5-7 最強による最強育成

「うっ……」


 皆月は呻き声と共に目を覚ます。ジャラリと音が鳴り、身動きがとれないことに気付く。体は鎖で縛られており、吊るされていた。

 正直な話、いまだに彼女は何が起きたのか分かっていない。グリーンの指示通りに外へ出るよりも早く、車内で何者かに襲われ、気付いたらこのような状況となっていた。


 なにかしらの能力で車内へ潜入したのかもしれない。人の影へ入るマーダーもいる。

 しかし、なにかが腑に落ちないのだろう。皆月な浮かんだその考えに否定的で、首を横に振った。


「――目を覚ましたか」


 声の先には目を閉じている一人の男。髪は短く筋肉質。軍人というよりも、傭兵といった言葉が似合う空気を醸し出していた。

 彼が皆月たちの誘拐へ関与していたことは間違いない。皆月は男を睨みつけ、強く言った。


「アイマちゃんはどこですか!」

「……アイマ、アイマか。あれはよくやってくれた。だから、今は休ませてやっている。ゆっくりと、なんの邪魔もなく、幸せそうに、眠りについているはずだ」

「まさか、殺したんですか!?」


 男はゆっくりと首を横に振る。


「なぁ、落ち着けよ、マーダー・マーダー。俺様は、お前に好意的だ。嫌がることはできるだけしたくない。だから、お前も俺様に協力的になれ。話をしよう」


 これは皆月からすれば脅迫と変わらない。断れば、アイマがどうなるかは分からない。そう言われているのと同じだった。

 苛立ちを隠さずに、皆月は言う。


「いきなり攫った人がなにを言っているんですか! 本当に協力的だと言うのなら、わたしを解放して、アイマちゃんに会わせてください! 話はそれからです!」

「……落ち着けって」


 男がチラリと皆月を見る。それだけで、スーッと血の気が引いていき、頭が冷静さを取り戻していた。


 ――こわい。


 皆月は冷静になったからこそ、この男が恐ろしいことに気付いた。

 今、なにかしらの能力を使用したのだろう。だがそれは打ち消すこともできず、そのまま皆月の体へ作用していた。

 震えは隠せず、鎖がカチャカチャと音を立てる。それを察したのか、男が優しく言う。


「……マーダー・マーダーの能力は能力の無効化。タイプは恐らく視界型。俺様みたいに、座標を指定するタイプとは相性が悪い。なぜなら、直接体の中へ能力を行使できるからだ。意味は分かるよな? 分かったなら、落ち着いて、話を聞いてくれ」


 これは死刑宣告だ。皆月は、自分の体を見て、体内で発動している能力を無効化できるかを試したことがない。そもそも、完全に無効化できるかも疑問だ。

 だから、男のことを見続ける。能力の発生源は、あくまで本体だ。座標指定する前に止めるしかない。


 男は、はぁ、と息を吐く。ガリガリとなにかを齧り、目を開く。ハローワールドの使用者である証明ともいえる赤い眼が、そこにはあった。


「……あなた、エクスタシーの?」

「そうか、自己紹介もまだしてなかったな。俺様の名前は”ブラッド”。エクスタシーとかいうクソ組織の中で、一番のクソだ」


 三大派閥のトップの一人。クイーンに続いて二人目との出会いに、皆月は自分の運の無さに項垂れた。

 ブラッドは、少しだけ困り顔で立ち上がる。


「実は、他のクソ共には内緒で来ていてな。俺様くらいになると、本当に面倒だが、好きに動くことを良しとしないやつがたくさんいる。まぁそういうやつらも悪気は無いからな。無碍にもできないだろ?」


 彼は話をしながら、小さな容器を取り出す。細長い、試験官のような形をした透明な容器だ。

 一つずつ蓋を開け、容器を台へと並べる。その動きがから目が離せず、皆月は目を見開いていた。


 状況から鑑みるに、自分にも薬を打ち込むつもりだろう。今は、その薬を用意しているに違いない。

 そう、皆月が考えてしまうのは不思議なことでは無かった。


 しかし、ブラッドは空の容器を並べただけで、他にはなにも出さない。

 彼は少しだけホッとしていた皆月へ近づき、縛られている親指へ口元を近づけた。


「なに、を……っ!?」


 親指から感じられた痛みに、皆月は顔を顰めた。

 ブラッドの口元には血が着いている。そのことからも分かる通り、皆月の親指を噛み切ったのだ。


 皆月の顔は青ざめ、痛みを恐怖が上回る。

 傷は小さい。ナイフで指先を少し傷つけた程度のものだ。


 しかし、それならばナイフでやればいい。ナイフが無くとも、他の道具を使えばいい。わざわざ口で行ったという意味の分からない行動が、皆月を震え上がらせていた。

 青ざめている皆月を見て、ブラッドは少しだけ申し訳なさそうに笑う。


「ハハッ、ごめんね? 痛かったかな? でも、もうちょっと我慢してくれるか? ――それが欲しくて、わざわざ来たからな」


 ブラッドが能力を発動させ、皆月の指から血が溢れ出す。いや、それどころではない。溢れ出し、地面へ落ちるはずだった血液は、見えないチューブで繋がっているように、容器へと入っていった。


