6-5 世界で二番目に強いマーダー

 異能殺人対策課の本部が建てられている場所には、昔は城が建っていた。

 焼け落ち、城跡しか残っていなかったことになっているが、それは正しくない。本部を建てる際に見つかった隠し通路などがあり、手を入れ流用されていた。


 この隠し通路は、大雨などの際に、水を逃がす目的で使われたいたようだ。今でもその機能は完全には失われておらず、広い通路の床には水が僅かに流れていた。

 ピチャピチャと音を立てる道よりも大きなカチャカチャという音を立てながら進むのは、ホーリーセイバーの分隊である。彼らの目的は、マーダー・マーダーの確保と、アッシュロードの殺害にあった。


 アッシュロードの力が制限されていることは有名な話だ。

 今ならば、彼の天敵と呼ばれている彼女を使えば殺せると、ホーリーセイバーの王であるミネルバは判断していた。


 数百の騎士たちの中央を進む、白いローブを着た女性のマーダー名は”ガブリエル”。ホーリーセイバーの幹部にして、四大天使と呼ばれる最高位の実力者だ。

 ガブリエルの能力は水。過去、アッシュロードと戦った際も、邪魔・・さえ無ければ勝利していたという噂があった。


「……よくもまぁ、こちらの流した情報かもしれないと疑わずに来られるものですね」


 まだ離れた位置で監視カメラの映像を見ながら、上杉は呆れ顔を見せる。

 彼は協力者の情報を得て、逆手に取ろうと敢えて地下通路の情報を流し、彼女たちを誘導していた、

 地上ではすでに戦闘が始まっている。ドローンの映像を見る限り、皆月とサラマンダーが戦っているようだ。


「二人で戦うよう言ったのに……。まぁ、この戦いで皆月さんを成長させたら、レッドを助けられるかもしれないとでも考えているんでしょう」


 それがどれほどの奇跡かは分からないが、もしそうなればどれほどいいか。

 上杉もそう願っているからこそ、戦闘へ参加しないグリーンへ指示を送るようなことはしなかった。


 外の映像から、別の映像へ切り替える。同時に、大きな音が地下に響いた。どうやら侵入者たちは、上杉の予定通りにセンサーへ引っかかり、トラップで吹き飛んだようだ。

 ガブリエルたちは、是が非でもこの地下通路を抜けたいと思っているが、上杉としては、逃走経路の一つでしかない。邪魔者を排除できるのであれば、潰しても良いと思っていた。


 次々と爆発音が響く。すでにカメラの映像は乱れ切っており、ほとんどその意味を成さなくなっていた。

 だからそのたびに、まだ無事なカメラへと切り替える。すると驚くことに、ガブリエルたちは吹き飛んだ仲間たちを放置し、無事な者たちで前進を続けていた。


「相変わらず性格が悪い。自分が一番前を歩けば、犠牲者など一人も出ないでしょうに」


 上杉の予定通りであり、最初から分かっていたことでもあったが、ガブリエルの性格の悪さにはあまり良い気分がしなかった。

 通り抜けた後の地下通路は崩れ落ちている。今いるところと先だけは、彼女が力を使い、崩落を防いでいた。


 しかし、その力で仲間を守ろうとは思わない。

 いや、そもそもガブリエルは、彼らを仲間だと認識していなかった。


 トラップとは、想定外な場所に仕掛けてあり、だからこそ大きな効果を発揮する。気付かれていれば、解除されてしまうので意味が無い。


 だからガブリエルは、万が一にもその意外性で自分がかすり傷一つ負わないために、騎士たちを犠牲にする。どうせ彼らは、アッシュロードの元へ辿り着けば用が無い。そこまで、どれだけガブリエルの負担を減らせるかが大事だった。


「ガブリエル様に祝福を! ミネルバ様に祝福を! ホーリーセイバーに栄光あれ!」


 騎士たちは自分たちの役割を理解し、恐れることなく進んでいく。

 その気持ち悪さに少々呆れながら、上杉は用意してあったロケットランチャーを構えた。


 もうすぐ、一団は最後の曲がり角を抜ける。

 その先頭を捉えた瞬間、トリガーを引いた。


 激しい音が響く。だが上杉は気にすることもなく使い終わったロケットランチャーを捨て、次のロケットランチャーを用意して放つ。

 そこになんの感情も無い。機械のように、事前に予約されているルーチンをこなしているだけだ。


 しかし、数発でロケットランチャーは品切れとなる。通路に傷が無いことから、壁をガブリエルが守っているのだろう。騎士だけが犠牲となっていた。

 上杉は少し下がり、台の上に乗せられていた重機関銃を撃ち始める。この通路を攻め込まれたときの、最終防衛に使用されるものだった。


 騎士たちもマーダーだ。しかし、重機関銃の弾を、この狭い限定された空間で防げるようなマーダーはごく一部しかいない。そして、そんな貴重なマーダーたちは、当たり前だが戦闘を歩かされており、油断したままセンサーに引っかかって、すでに亡き者となっていた。

