第2話 紗季との日常の風景
時は巡って桜も全てが散った四月の下旬。
俺、
「やばい、全然楽しくない」
「何がよ?」
隣で講義を受けていた友人、
「薬学部の講義だよ。何も興味が湧かない」
俺が机に突っ伏しながら放った言葉は、帰り支度をしていた紗季の手を止めさせた。
「一年生はまだ薬について勉強しないからしょうがないじゃない。そもそもあんたが農学部に落ちるからこうなったんでしょ」
「そう言われると弱いからやめて」
「受かるために彼女捨てたのにね」
「ほんとやめて!」
俺は思わず耳をふさぐが、紗季の笑い声が漏れ聞こえてきた。
こうして紗季にからかわれているが、全く嫌な気持ちにはなっていない。
紗季が本当に意地悪で言っているわけではないことは、長い付き合いから知っている。
むしろ、このことを笑い飛ばしてくれるのはとても助かっていた。
「でも、私と一緒に四年ないし六年間、一緒に大学生活送れるからいいじゃない」
紗季が肘をつき、顎に手を当てて言ってくる。
その顔は、思わず殴りたくなるほどのにやにやとした笑顔だった。
そんな紗季への対抗として、精一杯のあきれた眼差しをしてやる。
「どんだけ自信過剰なんだい、君は」
「実際問題、私、美人だもの」
「うわー、鼻につくわー」
紗季が今までに見たことのないぐらいのドヤ顔をする。
俺はそのままほめるのも癪に障るので反発したが、実際に紗季の人気は高い。
紗季が学部を超えて大学、それどころか地元で愛されるほどの人気者になった理由は三つある。
一つ目は紗季の身体的特徴にある。
紗季の顔は、かわいいというよりも美人と言えるだろう。
その整いすぎた目鼻立ちによって、冷たい印象を与えてしまうときもある。
しかし、それは美しすぎる美貌の裏返しであり、そこに明るい表情が足されると、もはや形容しがたい程の逸品となる。
また、女性にしては高い身長とスレンダーな体型も人気の秘訣。
肌も白く、彼女を良く映えさせるような艶やかで黒く長い髪。
これらすべてが組み合わさった紗季は、一部では女神と呼ばれている。
二つ目は紗季の性格。
誰にでも対等で、老若男女問わずやさしく、おしとやかな紗季の性格は完全無欠と言っていいだろう。
ただ、俺に対しての態度と性格は反転する。
なぜだ?
三つ目は紗季の職業。
前述した特徴を持つ紗季は現役の女子大生ながら、読者モデルをしている。
今時の女子高生への影響力も大きい。
思い返してみると、なんだこいつ……。
俺が紗季への価値観を評価し直していると、紗季が時計に視線をやる。
「で、このあとサークル行くでしょ。もう行くの?」
つられて時計を見ると、まだサークルに行く時間には少し早かった。
「いや、サークルには行くけどまだ早いだろ」
「確かに少し早いわね。じゃあどこで時間つぶす?カフェでも行く?」
カフェイン中毒の俺にとって惹かれるような提案だが、今日は用事があった。
「あー、生協でバイトを探そうと思ってててさ。生協に行こうと思う。別についてこなくていいぞ、いいからな!」
先手として紗季がついてこないように釘を打っておく。
紗季がついてくると、ふざけてバイト選びに集中できないだろうし、何より目立つ。
もう二度と、『月とすっぽん』などと冷やかされるのはごめんなのだ。
『来ないように』と、心の底から願いながら紗季に視線をやると、紗季は口を開けながら呆然としていた。
「えっ、バイトするの?」
「するよ」
なんでしちゃダメなんだよ。させろよ。
「賢太が働きたいっていうなんて信じられない。ほんとに大丈夫?頭おかしくなっちゃった?精神薬でも飲む?」
紗季が大慌てで、カバンの中から薬を出そうとする。
その姿は、慌てて秘密道具を出すドラ〇もんを彷彿とさせた。
てか、そもそもなんで精神薬飲まそうとするの?
「おいやめろ。俺はいたって健康だ。だからバッグから薬出そうとすんな。やめろ。やめろって!」
紗季の手を掴んで動きを止めさせ、どうにか落ち着かせようとする。
ゴールデンウィークが始まる前にバイトを見つけたいだけなのに、なんでこんなに疲れなきゃいかんのか。
俺たちの喧騒は、誰もいない講義室にこだましていった。
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