Kyrie 11

 ほどなくして、エレナとフミコは訓練場へと続く古びた連絡坑を渡っていた。

「私と訓練しても、つまらないんじゃない? 相性も悪いし」

 フミコは後ろをついて行くエレナにそう問いかけたが、返事はかえってこない。

「オリガとすればいいのに。あなたの隊の副長だし、その……仲がいいのでしょう?」

 第三部隊の副長、オリガ・イワノーヴナ軍曹は、エレナと同じでモスクワ詰所ステーションから流れてきた、同郷の「V」である。同時に、だれもが口にしないけれど彼女たちはいわゆる恋愛関係にあることをだいたいの「V」は知っている。

「でも……オリガは私と戦ってくれないから」

 なるほど。そうかもしれない。

 姉様シィストラを傷つけるなんて……。

 みたいな、そういう妙な拘りがありそうだ、とフミコは思った。

「そう……やっぱり私しかいないということ」

 「怪力のモーシュナヤエレナ」の中身がこれほど弱く、情けないとは誰も思うまい。しかし、戦士として強いということは、同時に、人間としては弱い。彼女たちには、どこかしらそういった面があった。そして、コギソ・フミコは人間としては比較的強いほうだ、と自分では思っている。少なくとも、目の前の恵まれた身体を持つ少女よりは。

 がらんとした空洞に、柔らかな月の光が降り注いでいる。無数の鉄骨とコンクリートが彼女たちの行く手を阻んだが、対竜装フォースと共に生えた翼を使って軽々と飛び越えていく。

 しばらく行くと、瓦礫の山の中に、ぽっかりと円形に空いた空間があった。二人はそこにゆっくりと降り立った。生えてきた尾から各々の武器を取り出し、お互いに向き合う。

 エレナは得物の鎚矛メイスを地面から引きずりあげ、その棘球部をフミコに向けた。フミコは冷静に薙刀を横に持ち、刃のある左手を上方に引き上げる。

 数回、呼吸の音がわずかに聞こえた後、エレナが駆け出し、一気に距離を詰めフミコに迫った。先手を打った渾身の突きはものの見事に空を切り、フミコの背後にあったコンクリートを派手に破壊し吹き飛ばした。

 空中に身を投げ上空をとったフミコは、攻撃の余波で飛んできたコンクリートを器用に両足で受け止め、エレナへ蹴り落としていく。かつて途方もない重さの土の圧力に耐え、住民を守り続けてきた分厚いコンクリートは、二メートルに迫る長さの、鋼鉄以上の硬度を持つ鎚矛メイスのひと薙ぎで礫岩のようにあっさりと砕かれていく。

 エレナは空中に飛び上がった。フミコが蹴った最後のコンクリートの端から、錆びた鉄のワイヤが飛び出している。

 めざとく見つけたエレナは、鉄筋コンクリートを強打した。鉄筋コンクリート片は猛烈な速度でフミコへと向かっていく。

 がしゃん。

 コンクリートに巻き込まれ、フミコは姿を消した。

 しまった、とエレナは焦る。瓦礫に隠れながら死角から仕掛ける隙を作ってしまった。

 コンクリートが落下した方向に鎚矛メイスを振り回し、自壊と破壊を繰り返して積もっていった瓦礫を次々と粉砕していく。


 がらがら。


 近くに瓦礫が落ちている音を聞いて、エレナはフミコが空中にいると悟った。

 すぐに飛び上がると、上方から崩落してきた瓦礫に紛れているフミコが視界に入る。

「見つけた!」

 猛スピードで空中を一直線に駆け距離を詰めるエレナ。

 それでもフミコは全く焦らずに、瓦礫を蹴って紛れながらエレナに向けて巨大なコンクリート片を蹴り落とし続けた。


 また隠れられる。

 すでに、フミコの戦い方はよく知っていた。しかし、このままではコンクリートに衝突して訓練どころではない。

「はっ!」

 彼女は鎚矛メイスでコンクリートを粉砕するしかなかった。

 その裏に隠れていたフミコは、瞬時に瓦礫の破片を蹴り上げエレナの視界を遮った隙に、真横に回り込んだ。

 回り込んだことはわかっている。あとは、攻撃の瞬間を見計らって、カウンターを打ち込むだけだ。

 鎚矛メイスを持つ左手の反対側から、その隙を狙って飛び込み、横一文字に薙刀を振るうであろうことは簡単に予想がつく。

 今度こそ、勝ってみせる!

 フミコの薙刀が届く前に、エレナに不敵な笑みが浮かんだ。

「ウラァ!」

 エレナは空中で全身を翻し、振り下ろした鎚矛メイスの勢いをそのままに、下からフミコを捉え、全力で彼女を砕こうとした。

 これで、エレナは初めてフミコに勝ったはずだった。

 だが。

「っ?」

 フミコの対竜装フォースを確実に砕くと思われたその一撃は、ひゅん、とむなしい音を立てて空を切った。

 一瞬、何が起こったのかわからなかった。

 驚いたエレナは、首元に覚えのある冷たさを感じて愕然とした。

「勝負、ついたわね」

 彼女の喉元に薙刀を突きつけながら、フミコは努めて柔らかい声でそう言った。


「もう一回!」

「やめておきなさい。あなた、私に勝ったことないじゃない」

 極めて冷静に、努めて優しく、フミコは諭した。

「十分な休養をとらないと、守れるものも守れなくなるわ。あなたも、部隊長なのだから」

 フミコの言葉に、エレナはゆっくりと頷くしかなかった。

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