6-4 許せないもの

 皆月は怒りのままに駆け出そうとしたが、彼女と敵を阻むように氷壁が屹立する。

 キッと睨みつけるも、グリーンは平然としていた。


「邪魔しないでください!」

「少し落ち着きなよ。踊らされてるんだって」


 皆月はグリーンの言葉へ訝し気な顔を浮かべたが、苛立ちながらも話を聞けば、少しだけ冷静さも取り戻していた。

 まず、自分の能力のことである。マーダーの力を吸収し、還元しているという話だ。これに対しては、皆月に思うところはない。別に自分から無効化能力者と名乗ったわけでもなく、そうだろうと言われていたから信じていただけのことだ。


 次に、クイーンの目論見である。彼女の狙いが皆月なのは明白だ。ならば、なぜ襲撃をする必要があるのか?

 これも簡単なことで、皆月の成長を促していることと、行き場を失わせるためであった。

 自分がここに残れば、多くの人が犠牲になる。その事実を分からせれば、正義感の強い皆月は従うしかないだろう。だがなんの理由も無く、ただ従う者は少ない。最低条件として、皆月が逆らえないと思うだけの強さを見せつける必要があるとクイーンは考えていた。


 伝えるべきことを伝え終わった後、グリーンは踵を返す。


「じゃあ、行こうか」

「え? どこにです?」

「そりゃ、当初の予定通り逃げるんだよ。今の皆月ちゃんなら、もしかしたらどうにかできるかもしれない。後はレッドにも頼まれているし、それくらいは面倒を見るさ」


 先ほど、友達だと言われたことが尾を引いているのだろう。

 少し照れているのか、目を逸らしながらも、グリーンは彼女を助ける選択をした。


 しかし、皆月は悩む。

 グリーンの言うことは間違っていない。皆月の復讐は、想定とはかなり違ったが、すでに終わった話である。アンデットとなり自意識も奪われた哀れな存在を、まだサラマンダーだと認識するのであれば、また話は変わってくるが。


 そもそも、彼女たちの狙いは皆月だ。

 ここから離れれば、被害も減るだろう。


 ――だがそんな最善はクソ食らえだと、皆月は前を向いた。


「……なにしてるんだよ」

「第二ラウンドを始めます」

「だから、そんなことをしても意味が無いって言ってるんだ。今、ここで戦うことにどんな意義があるのさ」

「分かりません」


 はぁーっとグリーンは深く息を吐く。彼女の周りにも話を聞かない人が二人おり、いつも振り回されていたものだ。

 しかし、彼らは強い。己の我を通せるだけの実力を持ち合わせている。皆月にはまだ足りないものだ。


 確かに強くはなったが、一人であの化物と軍勢を同時に相手取れば、間違いなく彼女は負けるだろう。殺しはしないだろうが、両手両足くらいは失っても良いと考えているはずだ。なんせ、マーダーがなにかを失うことで強くなることは、多々あることで通説だった。


 こうなってしまえば、グリーンとしてもあまり気乗りがしないことではあるが、気絶させてでも引きずって行く必要がある。吸収という能力がどこまでやれるのかは分からないが、彼女しかレッドを救える可能性を秘めていない以上、仕方ないことだ。


 ――そういえば、本気でやるのは初めてだなぁ。


 今や彼女は、サラマンダーにすら勝てていたかもしれない可能性を秘めていた。手加減をするのも難しい。

 だがグリーンがその背に手を伸ばし、能力を発動させるのよりほんの少しだけ早く、皆月が振り返った。


「力を貸してください」


 なんの躊躇いも無く吐き出された言葉に、グリーンは驚き、不快感を覚え……なぜか少しだけ感動した。

 その目は、手伝ってくれると信じているわけではない。手伝ってほしいと、素直に感情を現し、真っ直ぐに向けられていた。


 グリーンは暗い空を仰いだ後、頭をガリガリと掻く。

 その間も、皆月は真っ直ぐにグリーンを見ていた。


 シュワァっと、炭酸が抜けるような音が皆月の後ろから聞こえる。グリーンが目を向けると、緑と青の混じった炎が氷壁を溶かしていた。


 普通は反射で後ろを向いてしまう。危機感を覚えれば、そうするのが自然だ。

 しかし、皆月はグリーンを見続けていた。後方でなにかあったとしても、彼女がどうにかしてくれる。そう信じ切っていた。


 考えている間にも、腐れ落ちながらも再生を繰り返しているサラマンダーが、氷を完全に砕く。

 すでに目玉など残っていないが、目のようにも見える黒い眼窩の主は、声なき雄叫びを上げながら変色した爪を、皆月へ伸ばした。


 だが、届くことは無い。

 地面から伸びた無数の氷柱が、その腕へ刺さっていた。


「……ボクは、皆月ちゃんに力を借りたい。なら、皆月ちゃんに力を貸すのは仕方ないことだ。貸し借りは0にしろって教えられている。うん、そうだ。理屈は通ってる」


 自分を納得させているグリーンに、皆月は満面の笑みで言った。


「理屈なんてどうでもいいんですよ、友達ですからね!」

「それは認めたくないかな」

「どうして!?」


 二人はアホなやり取りをしていたが、そんな時間があるわけではない。

 割れた氷壁を超え、アンデットと騎士たちが向かって来ている。


 その中央にいたサラマンダーが、氷柱に縫い止められていた腕を強引に引きちぎり、拘束を解く。

 痛みはあるのだろう。苦痛の声を上げていたが、その腕はすでに再生が始まっていた。


 やる気を見せている皆月に、グリーンが言う。


「能力っていうのは、使用者に近いほうが、効果が大きい。だから……あそこにいる」


 指差した先には、クイーンの姿があった。

 普通に考えれば、隠れ潜みながらアンデットたちを暴れさせたほうが効率は良い。しかし、皆月の強くなっている能力へ対抗するためには、この距離を維持しなければならなかった。


 クイーンはいまだ本気を出してはいない。

 だが、姿の見える位置に残らなければならない程度には、皆月の力は迫っていた。


 それでもグリーンは油断しない。三大派閥の王と呼ばれているマーダーの力がどれだけ突出しているかを、彼女はよく知っていた。

 皆月は勝つつもりでいるが、それを許すほどに甘い相手ではない。

 ここから先、彼らが来るまでの持久戦を考え、グリーンは乾いた唇を舐めた。

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