5-5 必要以上の力を発揮する必要は無い

 トワイライトが少女の受け渡し場所に選んだのは、自分たちが宿泊しているホテルだった。最上階を貸し切っており、邪魔は入らない。別に壊れたとしても、彼女たちにとっては大した問題ではない。好都合だと判断したのだろう。

 ホテルの正面ロビー前で、車からレッドとグリーンが降りる。皆月も続こうとしたが、上杉に止められた。


「待機です」

「レッドさんたちにこの子を任せるんですか?」


 不安そうな顔をする皆月に、上杉は肩を竦める。


「受け渡し場所へ素直に連れて行く気ですか? なにがあるか分からないのに?」

「うっ」


 そのつもりだった皆月は狼狽える。彼女は、こういった裏をかいたりする行為が苦手だ。これほどの能力を所持していなければ、とうに死んでいただろう。

 上司の上杉が考えた案だ。反対する意味もないだろうと、皆月は頷く。少女を守ることが、皆月の今回の任務だった。


 レッドとグリーンはホテルへと入って行き、上杉も車をホテルの駐車場へ止めた後、その場を離れる。やるべきことをやるためだ。

 別に、彼はお抱えのドライバーではない。本業はウォッチマンだ。

 犬となったマーダーの監視をしつつ、他の邪魔が入らないよう、あらゆる状況を想定して場を整える。そういった細やかさはこの中の全員に足りず、上杉だけが持ち合わせているものだった。


 各々が役割を持っているため、車の中には皆月とアイマだけとなっている。

 不安そうなアイマを見て、皆月は彼女を強く抱きしめた。


「大丈夫。わたしが守るから」


 自分も強くなっているから大丈夫だ、自分が守ると決めたのだから約束は守る。そんな強い決意を持ち、皆月の心は滾っていた。



 レッドとグリーンが向かうは最上階……ではなく、一つ下の階で二人は降りた。

 このホテル内は今、上階から順に次々と人が避難させられている。もう少し待てば、残っている者はマーダーとその関係者だけになるだろう。


 しかし、そんな時間を待つつもりはない。すでに二人は行動を開始していた。

 優秀な熱源探知能力を持っているレッドは、トワイライトの真下となる部屋へ移動をする。ここから奇襲を仕掛けようという考えだった。


 人は、上や下からといった攻撃に弱い。かくれんぼなどをすれば分かるが、物陰などは見ても、自分の目線より上や下に目を向ける者は少ない。居るはずがないと思い込んでいるのだ。


 よって、この作戦は非常に有効である。……しかし、あくまでも一般人を基準とした話だ。

 室内の金属が浮かび上がり、レッドたち目がけて襲い掛かった。


 こういうこともあるだろう、と思っていたのだろう。特に慌てもせず、レッドは左腕を振り、必要最低限の力で対応する。そして、対応しながら上階へ向けて火柱を立たせた。

 本来なら天井に穴が空き、トワイライトの二人を仕留められずともダメージを与えられるはずだったが……。当然、相手も予測していたのだろう。天井には、分厚い鉄板が見えていた。


