾丸シルバー・バレットなのだ。それは本人の望みであり、セリナのそれとは大きく異なる。

 だからこそ。

 守らなきゃ。

 その想いがセリナを加速させた。

「少しは話を聞いて欲しいけど」

 ぼそりとつぶやいたその言葉を聞き取る者は、誰もいない。

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