第一話 アリアドネ(19)

 狙いを定めて撃たれるよりも早くオートマチックの間合いの内側に入り込んだ和弘は、両手で空木の手首を掴んだ。

 パンパン、と二発が発砲され、和弘のすぐ横を通り過ぎる。

 和弘は自身を中心に体を回し、空木の腕を巻き込むようにして引っ張り、地面へと投げ飛ばした。

 空木が地面を転がり、勢いを止める。

 和弘は、銃口を向けようとする空木の手ごとオートマチックを踏み潰すと、手から離れたそれをすぐに蹴飛ばした。

 武器を失った空木が意識を切り替え、オートマチックを蹴ったためにできた和弘の隙を突き、軸足にしがみついた。

 強制的に膝を曲げられた和弘が地面に膝をつく。

 空木はその隙に距離をとり、体勢を立て直さんとばかりに素早く立ち上がった。

 和弘もすぐに立ち上がる。

 そして、二人は睨み合った。

 お互いの間に言葉はなく、ただそれさえも隙が生じる要因と考え、ただ状況の流れを感じ取ろうとしていた。

 まるで一分も二分も睨み合っていた気がする。

 だが、それは気がしただけで、実際にはほんの数秒にも満たないものだった。

 先手は和弘。

 横薙ぎからの右拳。

 防がれ、右拳のカウンターを顔に喰らう。

 だが、ひるむことなく、今度は左拳を繰り出した。

 空木が伏せ、和弘の拳が頭上を通過する。

 大振りになったその隙に、空木が拳を和弘の左脇にめり込ませた。

 そこから伏せていた体を起こす勢いで空木がもう一度右拳を、今度は和弘の顔にめがけ繰り出してくる。

 和弘はそれを両腕で防ぐが、防御した腕を捉まれ、引っ張られるように引き寄せられ、腹部に膝蹴りを喰らった。

 咄嗟に腹筋に力を入れて筋肉を固くし、さらには腰を捻って鳩尾へのダメージを最小にする。

 腕が解放され、和弘はすぐに反撃とばかり右拳を繰り出すも、空木が横へ体をスライド、そして和弘の繰り出した右腕の手首と肩をそれぞれの手で掴むと、そこから和弘を伏せさせるように下へと押し、膝をついた和弘の右太股を踏みつける勢いで蹴った。

 腕を捉まれた状態ではダメージを流すことができず、まともに受けてしまう。

 地面に倒れた和弘は、接近する空木に向かって、低空からのタックルをかました。

 それを受け止めようとする空木だったが、勢いを受けきれず後方に押され、車の側面に背中をぶつけた。

 軽く息を切らす和弘に、車から背中を離した空木は再び接近、右拳を繰り出す。

 和弘はそれを避け、すかさず繰り出された左拳もまたかわすと、空木へと当身を喰らわせる勢いで踏み込んだ。

 体と体とがぶつかり合い、空木が再び車に叩きつけられる。

 しかも当たり所が悪く、サイドミラーに顔をぶつけた空木は頬を手で押さえていた。

 その指と指との間から覗く空木の目。

 機械的で無機質だったその目に――瞳に、小さな火が灯るのを和弘は見た。

「うおおおおおおっ!」

 ずっと口を閉ざしていた空木が雄たけびを上げ、タックルをかましてくる。

 その動きは恐ろしく速く、和弘は反応することができなかった。

 お互いの服を掴みながら、互い違いに地面に背中をぶつけては転がっていく。

 先に起き上がった和弘が膝立ちになり、うつ伏せになる空木の背中に肘を喰らわせ、さらには脇腹に膝蹴りを叩きつけた。

「うっ!」

 攻撃を喰らう度に空木が呻き声を上げる。

 地面に仰向けになった空木に跨り、容赦なく顔面に拳を打ち込ませた。

 空木の顔を殴るたびに自らの拳もまたその反動を受け、振り下ろす勢いが落ちる。

 その腕をここぞとばかりに空木に絡め取られ、顔を引き寄せられる。

 そこに空木の右脚が和弘の顔の前に差し込まれると、勢いよく地面に背中から叩つけられた。

 頭を打ち、視界がぶれる。

 その隙に今度は空木に跨られると、お返しとばかりに顔面を何度も殴られた。

 腕を差し入れ、何度か防ぐが、すぐに腕が痺れ、言うことを訊かなくなっていく。

 だが、殴る方も体力を消耗する。

 空木の頭が垂れる。

 ここだ――と和弘は両手を伸ばして空木の服の襟首を掴むと、思いっきり引き寄せた。

 そして、タイミングを合わせて顔を上げると、その額に頭突きをかました。

「ぐあっ!」

 空木が下がり、圧迫されていた腹部が解放される。

 上体を起こすことができるようになった和弘は、起き上がりざまに空木の体に右ストレートを打ち込んだ。

 空木が後方へたたらを踏むようにして下がりながらも、それを発見すると、地面に手を伸ばし、手放させたオートマチックを拾った。

 同時に和弘もまた、近くにあった日下部の手から落とされたオートマチックを見つけて拾っていた。

 だが、狙いを定めるのは空木の方が速かった。

 その表情が、勝利を確信した笑みを浮かべる。

 そして、和弘に向かってトリガーを引いたと同時、横から衝突してきた車によって、空木が視界から消えるように真横へ吹っ飛ばされたのだった。

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