第二話 アステリオスⅠ(15)

 施設を出た史人は、駐車場に停めたセダンに乗った。

 エンジンをかけ、車を発進させる。

 演習場の脇を通り、見晴台の方へ走らせると、脇道を見つけ、そっちへハンドルを切った。

 アスファルトの道でないため、ガタガタと揺れ、ハンドルから手がすっぽ抜けそうになる。

 そうしてハンドル操作と格闘していると、田崎の言う死体が捨てられているという場所に辿り着いた。

 少し開けた場所。

 車を停め、エンジンを切って降りる。

 掘り起こされた跡がある土。

 放り投げられたシャベル。

 掘り起こされた土は、明らかに盛り上がっている。

 それは、この下に、土以外の何かがあるから。

 史人はシャベルを拾うと、柔らくなった土を掘り返した。

 掘って、掘って、掘り続ける。

 途中で死体袋に当たったら危ないと気づき、横に薙ぐようにして土を払っていった。

 そうして土をどけていくと、土で汚れた死体袋が顔を見せた。

 シャベルを穴の外側に放り投げ、ここからは手で払っていく。

 服の袖や裾が土で汚れるが、まったく眼中になかった。

 そうして最初に見つけた死体袋の紐をほどき、中を確認した。

「――ッ!」

 だが、相馬和弘ではなかった。

 最終試験で亡くなった、唯一の少女。

 顔は真っ白で、それだけでもう、死んでいることが如実に伝わってきた。

 心の中で謝りながら、袋の縛りを戻す。

 死体袋をひっぱり、端に移動させると、その下に別の死体袋が出てきた。

 その場で縛りをほどき、中を確認する。

 今度は当たりだった。

 顔を露にした相馬和弘の顔色は、さっきの少女と違い、蒼白だったが、死んで血流を失った人のそれとは違い、まだ色が残っていた。

 史人は、相馬和弘がまだ生きていると信じ、死体袋を掴んで後ろに下がるようにして引っ張った。

 そのまま掘り起こしてできた斜面をのぼり、硬い地面まで移動させた。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 一段落したところで、史人は地面に座り込み、息を切らした。

 だが、休んでいる暇などない。

 疲れた体に鞭打ち、立ち上がらせる。

 そして、シャベルを拾い、掘り起こした土を戻していった。

 この場所を見つけたときの光景を思い出し、それになるべく近づける。

 そうしている間、遺体の顔を見た少女に心の中で謝りながら、土をかけていく。

 いつか、この場所を明らかにして、ちゃんと供養する。

(だから、今はまだ……)

 土を戻し終えた史人は、シャベルを元の位置に戻し、手の土を払った。

 車に戻って後部座席のドアを開け、相馬和弘を包んだ麻袋をそのままに車まで引っ張る。

 彼には悪いが、意識のない人間を運ぶなら、このまま麻袋に包まれたままの方が楽だ。

 それに、もし不意に見られたとしても、麻袋ならば通報もされないだろう。

 後部座席になんとか乗せると、シートベルトで固定させ、ブレーキを踏んだ時に足下に落ちないようにする。

「耐えてくれよ」

 死ぬな、と念じながら、史人はエンジンをかけ、山を降りるのだった。


            ※


 史人が去ったあとの施設本部の一室にて――


「見せてもらったよ」

「いかかですか?」

「実に素晴らしい。最終試験で半数を失ったのは痛いが、それを補うだけの価値はあった」

「しかし、思った以上に後遺症が残りました。そこは、カウンセリングで緩和させていきます」

「最終試験の内容を訊いたときはまさにアステリオスの暗殺者になるべく必要な通過儀礼と思っていたが、最後の最後であれをさせるとは、キミは恐ろしい」

「いえ。すべての血肉を取り入れることで、アステリオスの暗殺者は完成するのですよ。パートナーとして、命を預けるに足る相手を殺すことであらゆる状況に対応できるようになり、さらにその相手の名を名乗らせることで、感情を完全に排除することができるのです」

「この計画に投資した甲斐があるというものだ。私も鼻が高い」

「この度は感謝しています」

「そして投資には見返りが必要だ」

「分かっています。システムが完成し、彼らを日常に戻した後に……」

「楽しみだよ」

「では、私はこれで。まだまだ作業が残っていますので」

「ああ。ぜひそうしたまえ」

 田崎が席を立ち、部屋を出て行く。

 その田崎と話していた男は、ひとりになった空間で、改めてそれを見やった。

 ローテーブルに置かれた、最終試験に残った十二人の個人資料。

 その中でも、パートナーとなっていた二人の資料を手に取って見やる。

『相馬和弘』

『加納亮介』

「特に、彼は最高傑作だな」

 最終試験で、まっさきに動き、試験を突破した青年。

 三ヶ月の間、常に行動を共にし、血の繋がりに起因しない確固たる絆を築き上げたパートナーである相手を、何のためらいもなく刺した。

 そして、刺した後も、まったく動じず、むしろ結果を待つように平然としていた。

 他の者は、動揺していた。

 誰もが、大小なり心に傷を残した。

 だが、彼だけは違う。

 男から見れば、合格者は彼ただ一人。

 莫大な予算を費やして創り上げた暗殺者は六人だが、もはや男にとっては、彼ひとりを生み出すために投資したといっても過言ではない。

 大量の砂から篩にかけて見つけた砂金――その中に混じっていた、たった一粒のプラチナのようなもの。

「クク……」

 思わず笑いが漏れ、男は資料をテーブルに投げた。

 十二人の資料。

 そのうちの六人の顔写真には、『死亡』の印が捺されていた。

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