 時折、重機関銃は点検が行われている。弾も大量に用意されており、長い時間使用できるように備えられていた。


 前時代的な装備、鎧というものを容易く貫き、騎士たちを肉片へ変える。悲鳴と銃声、複数の音は、周囲へ歪なアンサンブルを響き渡らせていた。

 だがこの不協和音は、短時間で終わりを迎える。気付けば、悲鳴と着弾音が消えていた。


 悲鳴が消えた理由は想像に容易い。あの死を恐れぬ狂信者たちの全員が、声を発せぬ肉塊に変わったからだ。

 では、着弾音が聞こえぬ理由は? そちらも考えるまでも無いだろう。肉壁がいなくなり、彼女自身が動き出しただけの話だ。


 道は薄暗い。すでに明かりの大多数は壊れており、上杉の近くにだけ光が灯っていた。

 最早、重機関銃に意味は無い。上杉は道の中央へ移動し、背負っていたアサルトライフルを構える。銃身の下にはグレネードランチャーが装着されていた。


 足元へ少しだけ違和感を覚える。僅かに意識を向けると、中央に薄っすらと流れていた水は、急に小さな波となって上杉の元まで届き、そのまま騎士たちの邪魔な遺体を闇の中へ引き連れ戻って行った。


 僅かながらに静寂が訪れる。だがその平穏を終わらせるべく、足音が聞こえ始めた。

 しかし、それをただ待つ理由は無い。まだ暗闇の中から姿が見えていない相手に対し、躊躇わずグレネードランチャーを発射した。


 ガブリエルは猫を追い払うように手を動かす。それへ応じたように現れた水球が、擲弾を優しく受け止めた。

 水球の中で爆発が起きる。だが、膜でも張られているのか。衝撃で伸び縮みはしたが、爆発は水球の中で納まった。


 闇の中から、光の中へ。

 姿を現したガブリエルは、優し気な笑みのまま言った。


「さようなら」


 遊びは終わりなのだろう。彼女は手を前に突き出し、後方から通路いっぱいの水が押し寄せる。

 ガブリエルはS気質だ。人の絶望する顔が好きで、それを見たいがために、あえて人へ優しくする。

 彼はどんな顔を見せてくれるのだろうか。

 上杉に対し、ガブリエルは歪な笑みを浮かべる。相手が死ぬときにだけ見せる、四大天使の名に似つかわしくない笑顔だ。


 だが上杉は特に慌てている様子もなく、いつの間にか持っていたスイッチを親指で押した。

 死の間際の悪あがき。もしくは、仲間への連絡。そんなところだろうと、ガブリエルは落胆した顔を見せる。


 たまに、こういう人間がいた。人のために生きることへ喜びを感じ、自分を犠牲にすることを厭わない人間だ。

 とてもつまらないと、ガブリエルは舌打ちをする。


 しかしその直後、彼女の後方へ分厚い隔壁が降りた。

 さすがに予想していなかったのだろう。本来は上杉を窒息させる予定だったが、能力は制御を失い、ただ彼の全身を濡らしただけだった。後方に隔壁が降りたお陰で、水量が減っていたことも幸いだったと言える。


 だが、こういう備えがあることも不思議では無い。すぐにガブリエルは冷静さを取り戻す。なんせ、後ろに分厚い壁の一枚や二枚あろうとも、本気で力を行使すれば破ることは難しくない。彼女には、それだけの実力があった。

 効果の薄い、些細な妨害だ。可愛らしいなと、彼女はクスリと笑う。


「……逃げるのなら、見逃してあげますよ?」


 もちろん、ガブリエルにそんな気は毛頭無い。だができ得ることならば、怯えて逃げまどってくれるほうが、彼女の好みに合ったシチュエーションだった。

 上杉は濡れた髪を掻き上げることもなく、彼女の言葉に希望を見出すこともせず、普段と同じように淡々と答えた。


「その隔壁を破るのにどれだけの時間がかかりますか? 五秒? それとも十秒?」

「はい?」


 逃げもせず、意味の分からない質問をしてくる上杉を見て、ガブリエルは眉を顰める。一目で分かるほどに、彼女は不機嫌であった。


 ――もういい。終わらせよう。


 面白みのない相手だったと、ガブリエルは指を鳴らす。

 途端、その場へ大量の水が出現し、地下通路を沈ませた。


 ガブリエルは周囲の酸素を泡の中へ封じ込め、自分の口元へ運ばせる。どれだけ強がっている相手でも、酸素不足に陥れば苦悶の表情を浮かべる。本来なら最後の楽しみ方だが、今は作戦中だ。時間も限られており、仕方ないと割り切っていた。


