Kyrie 8

 起床の鐘が鳴った。

 鋼で造られた二段ベッドから、ふたりは身体を起こした。

 上にいるオノ・セリナ軍曹は、大きくのびをした。下のサエグサ・ハルカ曹長は、目をぱちりと開き、周囲を見回して寝床を片づけた。

「急がないと」

「わかってるって」

「わかってるだけじゃダメだから」

「はいはい」

 ふたりは自然と駆け足になる。各部隊の隊長と副長が緊急召集され、作戦司令室へと参集指令がかかっている。

 同じ速度のはずなのに、ハルカの足も息も全く乱れていないのに対し、セリナの足はほんの少しふらついている。どれだけ努力をしても、空を飛ぶようにはいかない。

 生まれつきこうだったら、まだ楽だったろうな。

 セリナはふと、余計なことを考えた。

 「V」となる人間は、そのほとんどが、生まれながらにしてそうなる運命にあった者である。彼女らは、人の形をとどめていないうちに母親の胎内から取り出され、ドラゴンの遺伝子を添加される。そして人工扶育器で育てられ、人間で言うと十四歳程度の発育段階で「V」として配属される。数日前にハルカたちが面倒を見たのも、その新兵たちであった。染色体上の都合で、彼女らは全員女性の姿形をしている。しかし、ハルカやセリナのように、もとは住民として生活していたものの、志願して「V」に配属される者もわずかながらいるので、全員が生物的に女性というわけでもない。

 生まれながらにして竜の遺伝子を埋め込まれた彼女たちの運動能力は総じて高い。元より軍人であったハルカはともかく、単なる公共施設の一職員でしかなかったセリナにとっては、訓練で彼女たちに駆け足で追いつくのもやっとで、唯一彼女らに卓越した部分が、飛行能力であったのだ。

 螺旋階段を駆け下り、分厚い隔壁に埋め込まれた鋼鉄の扉をいくつも開けて、ようやく最下層の作戦司令室へ入った。

「あら、思ったより遅いじゃない」

 すでに参集している守衛とともに司令室に入った二人を出迎えたのは、第二部隊長を務めるコギソ・フミコ曹長だった。

「コギソさんこそ、珍しいですね」

「そう、珍しいこともあるものよ、生きてさえいればね」

 夜明けの空にも似た、青紫色に染まった長い髪は、後ろでゆるく束ねられており、漆黒の大人びた鱗に覆われた細長い脚をそろえて自席についたフミコは、東東京詰所イースト・トウキョウ・ステーションに配属された、現存する「V」の中で唯一、部隊結成前から「V」として前線に出ていた最古参である。この詰所ステーションでの志願者第一号と第二号であるハルカとセリナにとって、上官以外に先輩と呼べる存在は彼女だけだった。

「ハルカ、怪我の調子はどう?」

 前髪を耳にかけながら、フミコはハルカを見つめる。「V」の戦士たちの中で目を引くような華やかな化粧をする者はまれなので、目元を彩る赤みがかったアイシャドウが気になり、セリナは思わず彼女を見つめた。

「血は止まりました」

 反面、ハルカは淡々としている。

「そう。鱗は、まだなのね」

「ええ。所詮、半端者ですから」

 ハルカがためらいもなくそう口にすると、フミコの目尻がつりあがった。泣きぼくろがほんの少し、小さくなる。

「——それは、ここでは言わない方がいいわよ」

「……失礼しました」

 ハルカは思わず頭を下げる。それで謝罪の意思を示しているのだと、小さい頃からずっと聞いていたセリナくらいしか、その意味がわかる者はいない。

「言いたくなる気持ちは、わかるけれど」

 そこまで言ったところで、別の隊長や副長がぞろぞろと慌ただしく入ってきたので、二人は自然と口を噤んだ。

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