狂気を取り戻した男

 バトラーの能力は身体強化だと思われていたが、それはたゆまぬ鍛錬と、肉体改造によるものである。この日、この無理な作戦を立てた、冷静さを失っていた主のために、彼は責任を肩代わりした。


 強く、クイーンが壁を叩く。錠剤を飲み込ませたつもりだったが、それはブラフだった。見事に踊らされてしまったが、それはまだ良い。

 問題はレッドの行動だ。事前に知っていなければ、あの小さな錠剤を飲み込まず、相手へ戻すことなどはできない。裏切りがあったことは明確だった。


「ブラッド!」


 切る予定の無かった切り札を切らされたクイーンは激高する。あの錠剤が効かないことは考えてい たが、自分が呑まされることは想定していなかった。

 今すぐにでもブラッドを殺そうと考えていたが……なぜかブラッドは、とてもとても楽しそうに笑っていた。


「なにを笑っている!」

「いや、そうか。そうだったんだな。あぁ、俺様が間違っていた。素直に認めるぜ。アッシュロードは殺せるんだなぁ」


 画面に映っているのは、倒れている皆月と、灰化の止まったレッドの姿だ。

 ブラッドは、それを食い入るように見ていた。


「バトラーが犠牲になったのだぞ! なぜ、他の備えを動かさなかった!」

「そんなもの、全部エレキングが潰しちまったよ」

「……なに? やつは殺したのではなかったのか?」


 ぐるりと、ブラッドが顔を向ける。

 普段のどこかやる気の無い顔とは違い、狂気を感じる表情を浮かべていた。


「まさか、我々を――」

「やれよぉ」


 言い切るよりも早く許可が出され、ミネルバの首が落ちる。

 彼らの間には協定がある。こんなことをすればどうなるか。ブラッドが分かっていないはずもなく、クイーンの思考が停止した。


 狙ったかのように、床から鉄槍が無数に現れ、クイーンの体を貫き固定する。

 本来、こんなものでクイーンの力は固定できない。だから、その仕掛けに気付いたクイーンは恐怖した。


「わ、妾の体に何を流している!」

「金属だよぉ。体の中まで固められちまったら、さすがに死ぬだろ? いや、死なないかな? まぁ、それならそれでいいよなぁ」

「やめろ……やめてくれ!」


 いつの間にか現れていた、金と銀の髪色をしたオッドアイの女が首を小さく横に振る。エクスタシーの幹部、トワイライトだ。

 調整が済んだ彼女は、ただブラッドの指示に従い、薬を飲み下す。心の中にあるのは、グリーンと皆月への復讐だけだった。


 そして、体の中から金属付けにされたクイーンの声が止む。今、三大派閥の内二つのトップが死んだ。

 クイーンの血液と、ミネルバの血液を採取したブラッドは、油断することなく命じる。


「後始末は頼んだぜぇ。細かく刻んで、さらに金属で固めろ。それから、海に捨てちまえ。海溝に沈めれば、二度と蘇ることはねぇ」


 ブラッドが立ち去ろうとするのを見て、トワイライトが聞く。


「どこへ行くの?」

「なにをするの?」

「ラボのデータがほしい。あの吸収能力を使えば、こいつらの力も使えるようになる。……そうなれば、オレ様が世界最強だ」


 お前には、そのための実験体になってもらう。とは言わず、ブラッドは部屋を出て行く。

 トワイライトは言われた通りに後始末を行う。今回の作戦の関係者で生き残っているものを、全て殺し、壁や地面に埋めてしまう。

 そして数時間後、彼女もこの町を後にした。


 狂気を取り戻したブラッドがアンダーへ戻ったのは、レッドたちがアンダーを訪れる数日前のことだった。

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マーダー×マーダー 黒井へいほ @heiho

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