第二話 アステリオスⅠ(14)

 個室を出て、洗面所で口をゆすぎ、顔を洗う。

 気分は最悪で、顔色は見るまでもなく悪いのが分かる。

 だが、これは自業自得であり、むしろ受け止めなければならない事実なのだ。

 せめて、彼の最後を見届けなければ。

 そう思うと、ふらりと体を揺らしながら、史人は施設を出た。

 演習場に向かうも、最終試験は終わっていた。

 地面で横になっている、六人の少年少女たち。

 少年が五人に、少女がひとり。

 あまりに凄惨な場面に、目を逸らしたくなる。

 だが、これは罪に対する罰なのだと言い聞かせ、史人はむしろ目に焼き付けるようにそれらに目を向けた。

 少女は横たわり、腹部を真っ赤にしていた。

 地面に広がる血は、粘性があるせいか、土に染みこむことなく血だまりをつくっていた。

 その隣で倒れる少年は、仰向けになり、体じゅうを滅多刺しにされていた。

 仰向けになっているために表情が見えたが、まるで恐怖を貼りつけたかのようなその表情に、滅多刺しにされた体よりもそっちが印象に残ってしまっていた。

 もうひとりは、首を斬られ、そのせいで首が通常では曲がらない方へ曲がっていた。

 四人目の少年は、体じゅうに切り傷を負っており、心臓が真っ赤になっていることから、最後にはそこを刺されたのだろう。

 少し離れたところに、五人目の少年の死体が転がっていた。

 その少年は、額に黒い穴があいており、そこから血を流していた。

 ナイフによる殺し合いで、なぜ銃で撃たれたのかは分からないが、もしかしたら逃げ出そうとしたのかもしれない。

 それか抗ったのか。

 だが、ナイフで銃に勝てるはずもなく、反逆と見なされて撃たれたのかもしれない。

 すべては憶測で、見届けることをしなかった自分には、知る由もない。

 そして、最後のひとり。

 相馬和弘が、横たわったまま――死んでいた。

 こっちに顔を向けているが、その半開きになった瞼から覗き見る瞳は、しかし焦点が定まらず、空ろだった。

(すまない……)

 やるせなく、自分自身に対する憤りに怒りが込み上げてくる。

 だが、すべては終わってしまったことで、どうすることもできない。

 そうして史人が悔やんでいる間に、迷彩服を着た男たちが、六人の遺体となった少年少女たちに近づいて行った。

 何をする気なのかと思ったが、その手に持っているもので分かった。

 それは袋だった。

 そう――死体袋だ。

 見た目から麻製だろうその袋を遺体の横に置き、二人がかりで遺体をのせ、包み、同じ麻製の紐で縛る。

 そして、頭と足の部分に持ち手がついている部分を掴み、そのまま二人でひとりの死体袋を運んでいった。

 相馬和弘もまた、二人の男に仰向けにされ、持ちあげられる。

 そして死体袋の上に乗せられると、

「おい、こいつ死んでないぞ」

 その言葉に、史人はハッとした。

「構わないだろう。このまま包めば」

「いいのか? 報告しなくても」

 史人は死んでいないという言葉に、助けたい一心で駆け出そうとした。

「どうせ、埋めれば死ぬ。報告したところで、息の根を止めろと言われるだけだ。どのみち、こいつは死ぬ」

「そうだな。俺たちにやれと言われても嫌だしな」

「俺たちは気づかなかった。それだけだ」

 助けを求めるように伸びた手が、死体袋からはみ出る。

 だが、その手を、男たちは邪魔だと言わんばかりに死体袋に戻し、そのまま包み、縛り上げた。

 それを、史人は見ていることしかできなかった。

 その場で彼を助けたとしても、二人が言っていた通り、確実に息の根を止められてしまうのがオチだ。

 だったら、

(待っててくれ。必ず助け出すから)

 賭けに出るしかない。

 勝率は限りなく低い。

 だが、その選択肢しか、彼を生かす方法がないのだ。

 見方によっては、見殺しにしたと思われるかもしれない。

 助けたとしても、その後のことなんて何も考えていない。

 それでもやるしかない。

 覚悟を決めた史人は、そのまま運び出される死体袋に背を向け、施設へと戻った。


「どこに行っていた?」

 部屋に入ると、IAT所長の田崎が執務机に資料を広げていた。

 それには目もくれず、史人は演じることに徹した。

「トイレにこもっていました」

「情けないな」

「あなたは気にも留めないんですか?」

「あれが現実だ。試験に合格した六人は、アステリオスの暗殺者として、これから人を殺していく。テロリストのような銃を持った相手じゃない。一般市民をだ。これは、そのための言わば、通過儀礼のようなものなのだよ」

 史人には目もくれず、視線の先は手に持った資料の紙。

「あなたは知っていたんですね」

「当然だ。所長として、この計画だけでなく、Lシステムの完成が円滑に進むよう見届ける必要があるからな。アステリオス計画は終わった。あとはお前次第だ。まさか、あれを見て、後悔しているわけじゃないよな?」

 紙を持つ手を下げ、そのふたつの目を史人に向けてくる。

「いえ、トイレで吐いたのは、単純に気持ち悪くなっただけです。システムは予定通りに完成させます。でもその前に、ひとつだけやりたいことがあります」

「なんだ?」

「この計画の礎になった死んだ人たちへの手向けがしたい」

 少し訝しむような田崎の目。

 それに動じることなく、史人は心から悲観しているように見せた。

「死体なら、演習場の先にある見晴台にいく途中の脇道に入った先に捨ててある」

「……そうですか」

 捨てたという言葉に怒りが湧き上がるも、ここで田崎を殴ったとしてもメリットはない。

 ただ自分の気持ちがすっきりするだけで、それは彼のためにならない。

「私はそのまま帰らせてもらいます」

「ああ。ひと月後には、SIAのメインフレームへの導入作業に入る。必ず完成させろ。それができなければ、IATは最悪の場合、解体されるかもしれん」

「分かりました」

 一秒でも同じ空間にいたくなくて、史人はすぐに部屋を出た。

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