 音も、なにもない水の中。

 苦しみ悶え、吐き出したくない空気を吐き出し、喉を掻きむしる姿を見て満足しよう。


 そう思い、彼女は上杉へ目を向ける。

 瞬間、白い光がガブリエルの世界を包んだ。


 強制的に能力が解かれ、存在しない水たちは消え、世界は正しい姿を取り戻す。

 先ほどまでと違うのは、ガブリエルが地面で痙攣していることと……上杉の瞳が、金色に輝いていることだった。


「あっ!? おま、そ」


 舌先まで痺れているせいだろう。ガブリエルはまともな発生を行えず、たどたどしく言葉を紡ぐ。

 敢えて殺さぬように手加減をした上杉は、髪を掻き上げ、金色の瞳を見せつけながら話し始めた。


「大体、この状況をおかしいと思わなかったんですか? 元水路で、水が残っている。封じられているが、壊せば外から侵入できる。たった一人で待ち受けているやつがいる。後方に隔壁が降り、逃げるのには時間がかかる。……全て、あなたを誘き出すための情報で、仕留めるための状況作りじゃないですか」

「あ、あぁ、うぎっ!?」


 上杉は、彼女のことが気に入らなかった。敬愛すべきアッシュロードと互角だと謡っておきながら、状況が不利になるか、自分が出現すると逃げ出す小物。常に備えていることは当たり前だが、汚いとしか言えないやり口と、くだらない噂の広げ方が、ずっと気に入らなかった。


 だから、この状況を作った。よりガブリエルが戦いやすい状況にあり、トラフィックライトの最後の一人がアッシュロードの傍にいない。そんな、理想的な状況を。


 ガブリエルの腹を踏み潰し、金色の瞳を爛々と輝かせながら、上杉は言う。


「そろそろ痺れも少しは取れて来たでしょう。話せるんじゃないですか?」


 自分の能力だ。重々承知しており、相手の状態も把握している。

 置かれた状況を理解したのだろう。ガブリエルは目を見開き、震えながら言った。


「ま、待って。おねが、たすけ。……みか、味方なる! 私、つかぐべっ!?」


 蹴りを入れられ、鼻から血がダラダラと流れる。美しい顔は、鼻が曲がって歪んでいた。

 見逃してもらえるはずがない。だがそれでも見逃してもらわねばならない。彼女が生き残るには、それしかないのだから。


 体の自由が利かないように弱い電撃を流されており、能力の制御もままならない。

 ガブリエルに許されているのは、命乞いだけだった。


「お、お願いしまひゅ。許して、許してくだひゃい。必ず役に立ちます、えれきんぎゅしゃま」


 能力を使用しているときは瞳が金色に輝く。電撃を操る能力者。アッシュロードの右腕。

 とあるマーダーの能力によって姿を変じているが、その瞳を見ただけで、ほとんどのマーダーは逃げ出すだろう。


『決して敵を楽に殺しはしない』


 そんな、有名な逸話を持ち合わせている、ガブリエルの天敵。

 トラフィックライトの『エレキング』。

 世界で二番目・・・に強いマーダーの出現に、彼女の震えは大きくなり続けていた。


「どうです? 天敵として殺しに来たつもりが、天敵に殺される気持ちは」

「こ、ここここ殺されたと! エクスタシーのブラッドに――」

「――そういうことにしておかなければ、あなたは来なかったでしょう?」


 エレキングは笑みを浮かべ、ガブリエルは絶望する。最初から、全て仕組まれていた。自分を殺すために、この状況が作られていた。見逃してもらえることなどあり得ない。理解してしまった。


 血の気を失った表情を見て、エレキングは満足げに頷く。

 他人の絶望を楽しむ性悪が、絶望に沈んでいる。散々、手こずらせてくれたのだ。こういう顔で死んでもらいたかった。


 しかし、あまり時間が無い。腕時計で時間を確認して、残念に思う。

 そろそろレッドが地上へ上がっているはずで、自分もそこへ向かわなければならない。


 ……だから、遊ぶのは少しだけだ。

 強い電撃は、何度も流せば相手を簡単に死へ至らしめてしまう。だからこの数分を全力で楽しむために、エレキングは加減して能力を行使する。最後には殺すが、それまでにでき得る限りの苦痛を与え、さらなる絶望へ落とすために……。


 上杉はネクタイを締め直し、その場を後にする。

 顔にはいつもと変わらぬ人当たりの良い笑みを浮かべており、ガブリエルの遺体が無ければ、人を殺したと思えぬほどだった。

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