 ――血液を操る能力者。


 次々と容器へ入っていく自分の血を見ているだけで、皆月は自分が冷たくなっていくように感じられる。無効化もできず、このまま死ぬと言われても疑わないほどに、彼女は追い詰められていた。

 しかし、ブラッドに殺す気は無い。殺すつもりならば、もっと効率の良い方法がいくらでもあった。


 チラリと、ブラッドは皆月を見る。今は無効化を上回る力を発揮しながら血液を採取しているが、その力は噂よりも明らかに強い。

 彼の予測では、今の段階でもそれなりのマーダーでなければ、皆月には対抗できないだろうと踏んでいるほどだ。

 ボソリと、ブラッドが言う。


「……最強のマーダー、ね。このまま成長するのなら、本当にそうなるんじゃないか?」


 皆月の完成形などは、誰でも想像がつく。

 有無を言わさず、あらゆる能力を完全に無効化する。

 たったそれだけでいい。後は銃を持った者が数人いれば、あらゆるマーダーを殺し足りえるだろう。それこそ、クイーンであろうともだ。


「それはそれで、中々面白いかもしれないなぁ」


 ニタァッとブラッドの顔が歪む。

 人間対マーダー。もしくは、人間対マーダー対マーダー。

 そんな地獄絵図を想像するだけで、ブラッドの機嫌は良くなる。容器へ蓋をしながら、彼はずっと笑っていた。



 ――1時間後。

 上杉がコッソリと皆月へ発信機を点けていたこともあり、一行は無事に皆月の囚われている場所へ辿り着いていた。

 そこは、エクスタシーが勝手に使用している廃病院。何人かはここを拠点としているはずだったが、今は人の気配が感じられない。


 グリーンは、隣にいるトワイライトを睨みつけて舌打ちする。共闘するわけでも、休戦したわけでもない。ただ、なんとなく気が削がれてしまったため、戦闘を止め、無言のまま共に訪れただけのことだ。

 トワイライトの二人も、特に仲良くするつもりもないため、目を合わせもしない。

 いつ戦闘が再開されてもおかしくない状況だった。


「……」


 廃病院を見ていたレッドは、そのまま車のボンネットへ腰を下ろし、煙草へ火を点けた。

 全員が目を瞬かせ、一斉にグリーンを見る。代表して聞けと、全員が目で訴えていた。

 渋々と、グリーンが聞く。


「あのさ、レッド。もしかして、ボクに行けってこと? 別にいいんだけどさ」

「オレは残る。中のことは任せた」

「分かった! 任せて!」


 レッドが人に頼ることは珍しい。それはグリーンに対してでも同じであり、彼女はそれを知っているからこそ逡巡なく引き受けた。

 意気揚々とグリーンは足を進ませる。その頼みが、トワイライトを一人で殺せ、と同意であることを分かっていながらも、足取りは軽かった。


 グリーンとトワイライトの二人が姿を消し、レッドと上杉だけが残る。

 それを見計らったかのように、男が姿を見せた。ブラッドだ。


「――よう」


 レッドは、ブラッドが居ることに気付いていたからこそ、この場へ残ることにした。自分以外では相手取れないことも、目を離せぬ相手であることも良く知っていたからだ。


「どうやらやる気じゃねぇみたいだな」

「そりゃそうさ。アッシュロードとやり合うなんて、そんな面白くないことを好んでやるやつは、世界に数人しかいないだろうよ」

「確かに、オレが知る限りでも、お前を含めて数人しかいないな」

「おいおい、やめてくれよ。俺様は、心の底からお前と戦いたくないんだぜ?」


 ブラッドは嘘ばかりを吐きながら、レッドの隣へと腰かける。取り出したキューバ産の葉巻をレッドにも差し出したが、当たり前のように断られた。

 少しだけ落ち込んだフリを見せながら、ブラッドは葉巻を咥える。そして煙を口の中で泳がせながら言った。


「どうして鍛えてるんだ? あのままじゃ、本当に最強になるぜ?」


 素朴な疑問だ。レッドが本当に皆月を倒したいと思っているのなら、なぜ鍛えるのか。他人の力を当てにするような性格では無いだろう、と。

 それに対し、レッドはこれ以上無いほどの笑みで答えた。


「最強に勝利して、最強を取り戻す。……最強に面白ぇじゃねぇか」


 当たり前のように答えたレッドを見て、ブラッドは自分の膝を叩きながら大笑いした。

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