 能力で床を全て変えている。レッドたちはそう判断したが、どうやら違うらしい。

 そのまま鉄板は二人へと落ちて来る。

 全容が露わになったそれは、金属の塊で構築された拳だった。


「ゴーレムか」


 土を操る能力者などは、それでゴーレムと呼ばれる命の無い土塊人形を作り、攻撃を仕掛けることも多い。トワイライトは、金属で似たようなことをしていた。

 だが、鉄の拳は迎撃される。グリーンの能力で発現した、氷の拳で。


「アイスゴーレムvsアイアンゴーレムってところか?」


 レッドは楽し気に笑いながら、戻ろうとしていた鉄の拳へ掴まり、一人上階へと登った。

 目の前にはトワイライトの二人。だが、トワイライトの表情には落胆が浮かんでいた。

 先ほどの僅かな戦いで理解してしまったのだ。制限をかけられているアッシュロード元最強は、大した障害にならないと。

 どこか力の無い声で、トワイライトは言う。


「……ねぇ、アッシュロード」

「今回は、戦闘をやめましょう」

「は?」

「アイスマンとだけ戦うわ」

「アイスマンとなら戦えるわ」

「「弱いあなたとは戦いたくないの」」


 アッシュロードの名は絶大だ。力を制限されていなかったころを、暴虐の魔人であった彼を、トワイライトは知っている。

 だからこそ、戦いたくなかった。弱くされているアッシュロードを仕留めることは、彼女たちにとっても伝説を汚す行為。伝説には伝説らしく死んでほしい。トワイライトの二人は、そう願っていた。


 だがこの提案を、レッドは鼻で笑った。


「ハッ。まぁそうだな。テメェらとはそれなりの付き合いだ。そんな、下らない考えが出てきてもおかしくはねぇ」

「なら、ここは」

「大人しく退いて?」


 トワイライトの頼みに、レッドは歪な笑みを浮かべた。


「――少しだけ本気で遊んでやるよ」


 なにもできるはずがないアッシュロード最強の言葉に、トワイライトは困惑を隠せなかった。



 ――数分後。

 ゴボリと、トワイライトの一人は口から血を吐き出す。もう一人はグリーンと戦闘中であり、彼女は一人でレッドの相手をしていた。


「どうしたどうした。逃げるのは終わりか?」

「っ!?」


 事前にこの最上階には、様々な素材が持ち込まれている。だが、そのほとんどはすでに使い物にならなくなっていた。

 金属の壁を作り、僅かな時間を稼ごうとする。だがそれを、炎の弾丸がいとも容易く貫き、彼女の全身を穿つ。これまでの、ただ垂れ流していた炎では無い。密度の高い炎だ。

 この程度では死なないことが分かっているからだろう。レッドは煙草へ火を点け、彼女の体が瞬時に元へ戻ったのを眺めながら言った。


「もう分かっただろう? それとも、まだ分かんねぇか?」


 悔しそうに、だがどこか嬉しそうに、理解していた彼女は答える。


「……制限された状態で、さらに力を制限していた?」

「わざわざご丁寧に言われた通りの力を発揮する必要はねぇからな。じゃあ、次の質問をしてやる。……今のオレは、何%・・だ?」


 この問いの答えが分かるはずはない。レッドは力を謀っていた。なら、彼女が今までは50%だと思っていた力が、30%以下だった可能性すらある。

 ふと、トワイライトの片翼にある仮説が浮かぶ。


 ――そもそも、アッシュロードは本当に力を制限されているの?


 もしその仮説が当たっていれば、今の力が50%以上の可能性もある。あの首輪は、埋め込まれたチップは正常に稼働しているのだろうか?

 疑問はいくらでも沸いたが、答えは一つも出ない。

 分かっていることは、彼女はあらゆる面で自分に勝っている相手へ勝利しなければならないということだ。

 それに気付いた瞬間、彼女は体を震わせ、頬を染めた。


「は、あぁ……」


 あっけなく殺されるかもしれないという極限状態に気付き、興奮のあまり喘ぎ声を上げる。今、彼女は自分がとても面白い・・・状況にあることを理解し、身を震わせながら舌なめずりをした。

 胸元より取り出したるはハローワールド。常用することで能力を強化していき、死の間際が一番強い力を発揮するドラッグ。


 だが、ハローワールドにはもう一つの使用方法がある。

 それは、一度に多量接種することで、寿命を縮める代わりに、すぐに能力を強化する方法だ。もちろん、その負荷は大きく、耐えられずに死ぬ可能性は高い。


 しかし、それはエクスタシーに所属している人間にとって、死ぬ前に一度は経験しておきたい面白いことでしかない。

 死ぬかもしれないという事実が、彼女の笑みを深める。


 一日一錠の薬を、まずは二錠飲みこむ。

 負荷が大きいのだろう。体をビクリと跳ねさせていたが、やがて落ち着きを取り戻す。

 その目は爛々と赤く輝き、サーチライトのようにレッドへ照準を合わせた。

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